第71話『美晴の思い出ポロリ』

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

71『美晴の思い出ポロリ』   





 Tシャツを脱いだのがまずかった。


 ゆるーい山なりのボールだったので、楽にスパイクできると思ったのも浅はかだった。

「テーーッ!」

 感じとしては70センチくらいジャンプして、思いっきりスパイクした。


 バチコーン!


 で、ボールは相手チームのボブの頭にヒットした。

 ボブは運動神経のいいマッチョで、それまで打ち込まれたスパイクを全部返している。

 そのボブがとりこぼした。

 胸のすく思い!

 で、ゲームが停まってしまって、敵味方の視線が集まってくる。


 一瞬の後、男子の視線が動物的で女子の視線が――かわいそう!――になっているのに気付く。


 なんと水着の上がずり上がって、わたしの控えめな胸が露出しているではないか!!

「ウグッ」

 踏まれたカエルみたいな声が出てしゃがみ込んでしまった。


 タイムタイム!


 女子リーダー格のアガサと二人ほどが寄ってきて早口で慰めてくれる。

 いそいで水着を整えて「ドンマイドンマイ」を連発。言いながらドンマイの用法間違ってると思いながら、でも気持ちは通じたようで、わたしの不幸なアクシデントへのシンパシーを感じた。

「いいこと! 今のことは頭からディレートしときなさい! 特に男子!」

 男子は真剣な顔でコクコク、みんないい人だ! 

 でも、一人ミッキーが鼻血を流している。

「ちょ、ミッキー!」

 アガサが非難すると、やにわにミッキーはアサッテの方角にダッシュ。

――え、なに?――

 振り返ると、二つ向こうのコートで数人の男子とどつき合いになっている。

 罵倒し合う声はわたしの語学力じゃ理解不能。

 そのうち、こっちの男子が全部向こうに行って、ミッキーに加勢し始めた。


 その後、ホテルの警備員が三人やってきて、なんとか収まる。


「あいつらが、こっちのアクシデントを撮ってたからさ」

「けっきょくはミッキーの早とちりだったんだけどね」

「ミッキーは悪くないぜ、ああいう状況でスマホ見ながらニヤニヤしてりゃそうだと思う」

「あいつらゲーム始めた時から、ヤラシー目でチラ見してたもんね」

「こっち見んな! って思ってたもん」

 みんな頭から湯気を出しながら怒ってる。

 

 あれからホテル併設の温泉に浸かっている。


 アメリカで温泉なんて意外なんだけど、アメリカの西海岸は地震地帯で、地震あるところには温泉がある。

 世界高校生徒会会議が流れたので、ミッキーが仲間を集めて一泊の温泉旅行を企画してくれたのだ。

 ビーチバレーを始めた時は他の女の子の心配ばかりした。

 だって、みんなスゴイ胸だからゲーム中にポロリしてしまうんじゃないかとね。

 で、実際は、わたしの胸では滑り止めにもならないでポロッったわけ。

 めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、それ以上にみんなの心遣いが嬉しかった。

 

 温泉と言っても、日本と違って水着で入る。


 で、ほとんど温水プールなんだよね。マジ殺菌用の塩素の臭いがきつかったりする。

 温泉上がって宴会ってことにもならないしね、設備だって有馬や白浜を思い浮かべると残念だったりするんだけど、それを補って余りあるサンフランシスコ。やっぱ、根本は人間なんだ……。


 付き添いのリンカーン先生がプールサイドのプラスチックの椅子を蹴倒しながらやってきた。


「ミッキー喜べ! 君の交換留学が決定したぞ!」

「え、え、この時期にですか?」

 アメリカの新学年は目前の九月からだから、決まるとしたら、もう一か月は早く決まっているはずだ。

「急に参加できない子が出て、補欠合格だ!」

「で、どこの国の学校ですか?」

 留学にも当たり外れがあるようで、決まっただけでは喜ばない。


「日本のカラホリ高校だ!」


 日本ということで、みんなは口笛ヒューヒューで祝福した。


 悪いやつじゃないんだけど、ちょっと気が重くなった。


 わたし、瀬戸内美晴の夏休みはサンフランシスコの温泉で終わりを迎えようとしていた……ま、いいんだけど。

 

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