第4話 「வெற்றி《ベリー》、つまり成り上がるしか手はないのですね」

#4-1

 王宮の大階段の前には大小さまざまな人間がごった返し、小さな少女は踏みつぶされそうだった。

 身体のあちこちをぶつけながらもなんとか人の間を搔い潜り、人込みを抜けて壁に背中を張り付ける。幾分か息苦しさもなくなって少女はゆっくりと目を細めながら左右を見渡した。

 鎧に身を包んだ屈強な男たちがひしめき合っている。

 笑顔で別の男と談笑しているもの、緊張で体が強張っているもの、武器を片手にあたりを警戒しているものなどそれぞれに過ごしている。しかし、あちらこちらでガチャンガチャンと金属の鎧がぶつかる音がして、戦いに出かける前の血気立つ男たちの心情を表しているようだった。


 森への遠征の日は太陽神の加護を受けるために一年で最も太陽が高く昇る日と決められていた。これまでも幾度となく繰り返されてきたであろう騎士たちの遠征。

 しかし今回はいつもと違っていた。男たちの中に細く白い少女が混ざっている。だが、周囲の男たちはそんな異様な光景には関心が薄いようだった。もっと大きな野望が動いているのだ。


「奴隷さん奴隷さん」


 足音を立てずに近づいてきた男に少女は微笑む。


「あら、よくできる見習いのデールね」


「へいへい、その通り。よくできる見習いのデール、ちゃーんと言いつけ通りのものを揃えてきましたぜ」


 デールが肩に掛けていた麻袋を少女に渡す。


「ありがとう。さすがよくできる見習いね」

「最近ではよくできるなんて言ってくれるのは奴隷さんだけなのです。もしかしたらこのデール、よくできていないんじゃないか?なんて不安になった夜もございました。ですがそれは間違いだと気が付いたのです。よくできることが当たり前になってしまった人間に、よくできたなどと声をかける人はいないのです。つまりこのデールのことをみんなが理解した証拠であるとたどり着きました。さすがはよくできる見習いのデール、自分の間違いに気付ける男、それがよくできる見習いデールなのです」


 早口で捲し立てるデールに少女は「ええ」だの「そう」だの空返事を繰り返しながら麻袋の中を確認する。中には瓶や端切れ、何本かの棒などが入っていた。少女が担ぐには少し重い。


「しかしまぁ、なんでそんなものが必要なんです?またおいしい水でもごちそうしてくれるんですかい?」


 不思議そうに覗き込むデールの肩に手を置いて少女が言う。


「水はよくできるあなたに任せるわ。安全な水を提供してあげて」


 少女の言葉にデールはにっこりとほほ笑んだ。そして少女の手を取り、「おまかせあれ」と返事をした。


「ところで奴隷さん、この騒ぎはなんなんですかい?右を見ても左を見ても重厚な騎士の皆さんばかりで、これから戦争でもおっぱじまるんですかい?」

「森への遠征だそうよ。私もついていくことになったの」


 麻袋を担ぎなおして少女が言った。するとデールは大袈裟に仰け反って声を荒げた。


「も、ももも森へ!?奴隷さん森へ行くんですかい!?」


 目を見開いたまま両手を広げデールは固まっている。足元を見ると片足で全体重を支えていた。


「そうよ」と彼女が力なく微笑むとすぐにデールが駆け寄ってきて少女の麻袋を取り上げようとする。


「いけません!いけません!」

「ちょっと、なにするの。放して、デール」


 少女とデールはまるで綱引きのように麻袋を取り合う。少しずつ引きずられていく少女。

 デールが顔を真っ赤にして力いっぱいに麻袋を引っ張ったとき、少女は人込みの中にある人物を見つけた。

 と同時に、パッと麻袋から手を離すと、デールは勢いよく後方へと飛んでいった。


「っててぇ。いいですかい奴隷さん、森はとっても危険。人を食べる魔の物がうじゃうじゃいるのです、生きては帰って来られません。知人の家事見習のメイスの親戚のおじさんの友人のお兄さんの同僚の息子の話なんですがね、なんと森に一人でキノコ狩りに出かけて、そのまま帰らぬ人になったそうなのです。なんでも後日その男が身につけていた衣服が下流の海に近いところで発見されたとかで、そんな話を聞いた後ですから奴隷さんを森になど行かせること、このデールにはできません!いいですか!奴隷さん!」


「あなた! 」


 少女はデールの言葉には耳も貸さずに右手を伸ばす。小さな体を見つけてもらえるよう背伸びをして呼びかけた。その聞き覚えのある声に耳を引かれた男は少女の姿を見つけると顔を緩ませて、ずしんと響くような鎧の音と一緒にこちらへ歩み寄ってくる。輝くシルバーの鎧に金と青のラインが入り、腰には兜が携えてある。


「やあ君か」


 男が少女に声をかけるとデールは顎が床につきそうな程大きく開き、それから頼りない足取りで少女の背中にくっついた。


「剣聖イルザシアス…ほ、ほ、本物だ…」


 イルザシアスの装備を下から上へ、そしてまた下へと何度も往復しながらデールは見ていた。それは感動と呼べる感情だった。


「奴隷さん、いったいどうして剣聖とお知り合いなんです?」

「前に一度親切にしてもらったのよ。イルザシアス、あなたも森へ行くのね」


 少女がそう言うとイルザシアスの表情は一気に曇り、怪訝な顔で「まさか、君も…?」と尋ねた。


 その時、辺り一面の喧騒を一掃する緊張が走る。大階段の上にイクセントリアの王子バルディエスが現れたのであった。

 黒いジャケットには豪華な金の刺繍がいたるところに入っている。また王子の後ろには王家の文様が入った大きな長流旗を二人の従者が掲げている。これは王家公式の行事だということだ。

 そんな堂々たる出で立ちの王子の股間に少女は注目する。


「また大袈裟なコッドピースを…」


 呆れたように少女が漏らした。すぐに騎士たちは膝をつき俯いた姿勢で王子を迎え入れる。見よう見まねで跪いたデールを余所に少女は一人立ったままだった。

 そんな少女に気付きバルディエスはぐっと睨んだが、すぐににやっとした笑いに変わる。「気味の悪い男…」と少女はすっと視線を逸らした。


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