第70話『ネヴァダ幻想』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

70『ネヴァダ幻想』   





 ちょっと待って。


 感覚が追いついてこないのよ。


 一昨日まではサンフランシスコに居て、昨日はラスベガスだった。

 ラスベガスは、砂漠の中に忽然と現れた夢の国みたい。

 着いたのが夜だったこともあって、ほんとにファンタスティック。

 どこのナイター中継ってくらい街中が煌煌と輝いていて、その輝きの中にピラミッドやスフィンクスやエッフェル塔が建っていて「うわーー!」なんて感動してたら、いつの間にか周囲はホテルやカジノ。

 さすがはアメリカ、スケールが違う。


 その興奮のまま、いま目の前に広がってきた景色は反則だよ。


「これがアメリカよ」


 シンディーが見せたかったのは旅情あふれるサンフランシスコでもなく、ラスベガスのアミューズメントでもないことが分かった。



「ここって地球だわよね」



 須磨先輩のこわばりが介助してくれている車いすのフレームを伝わってくる。

 シンディーの手配でキャタピラ付の車いすになったんだけど、その意味が分かった。

 ここはキャタピラでなきゃ車いすは動けない。と言ってワイキキビーチの楽しさなんかかけらもない。

「どこでもドアとかで連れてこられたら火星かどこかの星かと思うで」

 啓介先輩がポツリ。

 映画だったら、ここでカメラは引きのアップになって、パノラマになった景色の上にタイトルが浮かんでくるだろう。

 

 デスプラネット……とかね。


「ここに勝てるとしたら、原爆投下直後のヒロシマかナガサキだけよね」

 

 そう、ここは世界で一番核兵器が炸裂したネヴァダ砂漠の核実験場痕なんだよ。

「1057回もやったのよ、ほんとクレージー」

「ほんなら、あのクレ-ターて、みんな核爆発のんか?」

「そうよ、こんな景色、月面か火星の地表でしかお目にかかれないでしょうね」

 しばらく歩くと赤茶けた金庫が半ば埋まっているのが見えた。

「岩かと思った」

「何回目かの実験に金庫の耐久性の実験に置いたのよ。金庫屋がスポンサーになったのかも」

「核実験にスポンサーが居たんですか?」

 真面目に聞くもんだから、シンディーはクスっと笑った。

「1057回もやったから、いろんなことを試したくなるんでしょ。最初はシェルターとか軍用車両とか各種の建築物とか防護服だったけど、アイスクリームは熱線に耐えられるとか……まさかね。でも金庫はほんとにCMに使ったのよ。さて、みんなスマホ出して、あっちの方にかざしてくれる」

 このネヴァダツアーに行くについて、みんなはアプリを入れている。

 要所要所でかざすと、その場所の情報が映るらしい。


 クチュン!


 太陽が眩しくて横を向いてクシャミした。

 その拍子にさっきの金庫が画面に入ったかと思うと、金庫のテレビCMが始まった。

 グラマーなオネエサンがにこやかに金庫を指し示し、明るい声でなんだか言ってる。英語は分からないけどCM。

「おっかしいなあ、見えるはずなんだけど……」

 顔を上げるとアプリの調子が悪いのか、シンディーが悪戦苦闘している。


「調子が悪いようだね」


 声に振り返ると、アメリカ人にしては小柄な男性が笑顔で立っている。



「あ、あ、伯父さん!」

 シンディーの顔がパッと明るくなった。

「あ、えと、わたしの伯父さん。どうして、もう何年も会ってないのに!?」

「忙しくてな、シンディーこそ、この子たちは友だちかい?」

「うん、日本の友だちで……」


 わたしたち四人を紹介してアプリの調子が悪いことを説明した。

 なんだか子供っぽく甘えた口調になっている。きっと大好きな伯父さんなんだろう。


「スマホ使わなくたって見えるよ」


 そう言って伯父さんは、ワイパーのように腕を振った。

 すると、一キロほど目の前に広くて大きな工場が見えた。

「あれは?」

「ロスアラモスの原爆工場だよ」


 ロスアラモスって……少し不思議だけど、目の前にあるんだからそうなんだろう。


「あそこで核兵器を作ったの?」

「そうだよ、こんな砂漠の真ん中にね……ここなら人の目にもつかないだろう、まだ人工衛星も無い時代だからね」

「えと、工場の上に家が建ってるみたいなんだけど」

「宿舎かなんかですか?」

「上から見たら分かるよ」


 オジサンがそう言うと、みんなの体がゆっくりと浮かび上がった。


 え、えーーーー!?


「大丈夫、怖かったら手を繋いでいるといい」

 須磨先輩ははわたしの体ごと車いすのフレームを押えてくれる。


「これは……!?」

「なんてこと!?」

「目の錯覚?」

「こんなこと……」


 そのあとは言葉も出ない。

 なんと、工場の上には街が出来ている。

「飛行機が上を通っても街があるとしか見えない、敵からも味方からも知られない完璧なカモフラージュだよ。作ったのはディズニーのスタッフたちだ。うまくやるもんだろ」


 わたしたちは空に浮かんだまま工場とカモフラージュの街を見た。数分か十数分か、そうやって。ゆっくりと地上に戻った。


「あれ……伯父さんは?」


 地上に着くと伯父さんの姿は無かった。


「ちょっと待って、あんな伯父さん、覚えがない……」

 シンディー自身が一番ショックだったようで、スマホを取り出して電話を掛けている。

「もしもし、あ、お祖母ちゃん?」


 お祖母ちゃんに電話で確かめたところ、シンディーが生まれるずっと前に亡くなった伯父さんがいたそうだ。

 軍隊で核兵器の開発と管理の仕事をしていて、何度も核実験に立ち会って若くして亡くなった人らしい。

 ディズニーとかのアニメが大好きで、オタク風に言うとアメコミファンだったらしい。

 うまくやるもんだろうと言っていた。


 面白がっているようにも非難しているようにも感じられる。


 ずっと考えているには暑すぎるネヴァダ砂漠だった。

 

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