つきまとう手

宮元多聞

つきまとう手

タイミング悪く、人身事故直後の電車に乗ってしまった。

帰宅ラッシュに加え、2時間30分の電車の遅れで、車窓に映る乗客たちの表情には、

疲労の色が隠せなかった。

ガタン。

大きく揺れた。

とっさにつり革を持つ手が離れてしまい、隣のつり革につかまってしまった。

当然そこには、他の人の手があって

「す、すみません」

あわてて、元のつり革を握りなおす。

…けっこう強く掴んじゃったよ~。もう一度謝っておくか。

窓越しに隣の人を見た。

映っていたのは、つり革にぶら下がる手首から先の右手だった。

ウソでしょ!?

ちらっと横目で右手のもち主を探すが、体は見えない。

が、つり革につかまる手だけは、しっかりと見える。

誰も気づいてないの?

みんな携帯をいじっている。

どうして誰も気がつかないの?私だけ?

「すみません。降ります。降ります」

走り去る電車の中から、手首が私に向って手を振ったように見えた。


彼氏の健二に電話をかけるが、繋がらない。

一度駅から出て、ビールを3杯飲んで電車に戻る。

ビアグラスを握るとき、あの手の感触を思い出してしまった。

温かかったんだよな。少しやわらかかったし。女の人の…だったのかな…。


遅くなっちゃった。タロウ、お腹すいたよね。

鍵、鍵。ん?いつもなら、ドアのすぐ向こう側でしっぽを振って待つタロウの息づかいが聞こえるのに

まったく気配がない。あれ?

「タロウ?」

部屋の奥の方から、威嚇するようなタロウの鳴き声が聞こえた。

あっ、遅かったから怒ってるの?

急いでドアを開けようとしたら、ドアのぶが、さっきの右手にすり替わり手首を掴まれた。

「わぁ、わぁ、わぁ」

少しだけ開いたドアの隙間からタロウが飛び出してきて、ワンワン吠えながら、また部屋の中へ走り込んでいった。

私も必死で手をふりほどき、部屋に飛び込んだ。


今の何!?えっ?えっ?

部屋じゅうの電気をつけてまわる。

テレビのスイッチを入れ、音量を上げた。

ブラインドの隙間から、ぎょろっとした目が見えて消えた。

何!?嫌っ!

健二に電話をかける。留守電。

あ、亜由美。亜由美!

近くに住む、親友の亜由美に電話をかけた。

「一生のお願い。今すぐ来て。いいから。とにかく来て。家。家にいるから」

「よくわかんないけど、わかった~」

間の抜けたような返事のあと、亜由美の声にかぶるように別の誰かの声が聞こえた。

「一生のお願いを、そんなことに使っちゃっていいのかな。くくくく」

「え?亜由美?今の何?」

「何って何」

「ううん。待ってる。早く来て」


亜由美を待つ間、ガリガリとドアを引っ掻くような音が、ひっきりなしに続いた。

恐る恐るドアの鍵を確かめに行くと、ドアポストから手首が入って来ようとしている

ところだった。あわててヒールで叩き出す。

早く来て!亜由美!!

そのうち、天井や壁の中を、何かが這いずりまわるようになった。

い、入り口を探してるんだ。

ピンポーン

「やっちー。亜由だよ~~ん」

能天気な声に苛立つ。

「遅い」

タロウが、窓の外に向って吠えている。

あっちか。今だ。

ドアを開けると、コンビニ袋いっぱいのお菓子と飲み物を持った亜由美が入ってきた。

「いえ~い」   

慌てて閉める。

「ちょっと、寄り道とかして来ないでよ」

「物資の調達は基本でせう~」

「ふざけないで」

「何よ。自分で呼んでおいてノリ悪いぞ」


電車の中からの出来事は、全く信じてもらえなかった。

が、少し落ち着いてきた。


「ほらほら、かっぱえびせん。食べな」

「ああ、うん」

袋に手を伸ばす。つまもうとしたら、袋の中で指をつかまれた。

「きゃー」

「何?」

放り投げてしまった。

ばらばらと、かっぱえびせんが部屋に散らばる。

「ちょっと~~~~。もぉ」

「袋の中に手が」

「はあ?何じゃそりゃ」

亜由美がテーブルの上に残りのかっぱえびせんをひっくり返した。

「なんもないよ。まじ大丈夫?」

「ほんとだってば」

亜由美が、袋の中に手を入れる。

「空っぽだよ」

亜由美の背中、テレビとビデオデッキの隙間に何かがすべり込むのが見えた。

「後ろ!」

「え?」

「部屋に入ってきちゃったんだ。どうしよう。ねえどうしよう」

「何が。どこに?」

「そこ。テレビの後ろ!」

「もお~」

亜由美がテレビを動かし始めた。

テーブルの上の亜由美のスマホが光る

LINEの着信

えっ、健二?

とっさに手を伸ばしてしまった。

「何時に帰ってくんの?時間かかりそう?」

間違いなく健二のアイコン

何?これ亜由美のスマホだよ?

「何してるの」

「あ、ごめん」

「ここ、何もなかったよ」

テレビとビデオが移動させられていた。

「あ、うん…」

「ばれちゃった?ごめんね」

「え?」

「そーゆーこと」

「わかんないよ」

「私、帰るね」

「ちょっと待って」

足元で、タロウが床に散らばったお菓子を食べていた。

「じゃあね」

ドアが閉まる

何?え?どういうこと?健二!?


どさっと音がした。

振り向くとタロウが倒れて痙攣していた。

「タロウ?タロウ!どうしたの」


タロウが舌を噛んでる気がして、あわてて口を押し広げると

ぽろっと指が落ちてきた。

「きゃー」

げほっ。

タロウの口から、人間の指が吐き出される。

床に散らばっていたのは、指。

指、指、指。

がさがさ、がさがさ。

私の背中を何かが這い上がってくる

いや…。やめて。やめて。

首をなでられる。

髪にまとわりつく。

急に顔をわし掴みにされた。

やめてっ!!

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つきまとう手 宮元多聞 @tabun_m

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