美少女が全裸なんですけど!?

あま味かぼちゃ

第1章 妖精さん、恩返しに来る

第1話 ぜん、ぜん、全裸の君は何者?

 夢を見ていた。

 夢の中で僕は泣いている。

 夢の中の僕はものすごく幼い。


 ――――またあの時の夢か。


 幼い僕の前にはひとつの植木鉢がある。

 そこにはオリーブの幼木ようぼくが植えられていた。

 けれど幹は崩れ、ボロボロになってしまっている。


 僕の両親はペット反対派だった。

 そんな両親が僕のために唯一買ってくれたのが、オリーブの幼木だった。

 子供に植木を与えるなんて、変な両親だと思う。

 でも幼いころの僕はそれが嬉しくて、毎日一生懸命手入れをして育てていた。


 ところが育て始めて一年と経たないうちに、オリーブの木は枯れてしまった。

 虫に食われたのか、それとも病気だったのかわからないけれど、幹がボロボロにくずれてしまったのだ。

 大切に育てていた宝物がなくなってしまう。

 その時の僕は大声で泣きわめきながら、失うことのつらさを学習した。


 やがて夢は覚める。

 この夢が覚める時、いつも女の人の声がした。


『待っていてください。かならず会いに行きますから』


 そして僕の意識は覚醒へと向かった。





   ◇◆◇◆◇





 目が覚めると、オリーブの匂いがした。

 深い森の中にいるような、不思議な匂いだ。

 幼いころ、オリーブの幼木を育てている時にかいだ匂いと一緒だ。

 懐かしい。

 そう思いながら重たいまぶたを自力で押し上げ、上体を起こそうとしたところで、布団ではない何かが僕の体に乗っかっていることに気づいた。

 腹まわりにまとわりつくように抱きついているそいつを見る。


「え?」


 全裸の女の子が寝ていた。

 光の加減で金にも銀にも見えるアッシュブロンドは腰にかかるほど長い。

 僕の腹まわりにうつ伏せになって抱きつくように寝ているから、顔の全体は見れないけれど、色白で肌が透き通っているし、幸せそうに眠っている横顔は間違いなく美少女の部類だ。

 だからこそ口端からよだれをベットリと垂らしているのがとても残念で――――じゃなくて!


「な、なにが起こっているんだ……?」


 状況を整理しよう。

 まず僕は一人暮らしだ。

 都内の大学に通っている。

 昨日は大学の友達と安居酒屋で飲んでいた。

 アホみたいに酒を飲んだことだけは覚えている。

 それ以降の記憶は頭の中のどこを探しても見つからなかった。


「ふにゅぅ……んぅ……ぅ?」


 女の子が短く寝言を言ったかと思えば、ムクッ、と体を起こして寝ぼけまなこをこすり出した。

 見えてはいけないものがいろいろと見えてしまっている。

 うつ伏せだったからわからなかったけど、ささやかなおっぱいだなとか、腰がすごく細いなとか、その下がギリギリ隠れていて見えないなとか。

 ていうか若い。

 見た目がどう見ても日本人じゃなくて、海外的な美少女だからわかりづらいけれど、僕よりもずっと年下なんじゃないだろうか?

 やがて女の子はまだ眠そうな目をなんとかこじ開けて、僕のことを見つめてきた。


「おふぁようごじゃいましゅ?」


「お、おう、おはよう」


 お前の動揺なんて知るもんか!とでも言うように、寝起きの彼女が余裕よゆう綽々しゃくしゃくのあくびをひとつかました。

 そして自分の両頬を平手でペチペチ叩き、シャキッ、としてからもう一度僕に向きなおる。

 眠気が覚めたようで、その目はもうしっかりしていた。


「おはようございます、ご主人様。昨夜はよく眠れましたか?」


 ご主人様ときやがった。

 自慢じゃないが、僕の両親はこんな美少女を使用人として雇えるほどお金を持っていない。

 いま一人暮らしをしているのだって、ケチ臭い両親の代わりに僕がバイト代でアパートの家賃を払っているからできていることだ。

 つまり僕の家に海外製美少女――しかも日本語が達者である様子――がいる理由はひとつしかない!

 僕は目の前の全裸の美少女を押しのけて立ち上がり、ベッドから降りた。

 そして床に膝をついて座る。

 そのうえ上体を大きく前に倒して、ひたいすらも床にピッタリと密着させた。


「僕はこう見えても警察と癒着ゆちゃくしているんだ。訴えても無駄だぞ?」


「土下座して何を言っているんですか?」


 しまった。

 真摯しんしに謝るつもりが、罪の大きさにビビッて逃れようとしてしまった。

 だって未成年っぽい女の子に手を出しちゃった感じでしょ、これ?

 酒に酔って前後不覚だったとはいえ、懲役が何年になることやら。


「大丈夫ですよ。ご主人様はわたくしに何もしておりません」


「何もしてない……ハッ!? つまり監禁放置プレイかっ!」


「なんでそういう理解になるんでしょうか?」


「違うのか?」


「違います。とにかく顔をあげてください。ご主人様に頭を下げられると申し訳なくて」


 全裸の美少女が目の前にいるのに堂々と顔を上げられるか馬鹿者。

 僕は至近距離で床を見つめたまま、目の前の美少女にたずねる。


「本当に僕は君に何もしてないの?」


「もちろんです!」


「僕は君と一夜の過ちを犯していない?」


「はい!」


 床に向かってホッ、とひと息をつく。

 良かった。

 僕の童貞は失われていないみたいだ。

 初めては好きな人に捧げるって決めてるんだ。


「そんなシンデレラ的な妄想をするご主人様、女々しくて気持ち悪いです」


「人の心を勝手に読むな」


「申し訳ございません。童貞の心はすごく読みやすくて」


「謝ってないよねそれっ!?」


 童貞関係なくね!?

