第2話 灰村シンディの闇
「あなた夢に出て来た本よね?」
早朝のまだ薄暗い部屋の中、シンディが呼び掛けるもシンデレラの童話本は黙っている……当たり前と言えば当たり前だが、夢の中ではあれだけ饒舌に語っていたのが嘘の様に押し黙っている。
そして今は光も発してはいない。
「不気味だわ……」
彼女の勉強机の下段、一番大きな引き出しを開け、その中に童話本を入れ閉じた後に鍵を掛ける。
そしてパジャマを脱ぎ服に着替える。
シンディは取り合えず童話本の事は忘れる事にした。
彼女は今それどころではないのだ。
バケツに水を汲み雑巾を浸し、長い廊下の掃除を始める。
シンディの自宅は大きな和風邸宅であった。
彼女は毎朝広い屋敷の掃除から日課が始まる。
廊下を和装の寝間着を着た女性が通りかかる。
「おはようございます、お母さま……」
掃除の手を止めシンディがその女性に頭を下げた。
彼女は灰村
母親と言っても血は繋がっていない、シンディの父の再婚相手……いわば継母だ。
「ふん……」
香華はシンディを一瞥するだけですぐに視線を逸らし立ち去った。
廊下に落ちる埃を見るような侮蔑を含んだ視線だ。
再び掃除に戻ろうとしたところで後方で派手な水音が響いた。
「きゃっ!! 何よこんな所にバケツなんて置いて!! 邪魔なのよ!!」
シンディが振り返ると、ワンピースのパジャマを着たいかにも高飛車そうな眼付きの悪い少女が仁王立ちしていた……彼女は灰村
彼女の足元にはバケツが転がっており、廊下は水浸しだ。
「もう!! 足が汚いバケツの水で汚れちゃったじゃない!! この責任どう取ってくれるのかしら!?」
つかつかとシンディに向かって歩み寄る。
「ごっ……ごめんなさい……」
「フン、朝から辛気臭いのよあんた!! この靴下は洗っておいて!!」
英華は靴下を脱ぐとシンディに向かって投げつけた。
湿っている靴下はベチョッと音を立て彼女の顔に張り付く。
「………」
能面のように無表情、無言で靴下を自分の顔から剥がす。
「えへへっ、ごめんね~~~私のお姉ちゃんが迷惑かけて~~~」
シンディの顔を覗き込み屈託なく笑うあどけない少女……灰村
年齢がシンディより下なので一応彼女の妹という位置づけになる。
「朝ごはんのは何だろう~~~」
そう言いながらクルッと身を翻し英華の後を付いて行く。
「もうそんな時間……急がなきゃ」
シンディは掃除もそこそこに切り上げ食卓のある部屋へ向かう。
家屋の清掃は元より食事の用意もシンディの仕事だ、掃除の前に既に食卓には調理済みの料理を準備してあった。
「お待たせして済みません、今ご飯とお味噌汁を準備します」
「もう、さっさとして頂戴!!」
着替えを終え着物姿の香華は既に食卓に着いていた。
相変わらず不機嫌な態度だ。
シンディは慌てておひつから米をよそい、香華と二人の娘たちに渡す。
「頂きます……」
手を合わせてから食事を始めるシンディとは対照的に何も言わず食事を始めてしまう三人……彼女たちには食事を用意してくれたシンディに対しての感謝など微塵もないのだろう。
「ちょっと!! 何よこの米!! 水っぽいじゃない!!」
「そんな筈は……あっ……」
英華に言われてシンディも米を口にしてハッとなる……水が多く米飯とお粥の中間といった所だ。
「こんな中途半端なお米、私は食べないわよ!! どうしてくれるのよ!! こんなお腹空いたままお昼まで絶えなきゃならないなんて!!」
「ごめんなさい……」
おかしい、自分のお米に対しての水の量は適正だったはず……これはきっと目を放している隙に誰かが水を増やしたに違いない。
この手の嫌がらせは日常茶飯事だった。
「まあまあ英華お姉ちゃん、この柔らかいお米もお塩を振れば結構おいしいよ~~~佃煮やお漬物も合わせれば味に変化があって楽しいよ~~~」
「……もう、病人でもないのにお粥だなんて……」
ぶつくさ言いながらも愛華の言う通りにして食事を勧める英華……流石に背に腹は代えられない様だ。
「ウフッ」
愛華がシンディに向けウインクしてきた。
だが彼女はシンディに好意を持って庇ってくれているのではないのだ。
シンディの動機が激しくなる。
「ねえ、シンディちゃんちょっと……」
食事が終わり、香華と英華が居ないのを見計らって台所で後片付けをしているシンディに愛華が擦り寄ってきた。
「え~~~と私、今月ちょっとお小遣い使い過ぎちゃってさ~~~シンディちゃんちょっとカンパしてくれないかな~~~」
「そんな、愛華さん……今月私にお金を都合させるの三回目じゃないですか……」
「そんなこと言わずにさ~~~朝ごはんの時お姉ちゃんから庇ってあげたじゃない」
シンディは思わず『お金の無心』と言いそうになったがグッと飲み込む。
ここで愛華を怒らせると後後面倒な事になるからだ。
以前無心を断った時には香華と英華のシンディに対しての辺りがいつもより激しくなったからだ。
間違いなく愛華が裏で暗躍していたはずだ。
「はい……」
震える手で一万円札を一枚差し出す。
「うわぁ!! ありがとう!! 愛華、シンディちゃん大好き~~~!!」
両手でお札の両端を掴み上に掲げてその場でくるくると回る。
そしてそのままの勢いで台所から出て行った。
シンディとて小遣いに余裕がある訳では無い、愛華の頻繁な無心があっても耐えられたのは父が残してくれた遺産があったからだ。
しかしこんなペースでお金をせびられてはそれも長くは持たないだろう。
この彼女たちの心無い態度はシンディの父が亡くなってから五年以上続いている。
「……うっ……くっ……」
頬に涙の筋が走り、思わず嗚咽を漏らしてしまったシンディ……家族に彼女の味方は一人もいなかった。
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