第24話 婚姻届くらい重い

「ミユキ様、冒険者カードが出来ました。まずはFランクからのスタートです。頑張って立派な冒険者になってくださいね」


 しばらくクエストボードを眺めていると、さっきの受付嬢がやってきてカードを手渡してくれた。

 可愛らしい小悪魔ウインクと共に。

 ええい、騙されんぞ。それはどうでも良い奴への対応だな。わかってるぞ。


「あ、あの。フィロ様。冒険者カードをおつくりしました。フィロ様は剣術スキルも馬術スキルもお持ちとのことなので、最低でもCランク程度の実力はあるとは思いますが……申し訳ありません、決まりでFランクからのスタートなんです。ごめんなさい」


 おうおう。えらい対応の違いですなぁ?


「いや、問題ない。ありがとう。1から頑張っていくよ」


「はい、応援しています! それと、これ。私お菓子作りが得意なので、クッキーを……あの、自分用だったのでラッピングも何もしてないですけど、よろしければ食べていただけたらなと」


「はいフィロさん行きましょう早くいきましょう。魔王を倒すためにまずは力をつけなくてはいけませんからね。はい受付嬢さんこのクエストお願いしまーすいってきまーす」


 クエストボードから適当に引っ剥がした『ストロング・ボア討伐』の紙を受付嬢に押し付けて、フィロさんの手を引っ張って冒険者ギルドを出る。


「どうしたんだ? 急にやる気だな」


「いえー別にー? それよりも早く装備を整えましょう。冒険者が剣の一本も持っていないなんて様になりませんからね」


 フィロさんばっかりモテやがって。ちくしょー!






「最初の防具をそろえるのならこの店がいいだろう」


 フィロさんに案内してもらい、防具屋さんに来ました。

 中に入ると胸当てや小手など、様々な防具が並んでいる。

 金属の鎧は少ない。


「お前はあまり力があるタイプではなさそうだからな。軽装で動き回る方がよいだろう」


 力もないけど素早さもないですよ?


「ほら、これなんてどうだ。大事な心臓を守りつつも、動きやすさに重点を置いている胸当てだ。少し値は張るが革の内側には薄い金属が入っていて守りもそこそこ堅い」


 おぉ。かっこいい。軽戦士って感じだ。


「お前は右利きのようだから、この小手も買っておけ、利き手を守るのは大切だ」


 これは剣道の小手見たいだな。

 手のひら部分は開いてるけど。

 匂ってみるが臭くはない。新品のようだ。

 武道の選択授業で貸し出される防具は臭かったからなぁ。

 臭くないやつの争奪戦だったよ。いつもいつも。


「とりあえずこの二つだけで十分だろう。さて、次はお待ちかねの武器だな」


「あれ、フィロさんは買わなくていいんですか?」


「私の防具は屋敷にあるからな。それにCランクくらいまでの魔物であれば、防具など必要ないだろう。全部避けるか弾く。まぁ、しかしそうだな。せっかくなのでこのローブでも買っておこう」


 フィロさんは厚手のローブを手に取って羽織る。

 黒を基調とし、ところどころに白色の刺繍がほどかされている。

 控えめに言ってかっこいい。くそ、ずるい。


「店主、すまない。このローブと、こっちの胸当てと小手をくれ。どちらもこいつの体に合うようにサイズ調整を頼む」


「あいよ! お前らは新人の冒険者かい!?」


「あぁ、先ほど登録したばかりだ」


「新人にしては良い品を選ぶねぇ!」


「装備をケチって死んでいく冒険者の話などごまんと聞くからな。命より大切なものなどない」


「わかってるね嬢ちゃん! 三つで七万ベルだ!」


 高いか安いかは分からないけど、フィロさんが文句を言わずに払っているので妥当な値段なんだろうな。


 新品の装備に身を包んで防具屋を出る。

 この格好で武器を持っていないと何だかしっくりこないなぁ。


 っていうかあれ。お金の管理ってフィロさんがするの?


「フィロさんフィロさん。俺、勇者なんだけど、その軍資金ってフィロさんが管理するんですか?」


「ん? あぁ。お前はまだこの世界の貨幣価値があまりわからないだろう? それに、奴隷がお金を管理するってのも変な話だしな」


 あ、勇者になっても奴隷のままなんですね。

 使用人兼奴隷兼勇者ですか。

 勇者って何なんですかね。





「武器屋はここだ」


 武器屋にやってきました。

 ショーウィンドウにいろんな武器が飾ってあるね。男の子ならテンションが嫌でもあがってしまうね!

 おじゃましまーす!


「おおおおー!」


 銀色に輝く剣や重みのありそうな槍、すらりとした弓。

 どれにしようかなー! どれにしようかなー!


 壁に掛けられた大きな剣に引き寄せられる。

 これなんかいいんじゃないの!? 勇者っていったらこれだよこれ!


「ミユキ。これなんかどうだ? 使用感はあるが、きちんと手入れされていたようだ。十二分に使えるだろう」


 フィロさんは大きな樽に雑多に突っ込まれた武器から一本の剣を取り出す。


「えー……ぼろっちぃし、かっこ良くない……やっぱ勇者はこっちでしょ!」


 壁から剣を持ち上げる。


「おいミユキ。気をつけろ。くれぐれも落とすなよ」


「落としませんよ。大事な商品なんだからってうおおぉぉぉぉぉ!」


 重い重い重い重い重い!

 あの夏の日に彼女に「誕生日プレゼント何がいい?」って聞いたら「……婚姻届」って答えられた時くらい重い!

 彼女できたことないけど!


 渾身の力を振り絞り、そぉっと元の場所に戻しました。

 店主がちらりとこちらを眺めてました。あぶねぇあぶねぇ。


「はぁ、はぁ、なんて重さだよ……」


「落とさなくてよかったな。値段見てみろ」


「値段?」


 えーっと、

 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……

 二百万ベル……


「良い武器は高いんだ。今のお前には無用の長物だろう」


「あ、はい」


 もっと早く言ってほしかった……

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