リングクエスト

戸田 博子

第1話 深草村

これは遠い遠い山の中のそのまた奥の奥の小さな町で育った少年“ぜろ”が、魔王に支配された世界を救うために立ち上がった物語である。


秘境の地“深草村しんそうむら


「おい、零や・・・長老が呼んでいる。すぐにやしろに来い」


ひげがもじゃもじゃの大男が、川で洗濯せんたくしている青年せいねんに声をかける。


「わかりました・・・すぐに行きます」


バシャバシャ、バシャバシャ


「・・・・・・こら、早く行かんか!なぜ、洗濯する手を止めぬか」

「はい、もうすぐ行きます」


バッシャ、バッシャ、バシャバシャバシャバシャー


「このっ、よごれ落ちろコラー・・・しつこいよごれめ」


・・・・・・プチンッ!


「さっさといかんかー」


大男のかみなりに全てを投げ出し、社に向かうぜろ


「今行きます・・・チョコ婆~」


深草村しんそうむら中心地“深緑神社ふかみどりじんじゃ


おそいぞー、遅すぎてねむるところじゃったわ」


神社だがこの村で一番偉い、“チョコばあ”の家である。

内装ないそう冷蔵庫れいぞうこやテレビなど、電化製品でんかせいひんであふれている。


長老様ちょうろうさま、今日はなんで呼び出されたのでしょうか?」


ズズー


「うん、美味い・・・さすがワシがれたお茶だわ、絶品絶品」

「はぁ・・・」

「うむ、零よ。今日そなたを呼んだのは、重要な話があったからじゃ」


ボワッ


蝋燭ろうそくに火を灯し部屋を光らせる。


「話とは、まさか・・・畑に熊でも現れました?」

「いや、そなたが畑にわな仕掛しかけてからは一頭いっとうも来とらん・・・それよりもよいか、今から3日前の午後一時、ワシはこの場所で5年前に知り合いとお茶を飲む約束をしていた。しかし、1時間過ぎても、2時間過ぎても一向いっこうに来ないのだ。連絡をしても一向につながらず、何かあったのではないかと思い、この“証明鏡しょうめいきょう”で居場所を占ったのじゃ」


祭壇さいだんの中央に飾ってあった古い鏡を持ってきた。


「その前に、5年前に約束って・・・絶対に相手は忘れてますよ」

「いや、ゆみちゃんは約束は守る子じゃ、実際は茶ではなく、長年研究しておるチョコの新作ができるのが今日って言っていたから、必ず来るのじゃ・・・みヨこの手紙を」


手紙の日付は確かに5年前のものだ。内容は、さっき長老が話した通りのチョコの新作試食会って書いてある。約束の日時も場所も確実に今日の日付が書いてある。


「ほえー、確かにこの人は約束を死んでも守りそうな人ですねー」

「そうじゃ、だからワシは心配になり、これでゆみちゃんの居場所を占ったが、鏡は何も反応せんのじゃ」

「その鏡が反応しないということは、もうこの世にいないということでは」

「それか鏡の力が及ばない結界の中か海の中かじゃ、ワシはまだゆみちゃんが死んだとは思っていない」


照明鏡しょうめいきょうを布できながら悲しそうな顔をしている。


「分かりました。私が呼ばれた理由はゆみさんを探しに行くことですね?」

「いや、まだ本題には入っておらぬ、ゆみちゃんが鏡に映らない理由は・・・今から話すことに直結しているはずじゃ――――――」


パッ   パッ   パッ


長老の静かな怒りに蝋燭ろうそくが一斉に消える


「ゆみちゃんと待ち合わせる5年前、・・・この世界は魔族の手により支配されてしまった」

「・・・・・・・・・・・・はぁ」

「しまった―――!」


長老は天をあお迫真はくしんの演技で零を見ていた。


「またまたー、そんな嘘をついて驚かせようと?だまされませんよ」

「本当じゃ馬鹿者、この世界は現在、屈強くっきょうな魔族により絶望のふちちている」

「だったら何で、この村にその屈強な魔族は来ないんですか?空は良い天気だし、山は静かだし、いたって普通の日常じゃないですか」


ズズー


長老はお茶を一口飲み、口を開く


「・・・山奥すぎて見つかっておらぬだけじゃな」

「え?」

「奥地過ぎて魔族もここを見つけられてないだけじゃ、田舎の100倍の田舎じゃぞ、悲しくなるわい」

「そんな、ただそんな理由で助かったとは何か悔しいですね」


長老は鏡をもとに戻して零に事の成り行きを話す。


「よいか零よ、魔族がこの世を支配したのは今から、占った結果・・・

中心地の大都市“聖女の地フォルティナス”

ここに封印されていた大魔王“ファラーン”が何者かの手により復活、

そこから一瞬で大都市は天国から地獄に変わった。魔の侵攻は隣接している町に及び、1日も経たぬうちに全国に散らばった低級の魔族の手により制圧。この世は魔族時代の始まりじゃ」


