#2-2
***
王都レスクアの正門は普段跳ね橋が上がっていて、王族や国賓など特別な身分のものしか入れない。バルディエスが門に近づくと門兵が慌ただしく動き出し3階建てほど高さがある橋がゆっくりと下りてくる。少女とバルディエス一行は商人のキャラバンと別れてから4時間近くかけてようやく王都レスクアへと到着した。すでに陽は陰り、空は薄暗くなっている。
「おかえりなさいませ、バルディエス殿下」と皆が口々に挨拶をしながら頭を下げるのを少女は歩かされながら見ていた。門の兵士たちは首から足元を覆うように鉄の輪が繋ぎ合わされた鎧を着ており、腰元には鞘に収まった短刀を所持している。
―鎧はハウバーグ。まるで十字軍ね。
正門のある外壁をくぐると先ほどまで見ていた街並みとは一変し、綺麗に舗装された道を挟むようにぼんやりと灯る外灯が中央の広場まで続いている。その光に照らされるように小さな看板や3階建てほどの石造りの集合住宅が整然と立ち並び、ここが王都であることを実感させた。
バルディエス一行に気付いた住民は皆こぶしを自分の左胸に当て、そのまま一礼している。少女にはその様子が不思議だった。
「ねえ、どうしてここの人たちはあなたにひれ伏さないの?あなた王族なんでしょう?」
少女が問いかけるとバルディエスは鼻で笑う。
「フッ、地面に頭をつけるなど人間のすることではない。田舎連中は頭がないから、マナーを知らんのだ」
つまり王都の人間はきちんとした教育を受けているため、王族への挨拶の仕方を知っているのだ。この町のどこかに教育機関があるということになる。集団で学ぶ学校があるのか、雇われて個別の家を回る教育者という仕事があるのだろう。
「おい、奴隷と言えども少しは貴様も教養を身につけろ。お前を買った俺が恥をかくことになるからな」
バルディエスが言われて少女は「努力するわ」と答えると、頭を思いきり叩かれた。どうもこの男は手が出る癖がある、と少女は思った。
しかしそんなことよりも少女は、立ち並ぶ外灯の光に目を奪われていた。深緑色の細くまっすぐと伸びる柱はまるで古代ローマ建築、コリント式のような装飾があり、その先端にガラスの小部屋がある。大きさで言えば15センチ角であろうか、そのガラスの小部屋の中にぼんやりと辺りを照らす光が浮いているのである。
―LED、なわけないか。白熱電球か、それともガス灯かしら。それにしても綺麗だわ。
外灯の光に見とれていると中央に大きな噴水のある大きな広場へと出た。そこで白馬が止まるとバルディエスは馬から降りる。すぐに広場の向かいから2頭の馬に引かれた豪華な四輪の馬車が到着すると少女たちの前で止まり、すぐにバルディエスは低い天井に頭をぶつけないように乗り込んだ。従者の一人が馬から降りると、代わりにバルディエスの馬の手綱と少女の鎖を握る。
「あの、私は?」
少女がバルディエスに声をかけると、馬車を引いてきた御者たちが驚いた顔で少女を見た。
「貴様は自分の足で歩いて来い。お楽しみはそれからだ」
どっかりと深く腰を落としたバルディエスがふんぞり返って少女に言った。
「バルディエス様、こちらの少女は?」
御者の一人がバルディエスに問いかける。
「奴隷だ。旅先で格安のものを買ったのだ」
「左様でございますか」
にっこりとほほ笑むと御者が「それでは」と声をかけ馬車は動き出した。
離れていくバルディエスに少女が「あなたのお城は遠いの?」と尋ねると「歩いてみればわかる」とだけ返された。
―確かにその通りね。
少女は納得した。
二人の従者は馬に乗ったまま、そして一人は馬から下りて二頭の馬と少女を一人連れて歩き出す。誰も話をしない、少女以外は。
「この世界にも
「…」
「あれはランドータイプね。ここではなんて呼ぶのかしら」
「…」
「でもおかしいと思うのよ。ここまで自分で馬に乗っていたのなら、自分のお城まで乗っていった方がわざわざキャリッジを待つ必要もないから効率的じゃないかしら。もし私が王子でここが王都だから送迎してもらえるというなら、城門をくぐったところに
「…ン、ンー」
「彼のお城は遠いのかしら?私砂漠を横断したのって初めてよ」
「…」
「そうか、私は彼の城に行くものだと思っていたけど、私は奴隷だから別の施設に送られることも考えなければいけなかったわね。きっと他にも奴隷がいるはずだわ、どのくらいの階層から奴隷を所有しているのかしら。とても気になるところね」
「…コホン」
「でも私が外から伝染病を持ち込む可能性とかは考えないのかしら。もし私が門兵ならすぐにその場で引き離して、検査を受けさせてから入門させるわ。危険だもの」
「…」
あれこれと考え始めた少女は時折咳払いをする従者に気付かなかった。しかし呆れた従者たちの足取りがどんどん早くなっていくので、鎖を退かれる少女は慌ててその細い足を動かして付いていった。
広場を抜けてしばらく歩くと何頭かがすでに入った馬小屋が見えてくる。従者たちは自分たちの馬とバルディエスの馬を小屋に入れると、馬の馬具を外した。改めて近くで見ると、馬たちは皆穏やかで優しい目をしている。
拘束から解放された馬に干し草を与えるとガシガシと乱暴な音を立てて食べ始めた。そして従者がその毛並みをブラシで整えてから、一行は再び歩き出す。
「ねえ、どうしてこんなところに馬を置いておくの?一応、王族の馬もいるのよね?」
「…王宮に王子の馬は置けん」
従者はそれだけ答えると再び黙ってしまい、少女の質問には答えてくれなくなった。すでに少女が自分で作った葉っぱのサンダルはボロボロで、緑色の汁が少女の足の裏を汚していた。少女はそのサンダルの残骸を馬小屋の隅に脱ぎ捨てた。
馬と離れた少女と従者たちは、先にバルディエスが待つ城へとその歩みを進めていった。
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