深淵

 キィ..パタン

 弟が自室に入った。現在24時を13分経過したところ。

時々夜更かしをしているようで、隣から物音が聞こえて来るのだ。

 まだ幼い弟がこんな時間に何をしているのか気になる私は、物音を立てない様注意をはらいながら隣部屋のドアの前まで移動した。

 ドアに片耳をつけ、音に集中する。

ははは、と小さく笑う弟。漫画でも読んでいるのだろうか?

 ドアノブに手をかけ、少しずつ力を入れ音を立てないようゆっくり下げていく。

限界まで下がると、今度はゆっくり私の体側に引き寄せる。

良かった。開いたドアに気付いていないようだ。

 1㎝程開けた隙間から室内を見渡す。

暗い中に勉強机の蛍光灯で照らされた弟は、机と平行を向くように椅子へ座っている。

だが、ただ座っているのではない。

 左手首に顔を近づけて覗き込むように注視しているのだ。明らかにおかしい。

 瞬きを繰り返しながら弟に注目する。

私の目に飛び込んできたのは左手首から流れる血と机の上のハサミ。

[リストカット]

 という言葉が脳裏に浮かんだ。

 事態を把握した私は、気付かれるのも構わず室内に入る。

 弟はそんな姉に見向きもせず、パックリと口を開け乳白色の脂肪を剥き出しにしながら、赤黒く生臭い血を流す手首をマジマジと見て笑っている。

 言い知れぬ狂気におののきながら言葉を探す。

「何、してるの。」

「深淵が僕を覗いてるんだ。」

 室内に漂う鉄の匂いと、乾いた弟の笑い声に視界が遠く、暗くなっていくのを感じた。

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