砂上の楼閣

せいや

第1話


もううんざりだ。

あのお方の言葉にはもうウンザリだ。


あの方の言葉通り私があの街に行き、言葉通りの行動をとれば、私がどんな目に遭うか。

そのくらい、あの方ならわかるだろう。

あの街には、きっと私には想像しえない程の悪が蔓延っているんだ。

あぁ、恐ろしい。


あの方は確かに畏るべきお方だ。

ただ、私にだって逃げ道くらい与えられているはずだ。

そうだろう。私の進む道は私が決めるんだから。


ただ、やはり決断というのは怖いものだ。

何かに身を任せたい。

自ら決断するという行為は、私には重すぎる。

何かに身を任せたい。


船だ。

そうだ、あの船に乗ろう。

私は今確信した。あの船だ。

あの船こそが私を正しい方向へと導いてくれるはずだ。

私を真理の道へと導いてくれる船なんだ。


船に乗るだけだ。

あの方もきっと私の行動を咎め立てしてくることはないだろう。


いや、もしかしたら。

これこそがあの方が示している事なのかもしれない。

あの船に乗ることこそ私の使命なのかもしれない。

そうだ、きっとそうだ。

私には正しい道が与えられたんだ。

万歳。



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もううんざりだ。

なぜだ、なぜ今日に限って嵐が吹き荒れる。


船が沈めば私は終わりだ。

信じられない。

あれは使命ではなかったのか?

これが私の運命なのか?


あの方の仕業か?

いや、そんなはずはない。

私は正しい道を進んでいるはずなんだ。

この船こそが私を道に置いてくれるものなんだ。

あの方が求めている道に。


止まってくれ。

嵐よ静んでくれ。


なぜだ、なぜ止まない。

私にはあの方がついているのに。


...もしや。

あの方の本心は違うのか?

私がした行動は、あの方の思惑とは違うのか?

この嵐は私に対する罰なのか?


私は本当に喜びをもってこの船に乗ったのに。

私の行動は確信に基づいていたのに。


..もういい。うんざりだ。

私の行く道行く道全てを閉ざすあの方に、もう私は顔を向けない。


私はあの方からも人生からも逃避する。

私の人生なんて所詮この程度のものだったんだ。


何やら人だかりができている。

船員が慌てている。

誰のせいでこの嵐が起きたか議論をしているようだ。


私だ。私だよ。

あの方に背いた私の責任さ。

もう人生に未練なんてない。

わたしを好きにするがいい。

海にでも投げ込むがいい。


私が死ぬのがあの方の思い通りなんだろう。

私が死ねばあの方の怒りも嵐も静まるんだろう。



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もううんざりだ。

ここがどこだか判らない。

何も見えない。

私は死んだようだ。


地獄というのは案外、生きている世界と大差ないものだな。


あの方はやはり私を見捨てていた。

そうでなければ、あれほどまでに無様な死に方を私にさせないだろう。

私は大きな魚に飲まれて死んだんだから。

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砂上の楼閣 せいや @mc-mant-sas

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