第80話『二人して渡り廊下の窓辺に寄った』
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)80
『二人して渡り廊下の窓辺に寄った』
理由は二つだろう。
とりあえず、きまりが悪いんだ。
中山先生といっしょに廊下で出くわした。先生はすぐに「お、松井須磨!」と気づいてくださった。
朝倉さんはギョッとして、次にワタワタしだした。
松井須磨という名前にギョッとしたんじゃない。
だって、朝倉さんは演劇部の副顧問だ。
めったに顔を合わさないと言っても、五月からこっち数回は顔を合わせている。七月には、部員一同を引率して地区総会にも行った。
松井須磨という名前にも馴染んでいる。なんたって四人しかいない演劇部なんだから。
朝倉さんは、同級生であったころから、わたしなんかには関心が無かったんだ。
それは非難されるべきものじゃない。
空堀高校というのは一応は伝統校で、伝統校にはありがちな無関心さがある。
中山先生も、すすんでクラスの融和を図るようなことはしなかった。だから、クラスの半分くらいとは口もきかずに卒業していった。もっとも、わたしは留年ばっかして未だに二十二歳で現役の生徒だけども。
二つ目は、朝倉さんは真面目な先生だということ。
先生たる者、かつての同級生くらいは分かっていなっくっちゃ。
そう思ってる。
だから、中山先生が、わたしを見かけて「お、松井須磨!」と、懐かしさの籠った呼びかけになったことを眩しく感じている。アハハ、そうだったんだ! と笑い飛ばせばいいんだけども、真面目で不器用な彼女にはできないんだ。
トイレに行こうと廊下を歩いていたら、渡り廊下をこちらに歩いてくる朝倉さんが目に留まった。
気まずさの解消と、ちょっとした悪戯心で二階への階段を上がる。
二階に上がると職員室。普通に歩いていったら出くわすはず……が、出会わない。
千歳が車いすで提出物を運んでいるのに出くわす。
段ボール箱を膝の上に載せている。箱の中に一クラス分の提出ファイルが入っている。
偉いもんだ、足が不自由なのに、当番だったんだろう、一人で運んできたんだ。
「失礼します、一年二組の沢村です、朝倉先生いらっしゃいますか……」
あ、朝倉さんの授業だったんだ。
このままじゃ千歳の無駄足になってしまう。
「千歳、わたしが持ってってやる」
「あ、先輩」
段ボール箱を取り上げると、渡り廊下に急いだ。
朝倉さんは、渡り廊下の窓から中庭を眺めて時間を潰していた。
「朝倉さん」
ちょっと悩んだけど、自然な方の呼びかけ。
「職員室の前で、1-2の沢村さんが届けにきてたから」
「え、あ、あ、ありがとう」
「どういたしまして、えと……人が居ないところじゃ『朝倉さん』でいいわよね?」
「え、あ、うん、松井さん」
「それじゃ……失礼します、朝倉先生」
え? という顔になって、朝倉さんはわたしの目線の先を見た。
こっち側に、瀬戸内美晴が歩いてくる、珍しくしょげている。
朝倉さんと話せた勢いで声をかけてしまった。
「どうしたの副会長?」
「あ、松井さん」
元気は無かったけど、てらいのない返事が返ってくる。天敵の生徒会だけど、彼女の優れたところだ。
「なんだか、わたしに続いて六回留年しそうな顔してるよ」
「ハハ、まさか……でも、それ以上かもね」
そう言うと、二人して渡り廊下の窓辺に寄った。
「実は、ミッキーがうちに来ることになったの……」
そう言うと、体が萎んでしまいそうな長いため息をつくのだった……。
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