第2話 女神のような店員さんとポップ作りをしましょう

女神のような店員さんとポップ作りをしましょう


つづりさん。この本はここで大丈夫ですか?」

 とある日の放課後。

 本を目一杯に抱えながら、俺はレジにいる綴野さんに訊ねた。

 働く宣言してから数日。

 俺は宣言通り『古川書店』でアルバイトをしていた。

 書店員という仕事はなかなかにハードだった。

 特に本を積み上げる作業とか、普段グーたらしてばかりいる俺からしたらかなり辛い。

「はい。そこで問題ないですよ」

 綴野さんから返答をもらって、俺は本を資料の記載通りに陳列していく。

 ちなみに綴野さんの怪我についてだが、順調に回復に向かっている。

 といっても、お医者さんにはまだ安静にしてなさい、と言われているらしい。

 そのため彼女はレジを担当してはいるが、用意されたパイプ椅子に座っていた。

 それでお客さんへの対応は完璧なのだから、さすがと言わざるを得ない。

 これは余談だが『古川書店』の驚くほどのラノベの品揃えの良さは、全て綴野さんのおかげらしい。

 この本屋の仕入れは店長を抜いた従業員の中のリーダーである綴野さんが行っていて、彼女が本を仕入れて以降、大して評判でもなかった『古川書店』は一部の本好きの間で高い評価を受けて、今では隠れた名店のように扱われている。

