第4話 灰村シンディの変身


 『では早速ものは試し、ここで本契約と行きましょうか』


「今ここで? ここは学校なのよ? それにもうお昼休みは終わってしまうわ」


『何を気後れする理由があるのです? あなたを貶めた連中は学校、いえ公の場で犯してはならない愚行をしているでしょう? 構う事はありません』


「そっ、そうよね……」


 完全にシンデレラの童話本にいいように誘導されていくシンディ……徐々に彼女を縛る倫理観というたがが外れていく。


『では私を開き、『メタモルフォーゼ シンデレラ』と唱えてください』


 童話本はシンディの元へと舞い上がり、手元に収まる。

 シンディは固唾を飲み、見開いた眼で本の表紙を見つめる……顔には冷や汗が滲み顎の先端から滴る。


『どうしたのですか? まさかここに来て尻ごみですか? 自分は傷つけられているのに相手にやり返す勇気がないと?』


「違うわ……そんなんじゃない……あんな非道を行う人間は裁く人間がいなくては……」


『そうそう、その意気ですよ!! さあ唱えるのです!! 今までの最低な人生を塗り替える為に!!』


 シンディをこれでもかと煽る童話本……彼からはどこか嬉々とした感情が醸し出されているが、今のシンディにはそれを推し量る余裕はなかった。

 シンデレラの童話本を開く。


「……メタモルフォーゼ シンデレラ……」


 遂に呪文を唱えてしまったシンディ……直後、童話本が頭上に飛び上がり大きくなる……そして巨大な本はゆっくりと下降しシンディに覆いかぶさっていく。

 頭のてっぺんから足先まで本が通過すると、シンディの姿は以前とは全く違う姿に変わっていた。


 髪を後ろで纏めほっかむりをし、ボロ布を継ぎ接ぎした汚らしいパッチワークのロングスカートに変わっていたのだ。


「何よこれ……」


 さすがにシンディも驚きを隠せない、魔法少女というからにはもっと華やかなコスチュームを想像していたからだ。

 これでは家でこき使われていた時より悪くなっている気がする。


『それこそがシンデレラの始まりの姿……シンディはシンデレラの物語を知っていますか?』


「当然よ……今どきシンデレラの童話を知らない子なんて殆どいないわ」


 意地悪な継母と義姉達にいじめられこき使われていたシンデレラを不憫に思った魔法使いが綺麗なドレスにガラスの靴を与え、カボチャの馬車でお城の舞踏会に送り出す。

 そこで出会った王子はシンデレラに一目ぼれ、求婚するも十二時で魔法が切れるためシンデレラはその場から走り去るがその際ガラスの靴の片方を落としてしまう。

 後日王子は国中にお触れを出す、ガラスの靴を履けた女性と結婚すると。

 シンデレラは見事ガラスの靴を履き、王子と結婚しました、めでたしめでたし、という典型的なシンデレラストーリーだ……シンデレラなだけに。


『では想像がつくと思いますが、シンデレラはトップクラスの成長型……大器晩成型の魔法少女なのです』


「結局は今までの生活通り耐えなければならないという事じゃない……期待した私が馬鹿だったわ……」


『何を仰います、成長した暁には魔法少女の中で最上級の実力を身に着けるのですよ……ただ生き残るためには多少の戦略が必要ですけどね』


 童話本の言葉に違和感を覚えるシンディ。


「ちょっと待って……あなた今、『魔法少女の中で』って言ったわよね……私以外にも魔法少女がいるの?」


『……すぐにそこに気づくとは流石ですね……そう、あなた以外にもいますよ魔法少女、それも沢山ね』


「『生き残るため』とも言ったわよね……それはどういう事?」


『やれやれ、あなたは察しが良すぎます、順を追って説明するつもりだったのですが……シンディ、夢の中で私が『全知全能の力』について話したのは覚えていますか?』


「ええ、てっきり変身して得た力がその『全知全能の力』だと思っていたわ」


『それが違うのですよ、『全知全能の力』とは勝ち取る物……魔法少女同士で争って最後に一人残った者だけがその力を手に入れるのです』


「そんな……人を蹴落としてまでそんな力、手に入れたくないわ……そんな事だと知っていたら契約なんてしなかったのに……」


『今更ですが一度契約してしまったらあなたが死ぬか勝ち残るかでもしない限りは解約できませんよ? それにあなたがシンデレラになった理由を棚に上げてそんな綺麗ごとを言わないで頂けますかな?』


「あっ……」


 自分を虐げて来た人間に復讐する……そのために童話本の口車に乗ってしまった事を今更ながらに後悔するシンディ。


『そう気に病むことではないですよ、動機に差はあれど他の魔法少女もリスクを承知で何かしらの願いと目的を持って魔法少女になったのですからね、なにも遠慮はいらないのです』


「でも……」


『あなたはどこまでも優しいのですね、しかし魔法少女にその感情は足枷にしかならないかもしれないのですよ……こうしている間にも他の魔法少女が『全知全能の力』を我が物にしようとあなたを狙ってくるかもしれないというのに……まあいいでしょう、どのみち魔法少女になりたてのあなたは今襲われたら一溜りもない』


 童話本は多少シンディに対して失望しかけたが、彼女に対してのアプローチを変える事にした。


『まあその事は今はいいでしょう、とにかく早めに成長して生き残ることを当面の目標にしましょうか』


「私はどうすればいいの?」


『どんどん魔法を使って経験を積みましょう、魔法のレベルが上がれば魔力は元より身体能力なども強化されますから』


「魔法を使う……」


『2ページ目を捲ってください、何が書いてありますか?』


 童話本に言われるままページを捲る。


「【炊事】、【洗濯】、【掃除】……何よこれ」


 そこには3つの見出しとそれについての説明文が書かれてあった。


『何って、魔法ですよ』


「これが魔法? 馬鹿にしないでよ、これじゃあいつもやってることと同じじゃない……」


『説明をよく読んでください、【炊事】は無から食事を作り出し食べる事で体力を回復する……

【洗濯】は衣服の汚れを落とすと同時に毒や痺れなどの状態異常を回復する……

【掃除】は自分を中心とした周囲を衝撃波により何もない状態にしてしまう攻撃にも防御にも使える魔法ですね』


「そうだったの……」


『しかも全てが既にレベル5じゃないですか!! これは今までのあなたの経験が反映しているようですね!!』


 嬉しいような悲しいような複雑な心境のシンディ。


「他にはないの_?」


 3ページ目を捲ってみる。


『あなたは魔法少女に成り立てなんですよ? そんなに一度に魔法が使えるはずが……って、えっ?』


(馬鹿な、初期状態からこんなに魔法が使える状態にあるのだなんて……)


 童話本は驚く、何と3ページ目には既に別の新しい魔法が書いてあったのだ。


 そこに書かれていた魔法は【ネズミの恩返し】というものであった。

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