ビデオの死神

@me262

第1話

 深夜のレンタルビデオ店でバイトを始めてからしばらくして、風変わりな客がやってきた。

 灰色のロングコートを着た、極端に痩せて土気色をした顔色の男で、一見して枯れ木を思わせる風貌だった。足音も立てずに店内に入っていく男の背中を珍しげに見ていると、隣りにいるバイトの先輩が俺だけに聞こえる小声で耳打ちしてきた。

「死神が来たよ」

 なるほど、その不気味な外見は死神を連想させる。しかし、仮にもお客様を死神呼ばわりとはあまりにも無礼ではないか。相手のモラルの低さに内心呆れたが、そうではなかった。

 不気味な男は三十分ほど店内を歩き回り、一枚のDVDを手にしてカウンターに戻ってきた。手続きを済ませて出ていくと、先輩は俺に聞いた。

「何を借りていった?」

 男が借りたのは一昔前のアクションスターが主演をしている洋画だった。端末の画面を見ながら先輩は残念そうにつぶやく。

「ああ、この役者死んじゃうんだ。子供の頃ファンだったのになあ」

「え、どういうことですか?」

 俺は驚いて尋ねる。その役者は、あまり映画を見ない俺でも知っているくらい有名で、日本のTVコマーシャルにも出たことがある。その世界的な大スターが死ぬとは何故か。

「あの客が映画のDVDを借りると、その映画の主役は、何日かあとに必ず死んでいるんだ。ここで三年バイトしているけど、同じことが何回もあった。だから俺達の間ではあの客を死神とよんでいる」

 そんな馬鹿なと思いながら帰宅したが、翌日のテレビで件の役者が急死したとのニュース速報を見た俺は急いで先輩に電話した。

「本当に死んじゃいましたよ!」

「だから言っただろう。死神だって」

 その瞬間、俺の頭の中にどす黒い考えが浮かんだ。成績不十分を理由にして俺の第一志望の企業への推薦を断った主任教授。あの男に復讐を……。

 俺はその場で先輩にしばらくの間バイトを休むことを伝えた。

 次の日から、俺は標的の教授の隠し撮りを始めた。講義中は無論、帰宅時の電車内の様子や休日のプライベートな時間まで、徹底的にスマホで撮影をした。

 露骨に後をつけて気づかれると台無しなので、偶然を装って教授の近くに行き、少しづつ動画を溜め込んでいく。一日の撮影量は微々たるものだが、一ヶ月近く続けるとどうにか映画一本分の時間に達した。

 それを自前のパソコンでDVDにダビングする。勿論一人の中年男が延々と写っているだけでストーリーなどない。これを映画と呼ぶには無理があるが、一人だけを集中して撮影しているのだから、誰が見てもこの男が主役だと思うようにはなっている。

 俺はこのDVDを持って久しぶりにバイト先に出向いた。先輩は在庫の整理で店の奥にいる。カウンターには俺ひとりだ。今日は来るだろうか。そう思いながら仕事をしていると果たして例の死神がやってきた。ついているぞ。俺はほくそ笑んだ。

 体のうずきを抑えて待っていると死神が一枚のDVDケースを持ってカウンターに来た。

 俺は極力緊張を面には出さず、さり気ない態度でDVDケースを受け取り、そのタイトルの映画を探すふりをしてレンタル用のケースに自作のDVDを入れて客に渡す。

 死神は何も疑わずにそれを手にして足音を立てずに店を出ていった。

 やったぞ!当然死神はケースを開けた時に中身が違うことに気づくだろうが、それでも一応少しはDVDの映像を見るだろう。これであの教授はお終いだ。ざまあみろ!

 復讐の成功を確信した俺は会心の笑みで死神が夜の街に消えていくのを見送った。

 在庫の整理が終わったのだろう。先輩がカウンターに戻ってきたので、俺は半ば高揚した調子で報告した。

「ついさっき死神が来ましたよ」

「本当か!何を借りたんだ?」

 俺は端末の画面を見せた。古い邦画のタイトルが表示されているが実際に借りていったのは俺が作ったDVDだ。画面を見た先輩は深いため息を吐いた。

「そうか、この監督死んじゃうんだ。いい映画作っていたんだけどなあ」

 俺は耳を疑った。え、監督?

「せ、先輩、死ぬのは主役でしょう?」

「ああ、そのことだけどな。勘違いしていたよ。実はお前が休んでいる間に一回死神が来て映画のDVDを借りていったんだ。てっきりその主役が死ぬんだと思っていたら、監督の方が死んじまった。それでよく調べてみたら、今まで死神が借りたDVDは全部主役と監督が同一人物だったんだ。有名な役者が監督も兼任する時に本名や他の芸名を使うのはよくある話だ。役者としての名前が有名だから気づかなかったよ。でもこの間のDVDは役者と監督は別人だった。それでやっと気づいたんだ。だから死ぬのは監督の方だよ。おい、どうしたんだ、顔色が悪いぞ……」


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