1章-1

起立。気をつけ。礼。

なによりも体に染みついたこの動きを無意識に行い席につく。

7月31日。例年ならば夏休みに入り、学校のことなど頭にもないこの日、僕たち県立北岡高校3年9組の生徒は教室の低く固い木製の椅子に腰を下ろしていた。

今年の頭に起きた21世紀最大のパンデミック。それに伴い政府は対策として3か月間、学校を休校とし、全国の学生たちはそのつけとして夏休みを失い授業に出ている。

セミの声が幾つも重なり、アスファルトは太陽に焼き付けられ湯気を上げる。

昼休み。昼食をかき込み、参考書を開き、鉛筆を走らせる。北岡高校の生徒の多くは大学へと進学し、高校はその通過点でしかないと考えている。ひたすら勉強をし、クラスメイトと上部だけの付き合いをしながら、ただ、3年が過ぎるのを待つ。まるで地上に出るのを夢見るセミの幼虫のように。僕もその幼虫の1人だ。ただ、周りに流され、勉強し、進学する。大学がどんなところかなど知らないのに。さながらこの世の楽園のように、そこへ行けば将来安泰だと言わんばかりの大人の言葉に踊らされ、脇目もふらず参考書と見つめ合う。 

ふっ、と息が抜ける。今日は一限の前から補修授業があり、疲労感が体を襲う。昼休みも残り15分弱。少し休もうと席を立ち、教室を出る。教室内の生徒の殺気だった空気から解放され、肩が軽くなる。このまま、新鮮な空気でも吸おうと思い立ち、屋上へと階段を上る。外へと繋がる重い金属の扉を開けると、熱くムワッとした空気が冷房の効いた校舎内に流れ込む。春や秋には弁当食べる生徒で溢れ返るこの場所も、気温35度近い真夏日には人影のひとつもない。備え付けられたアルミ製のベンチに座ろうと手を触れてみたが、鉄板のように熱く、反射的に手を引く。仕方なしに、落下防止用の高さ2mの網格子に背中を預け、地面に座り込む。

ふと、今朝配られた進路希望調査のことが頭に浮かんだ。国立上州大学。この学校の多く生徒がその大学へ進学していく。御多分に漏れず、僕もこの大学を志望している。先日の模試の判定はB。担任にはこのまま勉強すれば合格するだろうと言われ、安心感を覚え、1人喜んだ。

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