 最初に勧められた本がめちゃくちゃ面白かったときから薄々気づいていたけど、綴野さんってすごい人だったんだな。たまに天然なところあるけど……。

「うわぁっ!」

 とか考えていたら、上から本が降ってきた。

 それも一冊や二冊とかではなくたくさんだ。

 しかも、その中の一つが俺の脳天に直撃する。

「いってぇ……」

 頭を撫でながら、落ちてきた本を確認する。

 これ、さっき俺が陳列させた本じゃん。

 ってことは、ちゃんと本棚に入れられてなかったってことか。

「……はぁ」

 俺は大きくため息をついた。

 数日間、ここで働いてみてわかったことがある。

 それは俺があまり働くことが得意ではないということだ。

 言ってしまうと、失敗が多い、しかも物凄く。

さいもとさん、大丈夫ですか?」

 綴野さんは心配そうに声を掛けてくれる。

 こんな時はフツー怒るものだと思うけど、彼女は決して怒鳴ったり叱ったりしない。

 それどころか今みたいに心配してくれたり、温かい言葉で慰めてくれたりするのだ。

 これもこの本屋で働いてわかったことだけど、綴野さんは底なしに優しい。

 例えるなら、女神が現世に顕現したのかと錯覚してしまうほどだ。

「大丈夫です。でもすみません。また失敗してしまって」

「いえいえ、気にしなくて良いですよ。才本さんはまだ働き始めて二週間しか経っていないですから」

 二週間って割と働いてるうちに入るんだよなぁ。

 ……でも、たとえ俺がここで一年間働いてミスしたとしても、綴野さんは「まだ一年しか働いていないのですから」みたいなことを言いそう。

「そういえば、綴野さんはさっきから何をやっているんですか?」

「私ですか? レジの当番ですよ」

「それは見ていればわかります。そういうことじゃなくてですね……」

 レジに客が来ていない間、綴野さんは紙とペンを用意して何かの作業をしている。

 でも時折、眉をひそめたり首を右へ左へ傾げたり、悩ましげな表情を見せていた。

「実はいまポップを書いているんです」

「ポップ? 歌ですか?」

「ふふっ、そのポップではないですよ」

 ふんわりとしたツッコミをもらった。

 綴野さんとは喋れば喋るほど癒されるんだけど、たぶんこういうところが理由なんだろうな。

「説明すると色々あるのですが、書店でいうポップとは本のキャッチコピーが書いてある看板、ボードみたいな物のことですね」

「キャッチコピー……ですか?」

「そうです。それをハート形とかの可愛い用紙に書いて飾りつけをして、紹介したい本の傍に飾るんです。そうするとお客様の興味をグッと引くことができますから」

「なるほど。それがポップなんですね」

 ラノベ好きなのにそんなこと全く知らんかった。

 なんなら、いまは本屋でバイトしているのに。

「なんかすみません……」

「謝らないでください。知らないことは何も悪いことではないですよ」

「綴野さん……」

 包容力のある言葉に、落ち込んでいた俺の心は一気に治癒される。

 もし彼女が俺の姉とかだったら毎日のように甘えているかもしれない。

 ――とか、しょうもないことを考えていたら、ポップを書く予定の紙がまだ白紙であることに気付く。

「ポップについて色々と説明してあれですが、実はまだ何も思いついていないんですよね」

 俺の視線に気づいて、綴野さんは少し恥ずかしそうに話した。

「さっき聞いた話だと、ポップって書くの大変そうですもんね」

「そうですね。思いつかないときは何日も思いつかない時がありますから」

 そう答える綴野さんはちょっと疲れたような顔をしていた。

 一目で客の心を掴む言葉を書かなきゃいけないから、そりゃ難しいだろうなぁ。

「……はぁ」

 綴野さんは小さくため息をついた。

 本当にキツそうだな。何とか彼女の力になれないものか。

 ……でも、俺って仕事ができないことに気付いちゃったからなぁ。

 手伝って変に迷惑かけるのも嫌だし。

 ……って、いやいや違うだろ。こんな時こそ普段役に立ってない俺が頑張らなくちゃいけないんじゃないのか。

「綴野さん、俺にもポップを考えるの手伝わせてくれませんか?」

「えっ、良いんですか?」

「もちろんです! というか、逆に俺ごときが手伝ちゃっても良いのかなって感じなんですけど」

「大歓迎です。とても助かります」

 綴野さんに少しだけ笑顔が戻った。

 良かった。あとは俺が役に立てるかどうかだけど……。

「この本が今回ポップを作る作品です」

 綴野さんから手渡されたのは『転生したら最弱でした』というラノベ。

 いわゆる最近流行りの転生モノだった。

 でも俺はこんな作品見たことも聞いたこともない。

「この本は綴野さんが選んだんですか?」

「はい。ポップは毎月書くと決まっているので、今月はこの本を選んでみました」

 綴野さんが選んだ見知らぬラノベ。

 うわぁ、絶対に面白いやつじゃん。

「この作品は定番の転生系の話とは少し違う点が魅力的なのですが、それをお客さまに余すことなく伝えられる言葉が全然思い付かなくて……」

「元気出してください! 俺も頑張って考えますから!」

 段々と表情が曇ってくる綴野さんに、女神にそんな顔はさせられないと俺はそう伝える。

「才本さん、ありがとうございます」

 綴野さんは丁寧に頭を下げる。

「たぶんこの本を読む必要がありますよね?」

「そうですね。ですが、お仕事中はダメですよ?」

「そ、そのくらいはわかってます。信用ないなぁ……」

「そんなことありませんよ。私は才本さんのこと頼りにしています」

 うぅ、百パーセントお世辞とわかっているのに、そんな優しい声音で言われると嬉しくなってしまう。

「では才本さん、改めてお願いしますね」

「っ! は、はい!」

それから、俺は本屋での仕事を終わらせると、渡された本を読むために即行で家に帰るのだった。


☆☆☆☆☆


 翌日の放課後。本屋に着くなり、早速、昨日渡された本を読んだことを伝えた。

「綴野さんが選んだ本、めっちゃ面白かったです!」

「本当ですか? そう言ってもらえると、とても嬉しいです」

 綴野さんはほんわかとした顔を綻ばせた。

「でも綴野さんが言っていた通り、俺が知っている転生モノとは少し違う話でしたね」

 ネットとかでちらっと見たりする転生モノは、所謂『無双系』と『成り上がり系』と呼ばれる、この二つが定番だった。

 でも昨日、綴野さんから渡されたラノベ――『転生したら最弱でした』はそのいずれにも当てはまらない内容だったのだ。

 まさかスポーツ万能、学力優秀、さらには超絶イケメンで学校中の生徒から絶大な人気を誇っていた高校生の主人公が、転生して手に入れた能力が最弱だった挙句、そのせいでクラスメイトからも見放されるなんて出だしから始まるとは。

