この国の片隅で
吉高 雅美
第1話
新しい家って広かった。なのに、もう勇太くんもチミちゃんも居なかった。
幼稚園って行くんだ。そこに、いっぱい友達いるんだ。
「まだ休みなの。お家、広くなったから我慢してね」
遊んでこよう。公園あるって、公園なんてどこでもあるでしょ。
「だめよ外、出ちゃ。お家にいなさい」
って、言ったんだって、聞こえたのは、
「だ……」
だって、ダメって叱られたら動いちゃいけないから、「だ」で逃げないと。逃げないと聞こえちゃう。耳を塞ぐんだ。目、瞑っていたんだ。
「わー」って言うのは、がまんした。
「あ」
同い年ぐらいの男の子がいた。すごく嬉しそうな男の子がいた。
「おれ、がんち」
やさしい声だった。
「おれ、てるき。がんちって名前」
「そうだよ。違うけど、みんな、おれのこと、がんちって言うんだ。
引っ越してきた?」
「うん、どうして、知ってるの」
「見てた。
これ、やるよ」
ビー玉。ビー玉見たの初めてだった。飴玉みたいな大きさのガラス玉で、中に色付きでひねった羽が入ってるやつ。良く見ると綺麗なんだけど。
「ありがとう」
口に入れて、かじろうとしたら、がんちがお腹と口とに手を置いて笑いだした。大きな声に、呆けて、口をポカンとしてた。
「アメじゃないよ。口から出しなよ。食べられないよ。ビー玉だよ」
口から出して、手でつばを拭いて、見た。ガラスの飴。おままごとに使うのかな。
「てるき。ビー玉知らないのか」
「うん。知らない」
「う、はははは。食べようとした。ビー玉、食べようとした」
とっても楽しそうに笑う。釣られて一緒に笑った。楽しくなった。
「お前さ、引っ越したばかりで知らなかったんだと思うけど。
がんちと話しちゃだめだぞ」
「そうだ、がんちは、がん、なんだから」
近所に、がんち以外にも子供がいる。三人だ。
「がんってなに」
「だめなやつってことさ。だめな、がん、で、がんちって云うんだ」
「名前じゃなかったんだ」
「いいんだよ、がんちなんだから。
いっつも鼻水垂らして、ぜったいコロナなんだぜ。
お母さん言ってるも、近く行くなって。コロナうつるって」
「あいつんち、お父さんいなんだぜ。
お母さんパートだし、貧乏なんだ」
「鼻水垂らしてる子なんて普通いないでしょって、うちのお母さんも言ってた。
やっぱ、コロナなんだよ。
パートの店も潰れたんだよ」
「きっとあいつ今頃、お腹すいたって虫を食ってるんだ」
そんなこと。
「がんちは虫なんて食べない!」
ビー玉くれたんだから。その日も次の日もがんちはいなかった。
「秀秋君だ」
「秀秋君ってだれ」
「がんちのお兄ちゃん」
三人は、かけだしていた。そのかけてく先に、ひょろりとした秀秋君がいたんだ。高校生ってお兄ちゃん。少しはなれて、いた、がんち。なんか、笑ったように見えたけど。ポケットに手を入れて、もう一つの手で鼻水を拭って。拭った手をズボンにこすりつけた。
三人が両手を上げ秀秋君に、せがんでいた。秀秋君は嬉しそうな顔して少し屈んでいた。
がんちのお兄ちゃんなのに、三人と楽しそうにして、一人づつ高い高いみたいなことして、鬼ごっこ始めた。秀秋君の一足で、みんなを追い抜いてしまう。すごい笑い声だった。
がんちは、あっちのさっきのとこで、ポケットの手を出しもしないで鬼ごっこ見てる。
がんちが居るのに。見えてさえいないみたいに、置いてけぼりして、鬼ごっこしてた。
当たり前のこと。
「またな」
秀秋君の声。
「えー」「もう」「けち」
すんっと、静かになる。がんちは、こっち見てた。少し笑ってるって思った。
近づくことも、話すことも、こっちのここで立ち止まったまま、しなかった。
秀秋君が、がんちのさっきの鼻水の手と手をつなぐ。
本当にお兄ちゃんだったんだ。
幼稚園に、がんちはいないんだろうな。
けれども、三人もいなかったんだ。
この国の片隅で 吉高 雅美 @yositakamasami
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