第33話「タコ部屋の仮部室」
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)33
「タコ部屋の仮部室」
部室棟の取り壊しは撤回された。
マシュー・オーエンの初期の作品でアメリカ建築史の上で大きな価値があることが分かったからだ。
日本というのは外圧に弱い。
外国とか国連とかの名前が付くと恐れ入ってしまう。
啓介たちがいくら頑張っても、大阪府が一度決めた取り壊しは覆らなかっただろう。
これも外圧と言えるのかもしれない、ミリーの人気だ。
伯父さん夫婦が部室棟の調査に来た時に撮った写真がSNSで評判になった。
どうも須磨がコメントを付けてリツイートしたのが原因のようだが、評判が立ち始めると、須磨は削除してしまったので、ここまで人気が出てきた経緯は分からなくなってきた。
世の中の不思議さを感じまくった一週間だった。
「タコ部屋が仮部室というのもいいですね~!」
車いすを旋回させて千歳は喜んだ。
「ごめんね、掛け合ったのがあたしだったから、こんなとこで……」
須磨は恐縮しながら荷物を整理している。須磨は、このタコ部屋から出るためだけに演劇部に入ったので、内心忸怩たるものがある。
「部室棟のクラブがみんな移動なんだから、一部屋丸々使えて御の字ですよ」
「そーですよ、なんか秘密基地みたいで、嬉しいんですよ」
「そう言ってもらえると救われるんだけど、この部屋は、あたしの黒歴史そのものだからね」
部室棟は、日米の建築家たちと大阪府の役人とで調査され、緊急の害虫駆除と補強工事がされている。
その間、部室棟のクラブは校内各所に臨時の部室があてがわれているが、たいていは空き教室をパーテーションで区切ったものだ。和気あいあいと言えば聞こえはいいが、ようは雑居部屋。
演劇部も空き教室になるはずだったが、演劇部と同居するのは、どこのクラブも嫌がった。
そして、交渉に当たったのが須磨であったせいか、このタコ部屋が臨時に部室になったのだ。
「車いす通りにくくない?」
タコ部屋は、元々の部室の半分もない。それに生活指導部の倉庫も兼ねているので荷物が多く、車いすでは厳しい狭さだ。
「いいですよ、入り口入って自分のポジションまでの動線は確保できてますから……それより、お茶にしましょう、紅茶とコーヒーどっちがいいですか?」
「千歳、道具一式持ってきたんか!?」
「ええ、昨日下見したら、コンロが使えるって分かったので、このコンロ、車いすの高さにピッタリなんですよ」
「それ、使ったことないよ、ちゃんと使える?」
「もちろん!」
千歳がコックを回すと、せわしない点火プラグのカチカチ音がした。
ボッ!
「わ!」
「ビックリ!」
長年使われていなかったコンロは、気合いを入れるように大きな音で火が付いた。
「ウヒョー! エンジン始動やねえ!」
三人はガスの点火よりもビックリした!
開け放した窓に満面笑顔のミリーが顔を覗かせていたのだ。
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