 定番のモノとは真逆の『最強(転生前)→最弱(転生後)』という展開。

 しかも主人公の能力はずっと弱いまま物語は進行していく。

 ほんの少し強くなったりもするが、それは雀の涙ほどで主人公が無双したりは絶対にしないのだ。

 これを聞いて、主人公が弱いままなのに本当に面白いの?と思う人もいるかもしれない。

 ところが、逆にこの物語の主人公――レンが弱いからこそ面白く感じられる部分がたくさんある。

「転生したレンが弱い能力でもひたむきに努力するところはぐっときましたね」

 昨日読んでいたシーンを思い返しながら話した。

 転生後、レンは自分の能力が最弱だったと知っても、転生後の目標――異世界の魔王を倒して裏切ったやつらを見返し、同時に世界も救うために、ひたすらに能力の研鑽を積み重ねるのだ。

 でもさっき話した通り、能力は特に強くなったりはしない。しないけど、それでも努力を止めないレンの姿には心に響くものがあった。

「あっ、私も同じところで才本さんと全く同じ気持ちになりました」

「えっ、ほんとですか!」

「はい! 私たち、お揃いみたいですね」

 綴野さんは絶妙な角度で首を傾げてにこりと笑顔を浮かべる。

 それが不意に来たものだから、心臓がバクバクして鳴り止まない。

「? どうかしましたか?」

「い、いえ! なんでもないですよ! それよりも早速ポップについて話し合いましょう!」

 首を横にぶんぶん振りながら、そんな風に誤魔化す。

 その後、そのまま俺と綴野さんはポップについての会議を行うことになった。

「先ほども話しましたが、この作品はレンさんのひたむきに頑張る姿が魅力だと思っているんです。ですが、それを上手く伝えられる言葉がなかなか出てこなくて……」

 綴野さんの表情は暗くなる。

 もしかしてけっこう切羽詰まってるのだろうか。

「この作品が伝えたいことがわかると、ポップも書きやすくなるんですが……」

「伝えたいことですか……」

 そう言われたところで、いきなりは思いつかないため、とりあえず作品を読んだ感想を改めて綴野さんに話してみよう。

「このラノベって、レンが頑張っても絶対に結果は自分には返ってこないんですよね。だけど、頑張り続けるレンを見て、他のキャラたちがどんどん彼の仲間になっていって……」

 そんな場面を読んでいる時、俺はちょっと感動してしまった。

 今までの努力が報われて良かったなと。

 そんなことを話すと、

「わかります! 私もレンさんと同じように泣きそうになっちゃいました!」

 急に綴野さんから、ぎゅっと手を握られた。

「ちょっ、綴野さん⁉」

 声を上げると、彼女はきょとんとした表情を見せる。

 それから俺の視線を追うと、彼女の手が俺の手を拘束していることに気付き、勢いよく手を離した。

「っご、ごめんさい! テンションが上がってしまって」

「ぜ、全然気にしないでください。む、むしろ、綴野さんの意外な一面を見れて良かったです」

「うぅ、恥ずかしいです……」

 言葉通り、綴野さんの顔は真っ赤になっていた。

 か、可愛すぎる……。

「そ、それで、ポップについてなんですけど、この作品って後半の方にレンが実は元の世界でも元々影が薄いタイプで何をやってもダメだったことがわかったじゃないですか」

「はい。でも、そんなレンさんはひたすら努力をしてスポーツも勉強もできるようになって、オシャレも覚えて学校中の人気者になったんですよね」

「そうです、そうです。その……それがなんとなくポップに活かせるのかなって思ってるんですけど」

 結局『転生したら最弱でした』のレンというキャラは転生前も転生後も本当は最弱で、ただ転生前は努力をして最強になっていたというわけだ。

 この作品でレンはこんなことを言っている。

『夢を諦めるのは生きている時間を全て夢に注いでからにしろ』

 彼曰く、影が薄い自分が人気者になることは夢に等しかったらしい。

 ゆえに、とてつもない努力をしたのだ。それこそこの言葉の通りに。

「っ!」

 とそこでふとある考えが浮かんだ。

 そっか。たぶんこの作品の伝えたいことっていうのは――。

「挫折して頑張れなくなっている人たち、頑張りたくても頑張れない人たち、そしていま頑張っている人たちを励まそうとしているのでしょうか」

 綴野さんが綺麗な瞳をこちらに向けながら訊ねてくると、

「俺もそう思います」

 迷いなくそう返した。

 それから綴野さんはペンを持って色付きの紙に言葉を書き連ねていく。

 きっと大丈夫だろう。綴野さんなら良いポップが書けるはずだ。


 そして後日、『転生したら最弱でした』が売れまくったことは言うまでもないことだった。


~つづく~


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