「そんな大変なことになっているとは・・・だったらここも危ないじゃないですか?すぐに身を隠して魔族の手から逃げましょう」


皆を呼びに社を出ていこうとする零に長老が一喝する。


「待ちなさ―――い」


零は大声に驚き、立ち止まる。


「はい」

「まだ話は終わっておらぬぞ・・・その前に皆入ってくるがよい」


ぞろぞろと村の皆が獣の皮で作った服を着て顔には、すみ模様もようを描いて祭りでもするのかと思うぐらい派手な衣装で入ってきた。


「皆、どうした?そんな恰好をして・・・今日はめでたい日じゃないぞ」

「まあ、まずは長老の話を聞こうじゃないか」


質問に答えたのは、先ほど零を呼びにきたこの男であった。名前は“団子だんご”といい、この村一番の狩り師である。


「では長老、お願いします」

「あい、分かった―――零よ。この世界を救うためにお主には旅にでてもらう」


人差し指をびしっと差し、いきなり零に使命を与える

しかし、状況を納得した零に戸惑いはなく、快く引き受ける


「分かりました。ゆみちゃんを探し出し、魔族を倒せばいいのですね」

「そうじゃ、ゆみちゃんを第一に最優先、魔族を蹴散けちらしてくるのじゃ」

「了・解!」


村の皆が長老の後ろに一列に並び、合掌をする


ボッ ボッ ボッ


消えていた蝋燭ろうそくに火がともり、再び部屋が明るくなる。


ぜろよ、そなたには今から3つの贈り物を授けよう・・・大事に受け取るのじゃ」


団子だんごが祭壇の奥にある開かずの扉を開き、細長い布を持ってくる。


「長老様、持って参りました」

「はい、ありがとう」


ほこりまみれの布を手で払い、せき込む長老


「ゴッホゴッホ・・・うわー、これはひどい汚れじゃ、窓を開けて換気じゃー」

「はい、ただいま」


バタン バタン ガタン


「おっほん、改めて零よ・・・これが1つ目の贈り物“深草しんそう珠剣たまつるぎ”じゃ、・・・フン―フン、ヌガー」


ガキンッ ガキッ ガッシャ―ン


長老は、錆付さびついてボロボロの剣をつかから抜こうと、頑張っていた。


バキンッ


「見よ、この自然の生命力をを放つ刀身とうしんを・・・」

青錆あおさびとカビで確かにいい感じの緑になってますねー」

「このさびは魔族の血で落とすがよい、こう見えてこの剣はこの村に先祖代々せんぞだいだい伝わる宝刀ぞ」


スパッ


長老はカーテンを斬ってみせたが、傷一つつけずに揺れただけだった


「切れ味も半端ないですね」

「ふむ、切れ味も魔族の骨で研げばよかろう。遠慮せず受け取りなさい」

「ははぁ、ありがとうございます」


剣を受け取りまじまじと見つめると、刃こぼれはガタガタ、握りにはどす黒い茶色の染みがついていた。


「なかなか、似合うておるぞ。それでは次の贈り物を持って参れー」

「・・・・・・・・・・・・」

「持って参れ――――――」


しかし、誰も動かない。

ハッと何かに気付いた団子だんごさんがゆっくり近づき、長老に耳打ちをする。


(2つ目の贈り物はチョコ婆が身に着けているその指輪です)

(そうじゃった・・・よし、すぐに配置に戻りなさい)

(ハッ!)


「2つ目の贈り物はこの証明鏡の一部を加工して作った、“紅玉べにだまのピュアリング”じゃ、ちょっと待っておれ・・・今・・・この・・・外すから」


左の中指にがっちりハマった指輪を力づくで外そうとしているが、全く外れる気配がない。


「・・・いますぐ食用油を持って参れー」

「油、油じゃ、念のために食器用洗剤も」

「長老の指がぽっきりいかなければいいけど」


村人の皆が苦戦するチョコ婆を見てヘルプに入る。


ドポドポドポドポ   キュポンッ


「さあ、手を前に差し出しなさい・・・この指輪の効果は強き者へ導く、さらに証明鏡と同じく、真実を見通すことができる優れモノじゃ」


(ウッ!油がべっちょりしてて気持ち悪い、それに俺の指には少し大きいな)

「あ、ありがとうございまーす」


「うむ、では手を前に出してみなさい」


言われた通りに指輪をはめた左手を出すと、赤い液体がしたたり落ちて来る。それは、まるで新鮮な血液のようだった。


「指輪からヤバいものが溢れてきてますが」

「あっはっはっはっは、良い色じゃー惚れ惚れする」

「おお、見ろあれが“魔女まじょ血液けつえき”だ、何と幸運なことだろうか・・・南無阿弥陀仏なむあみだぶつ南無阿弥陀仏なむあみだぶつ


この指輪のことを知っている大人たちが正座をしてぶつぶつと小声で、何かを言っている。今、この場所でとても奇跡のことが起こっているのだろうというのは、何となく分かった。


