第十一話 キッチン探偵ミナユキ
帰宅したオレは転がり込むように、キッチンへと向かった。急いだのは勿論、詩織さんに急用が出来たからだ。
しかし、詩織さんは居なかった。オレはコンロの上に二つの鍋の存在があるのに気づき、蓋を開けてみる。
湯気の出た片方の鍋の中身は、中華スープだった。透き通ったスープの中に黄金色のかき卵と、青々とした笹切りのネギが浮いていた。
もう片方の鍋も、湯気を払って見てみる。ジャガイモ、人参、玉ねぎが白湯に浮いていた。もしかして、カレーかシチューかと思ったが、白滝の存在を見て肉じゃがだと確信した。
肉じゃがならば、後は顆粒出汁を入れて、醤油で整えれば終わりだ。なんで、こんな中途半端な状態になっているのだろう。
オレが続きをしてあげようかと思い、冷蔵庫を開いた。虫害対策として、我が家は醤油を冷蔵庫で保管する事をオレが義務づけている。すると醤油の入ったボトルが無かった。
もしかしてと思い、不燃用のゴミ箱に目を向ける。醤油のラベルの剥がされた、空ペットが中に入っていた。
なるほど。肉じゃがを作ったはいいが、醤油が無かったから買いに行ったのか。状況を分析して上で、オレはそう推理した。
探偵かよ、オレは。
念のため、稲瀬みのりに聞いてみよう。オレは二階に上がり、彼女の部屋をノックする。
「はい」
私服姿の稲瀬みのりが姿を現した。Tシャツにレギンスといったラフな格好を見て、タンクトップのオレと大差ないじゃないかと思った。
「なんですか?」
黙っていたのが気に食わなかったようで、稲瀬みのりは少し強めの口調でそう言った。そういう態度を取られると、ふざけたくなるのがミナユキとかいう男だ。
「あのさ、相談があるんだけど」
「相談?」
「おう、相談だ。実はお前と南ちゃんと同じクラスの女子に愛の告白を受けた」
「嘘は四月一日だけにしてください」と義妹は吐き捨てるように言った。
「何故、嘘だと思う」
「だって、先輩。あたしとタマキ以外の一年生と話したこと、ないでしょう?」
「そんなことはないと言ったら?」
まだこの嘘に付き合わなければいけないのか、という雰囲気を稲瀬みのりは醸し出していた。
「じゃあ、仮にそれが事実だとしても、真っ先にあたしに相談なんてしませんよね?」
「どういう意味だ?」
オレが問うと稲瀬みのりは、どこか悔しそうな表情を見せる。
「だって恋愛相談なら、ちんちくりんのあたしより、経験豊富そうな雨梨部長に相談するでしょ。それがおかしいって言ってるんです」
「え、雨梨先輩って経験豊富なのか」
もしかして、女子だけでそういう会話をして、先輩もそういう話をしているのかもしれない。
「知りませんよ、主観です」
「そ、そうか」とホッとしたオレは肩を撫でおろした。
「あたし、宿題中なんですけど」
これ以上からかうと、本気で怒られそうだったので、本題に入ることにする。
「詩織さん買い物? 聞きたいことがあるんだけど」
「ええ、醤油切らしたって」
その連絡をしに詩織さんが部屋に訪れた際に、自分が行くとマザコンの稲瀬みのりが提案したらしい。気持ちは嬉しいけど、宿題中を優先するように。と、却下されたという。
「そっか。じゃあ、待つか」
「あの」
キッチンに戻ろうとしたところを、稲瀬みのりに引き留められる。
「ママに聞きたいことって?」
やはりマザコンの稲瀬みのりにとって、母親が関係することは気になるようだった。
「お前、宿題中だろう」
「あたしに言えないことなんですか?」
適当に誤魔化そうとしたが、彼女は猶のこと食い下がってくる。
「……オレの家庭の問題だ」
「先輩の家庭はここで、あたしも家族の一員です」
そんな風に言われたら、これ以上有耶無耶にするのは難しかった。そういえば親父のメッセージには、詩織さんとみのりちゃんと記載されていたのを思い出す。もしかしたら、彼女も知っているのかもしれない。
「来週の、オレの母親の墓参りのことは聞いてるか?」
「…………」
稲瀬みのりは少し考えるような仕草をした後、自分の部屋のドアを開けた。
「廊下でする話でもありませんね。どうぞ」と、自室へと案内するように手のひらを向けた。
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