 ていうか美少女に童貞呼ばわりされるの何気に傷つくんだけどっ!?


「ところで君は誰なんだ? 僕が罪を犯したわけでもない、あのケチ臭い両親が送り付けてきたわけでもない」


「ご両親に対して失礼では?」


 そのツッコミをスルーして続ける。


「僕が把握してないくらい遠い親戚ってわけでもないんだろ?」


「はい。その通りです」


「じゃあ何者なんだっ!?」


 声を荒げて言うと、彼女は「よくぞ聞いてくれました」と偉そうに述べた。


わたくしはオリーブの妖精です! ご主人様のために恩返しに来ました!」


「よう、せい?」


「はいっ!」


「そっか。妖精か。妖精さんか」


 どうやらこの女の子、完全にアレなヤバい系女の子らしかった。





 頭のヤバい残念な女とはいえ、無視するわけにもいかない。

 というか僕の部屋に居座られている以上、無視はできない。

 とりあえず僕は彼女に服を着てもらった。

 女物の衣服なんて持ってるはずもないので、とりあえずノーパンノーブラの上から僕が貸し与えたハーフパンツとTシャツを着てもらっている。

 服を着た彼女は、なにか物足りなさそうに僕を見つめてきた。

 服を借りておいて、そのうえさらに何かをねだろうと言うのだろうか?


「ご主人様。わたくし用の首輪がまだなのですが?」


「ねえよそんなもん」


 あると思うなよチクショウが。

 僕をなんだと思ってるんだ?

 健全な男子大学生だぞ?


「でもご主人様のベッドの下にある薄い本には――――」「だあああああああああやめろやめろやめろやめろっ!」


 僕の秘蔵本『催〇学生指導~可愛いあの子は俺のペット~』とか『妹がよくなついてくるので無茶ぶりで子犬にしてみた』とかの話をするんじゃない!


二十歳はたちを越えて童貞だからこんな歪(ゆが)んだ性癖になるんですよ?」


 うるせえよ。

 自分のことを『妖精だ』と言う頭ヤバい奴に言われたくねえよ。

 そもそも素性のわからない女の子に何かをしようなんて酷い真似、できるわけもない。

 僕は「やれやれ」と肩をすくめて口を開く。


「とにかく服を貸してやったんだから、これで外に出られるだろ?」


「露出調教の一環ですか?」


「いや違う」


 たしかに下着無しの散歩は露出調教の初手だけど――――じゃなくて!

 何度も述べておくけど、素性もわからない女の子に何かをしようなんて酷い真似、できるわけがないんだ。


「服着てるんだから外歩いて自分の家まで帰れるだろう? だからさっさとお家に帰りな?」


 つとめて爽やかに言う。


「どうしたんですか? 爽やかを装う童貞って一番気持ち悪いですよ?」


 酷い言われようだった。

 涙が出てくるよ。


「それにご主人様は年端もいかない女の子を外の世界にさらすと言うんですか?」


「年端もいかない女の子が、誰かもわからない一人暮らしの男の部屋に居座ってることの方が問題だと知れ!」


「なるほど。ではわたくしはご主人様のことをよく知っているので問題ありませんね?」


「いやいや? 何を言って――――」「相原あいはら波瑠はる様」


 一瞬ドキッ、としてしまった。

 彼女が口にしたのが僕の本名だったから。

 でも、だからなんだっていうんだ?

 僕の個人情報には間違いないけれど、調べようと思えばこれくらいのことは――――


「お父様のお名前が相原あいはら恭介きょうすけ様、お母様のお名前が相原あいはら涼香すずか様。波瑠様のお名前は、ご両親が好きな漢字を一文字ずつ出し合ってお決めになられた。その理由はどんなことがあっても愛し続けられるように」


 なんでそのことを知っているんだ?

 僕はそれを誰にも言ったことがない。

 幼いころになんとなく母さんに僕の名前の由来についてたずねて、教えてくれたことがそれだった。

 もしこの話を知っているとしたら、父さんや母さんの知り合いか、僕の名前が命名された時に立ち会ったか。

 でもどっちにしても彼女の見た目から推測される年齢を考えるとあり得ない話だ。

 だって彼女はまだ高校生くらいの見た目なんだ。


「どうしてわたくしがそのことを知っているのか、気になりますか?」


 もはや恐怖心すらいだいている。

 けれど僕は彼女の暴露を止められなかった。


「ご主人様、お忘れになられたのですか? わたくしに嬉しそうにいつもいつも話してくれたではありませんか。まだ幼木ようぼくだったころのわたくしに」


 僕が両親から与えられたオリーブの幼木ようぼく

 あの時の僕はただの植木鉢に一生懸命話しかけていた。

 学校であった些細なこと。

 先生に褒められたこと。

 友達とケンカをしたこと。

 テストで百点をとったこと。

 その中に、僕の名前の由来についても含まれていた記憶がある。

 そしてその時の僕は、自分には名前があるのに、オリーブの幼木ようぼくに名前がないのは可哀想だと思って、それに名前を付けたんだ。


わたくしの名前はルカ」


 彼女が言う。


「波瑠様の『瑠』に『かおる』と書いて『瑠香』。忘れるはずもない名前です。ご主人様がつけてくれた大切なモノですから」


 間違いなく僕がつけた名前だ。

 背筋がゾッとした。

 じゃあ本当に、君は……っ!


「はい。ご主人様の瑠香です!」


 彼女はまぶしいくらいに明るい表情で微笑んだのだった。

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