第110話『八重桜先生の深慮遠謀』
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
110『八重桜先生の深慮遠謀』
諦めもしないし期待もしない。
事故で足が動かなくなってからの生活信条。
諦めないから――車いすに乗れるところまでのリハビリ――と思ったから車いすをマスターするのは早かった。
そうでなければ、あやうく小学校を七年通うところだった。
学校に復帰してからは大人しくしている。
障がい者ががんばると、周囲は過剰な期待をするようになる。
24時間テレビとか観てたら思うでしょ、車いすで富士登山とか車いすマラソンとか、あれって感動ポルノだよ。
そこまで行かなくても、足の不自由な自分がなにかやろうとしたら「がんばって!」とか「一人じゃないわよ!」とか「応援してる!」とか、善意に違いは無いんだけど、世間のお節介が始まる。
文句なんか言ったらバチが当たるんだろうけど、本音はそっとしていてほしい。
そういうことが煩わしいから、地元を離れて、お姉ちゃんが居るってだけの縁で大阪に来た。
そしてバリアフリーモデル校の空堀高校に入った。
モデル校なら、わたしくらいの障がい者は普通に居るだろうし、そうそう特別扱いはされないだろうと思ったから。
でも、ちがうんだよね。
モデル校にはモデル校の……よく言えば熱さ、わたし的に言えば「いい加減にして!」がある。
お姉ちゃんが最新式のウェルキャブ(身障者用リフトなんかを完備した車)を買ったら先生たちの注目の的だし、なにかにつけて、あれこれ聞かれたり、してほしくもないカウンセリングとか人寄せパンダ的に部活に勧誘されたりとか。
そういうの嫌だから、入学早々一学期一杯で辞めようと思った。
辞めるためには、一通りやったけどダメだったという事実が欲しいので演劇部に入ったんだよ。
演劇部って、看板だけで、実際には放課後の休憩室みたくなっていて、近々廃部間違いなし!
それが、ちっとも廃部にならない。
それどころか、この演劇部は間違っても演劇なんかしないだろうと思っていたら、そのまさかの演劇をやることになってしまった。
世の中何が起こるか分からないという見本みたいに。
文化祭で『夕鶴』を上演することになった。
でも、府立高校の舞台って車いすの役者が動き回れるようには出来ていない。間口の割に奥行きが無いし、車いすで舞台に上がれるようにも出来ていない。最初の舞台稽古ではミッキーにお姫様ダッコしてもらって舞台に上がったけど、正直ミッキーの足元は危なっかしかった、緊張の本番にやったら、ちょっと怖いよ。だいいち、上がった舞台は狭くて動きづらいし。
「澤村さんも来て」
いつものように部室で留守番を決め込もうと思っていたら、八重桜先生みずから呼びに来た。
「でも、わたしが行っても……」
「なに言ってんの、あんたもメンバーの一人でしょうが」
先生は、どんどん車いすを押していく。あっという間に体育館。
え、なにこれ……?
演劇部の先輩たちも口を開きっぱなしにして驚いていた。
なんと舞台が広くなって、舞台の脇には車いす用の特設リフトまで付いているではないか!
「A新聞に載った甲斐があってね、急きょリースしてもらったのよ。張りだし舞台とリフト。今日の昼過ぎにやっと間に合った!」
あ、それでA新聞の取材とかがあったんだ……八重桜、いや、朝倉先生のしぶとさを思い知った。
「「「「「すごい!!」」」」」
部員一同感動はしたんだけど、やっぱ、胃の底にズシーンとくる。
文化祭の本番は明日です。
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