「皆が驚いているのも無理は無かろう。その液体は流れては運を呼び、付着ふちゃくした場所を浄化じょうかする幸運の指輪と呼ばれておる・・・とかないとか?」

「えっ、曖昧あいまいですね」

「うむ、実際は魔族の場所にいざない、近くなればなるほど血がるのじゃ、自分の服が汚れないように気をつけておきなさい」


(・・・これもボロボロ、少し欠けている、輪っかが若干曲がっているような)


「まあ、何か力は秘めておるのじゃから肌身離はだみはなさず持っておきなさい」

「おっす」


気付いたら、指輪の血液は止まっており深紅しんくかがやきをはなって普通の状態に戻っていた。


「3つ目の贈り物は外に用意してあるから、村の入口に集合じゃー」

「オ――――!」


深草村しんそうむら入口付近


村の入口は大木をくり抜いて作った、立派な門と看板かんばんが建っている。その付近には普段は無い、白い布で隠されている物が置かれていた。


「さてこれがその3つ目の贈り物じゃー、2つと違い最後は大きいじゃろう」

「はい、黄金の山か食料の山ですね?」

「どちらも違うぞ、さあ、皆よ一気に開封せよ」

「そ――――れっ!」


しゅるっ バサー


「こ、これは」


布の中から現れたのは、これまたボッロボロの戦車だった。

砲台ほうだいにはところどころヒビが入っており、どこか野外に放置されていたのか、装甲そうこうにはコケやツタがしげっていた。キャタピラと車輪はあんじょう亀裂きれつが入りやぶれ茶色くびていた。


「3つ目の贈り物は・・・今回の長旅の移動に使う、ワシが1から造った(くさおう翠雫みどりしずく)”、どんな凸凹道でこぼこみちでも進むことができる破壊車はかいぐるまじゃ」


長老の説明が終わると同時に拍手が起こる


「すごい、1からこんな車を発明するチョコ婆に、驚いた」

「こら、ちゃんと長老と呼びなさい」

「皆が演技してたから俺も勇者を演じないといけないのかなと思って、頑張ってたけど、疲れた・・・チョコ婆の秘密が次々に明かされて驚きすぎて疲れた」

「見直したかい?」

「うん、最高だね。このおんぼろに乗って魔族という魔族を破壊してくるよ」

「やる気は十分、急ですまないが頼んだぞ・・・この村を、いや世界を救ってまいれ」


嵐のような展開に事が進み、零は家に帰りチョコ婆がんでくれた一張羅いっちょうらに着替える。両親の遺影いえいに手を合わす


「父さんと母さんのかたきを取ってくるよ・・・じゃあ、行ってきます」


家を出ると村の皆が入口で俺を見送るために、待っていてくれた。


「零よ。言い忘れたが、その指輪はとっても大きな収納箱しゅうのうばこの能力があるのじゃ、宝石を軽くこすれば、どんな物でも吸い込んでしまう優秀ゆうしゅうな旅のお供じゃ」


キュッ キュッ


指でこすってみるとキランッと赤くひかりねばっこい赤い粘液ねんえきが出現する


「その粘液ねんえきに持ち歩く物を放りこめ、取り出すときは自分が今欲しいものを頭の中で思い浮かべば、勝手に出て来るはずじゃ」

「じゃあ、このでかい戦車を出し入れしてみる」



ズズ スポンッ


戦車が本当に指輪の中に吸い込まれ、消えてなくなってしまった。


(次に、頭で思う言浮かべて出す)


ぐにゅる ずど――――っん


「うおっ、危なっ・・・足がぺちゃんこになるところだった」

「ふっふ、まだまだ練習が必要じゃな、でもまぁ、上手くいったのじゃ、オールOKじゃ」

「頑張れよ、ぜろー、帰ってきたらごちそうを作ってやっからよ」

「死なないでね、ぜろ君」

「お兄ちゃん、負けないで―」


村の皆が食料や服を次々に指輪の中に放り込んでくれる。その優しさに、必ず生きて帰ろうと心の中に俺は刻んだ。


「じゃあ、皆・・・行ってくる!」


この深草村しんそうむらから世界を救う男が旅に出る

魔族たちはまだ知らない・・・これからこの男による革命が起きることを・・・

魔族たちはまだ知らない・・・この村を探し出し見つけられなかった後悔を・・・

魔王はまだ知らない・・・・・・この時代にまだ立ち向かう奴がいたことを・・・


世界を救うため、立ち上がった1人の男の冒険の始まり、始まり



ぜろの持ち物

頭   深紅色しんくいろのぶかぶかキャスケット帽子

服   深緑色ふかみだりいろのだぶだぶサロペットと白色の半袖はんそで

足   小麦色こむぎいろが長い天狗下駄てんぐげた

武器  深草しんそう珠剣たまつるぎ

装飾品 紅玉べにだまのピュアリング

持ち物 くさおう翠雫みどりしずく(戦車)

    大量の食料

    着替えの服

    大鉈おおなた


場所は深草村しんそうむら


次なる目的地・・・不明


「さて、指輪ちゃん・・・俺の行き先を教えてくれ」


ピカーン ドロリ


そのいにこたえるように、赤くかがや一滴いってきの血液が、宙に浮きゆっくりと前に進む。

強き者への案内が始まった。

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