第42話 甘やかし

「ただいま、インターン疲れた~」


「お帰り、久しぶりだな」


 約一ヶ月ぶりに茜が帰ってきた。大学三年になった茜は夏休みを利用して、出版社にインターンに行っていた。もちろん、東京にある出版社なので泊まり込みだが。


「ねえりっくん、一ヶ月ぶりにカノジョが帰ってきたのに冷たくない?」


「ちょっと待ってくれって。キリの良い所まで終わらせたいから」


「構って構ってー」


「分かってるから。のしかかるなって、重い重い」


 茜は俺に思いっきり体重を預けてくる。可愛いが鬱陶うっとうしい。ここまでベタベタに甘えてくるのは結構珍しかった。かなり酔っ払ったときか、五日以上会えなくなったときか。そう考えると、珍しくはないのか?


「あー! 重いって言った!」


「嘘だよ。軽い軽い」


「適当に言ってるでしょ」


 茜は俺の首筋辺りに顔をうずめると、すうーと息を吸う。何これめっちゃくすぐったい。生温かい息が首にかかって、集中出来ない。レポートが進まねえ……。


「茜あと五分で終わるから離れてくれ」


「りっくんの匂いがする」


「聞いてる? いったん離れてくれ」


「ひげも伸びてるね」


 茜は俺の顎を触ってそんなことを言う。ダメだコイツ……、全く聞いていねえ……。仕方無いので、諦めてノートパソコンを閉じる。


「お、やったあ。構ってくれるの?」


「茜だけが寂しい思いをしてたと思うなよ。後悔するほど構ってやる」


「じゃあ私をお風呂に入れて。体洗って」


「甘えすぎだろ……」


 それが茜の望みなら仕方が無い。茜を抱えて風呂場へと移動する。何この生き物。ナマケモノ? せめて服くらい自分で脱いでくれませんかねえ……。


「シャワーかけるぞ」


「んー」


「シャンプーこれで良いのか?」


「んー」


 お湯で濡らした茜の髪をシャンプーで洗っていく。一切抵抗しない様子はカノジョというよりもはや動物。なんか犬とか猫とかをトリミングしている気分。


「んでどうだった? お袋のとこは」


「いやー、りっくん二号みたいな感じだったね」


「お袋の方が先だと思うがな」


「お義母さん、めっちゃ細かい上に仕事超早いの。元祖りっくんって感じだったよ。面倒見も良いし」


「一号か二号かはっきりしてくれ」


 俺のお袋は大手出版社の文藝の編集長だ。そのせいか昔からいつも忙しそうにしていた。


 去年の夏、茜とお袋を会わせたときに茜が編集者になりたいことを伝えると、インターン来れば、と超軽く言ったのが今回のインターンの切っ掛けだ。


 そんな軽くて良いのかいとも思ったが、別に良いらしい。ちなみにお袋は茜を大絶賛していて、早く結婚しろとうるさい。茜の両親といい、俺の母親といい、学生に結婚を求めないで欲しい。そりゃあ収入が出てきたら結婚するけれども。


「シャンプー洗い流すぞ」


「んー」


「体は自分で洗ってくれ。俺も髪洗いたい」


「んー」


 さっきから「んー」しか言ってねえな。本当に分かってんのかと様子を見ていると、ボディタオルにボディソープをつけて泡立て出したので、一応聞いてはいるみたいだった。

 

「りっくんはどんな感じ?」


「俺? 院行きも決まったからな。卒研もぼちぼち進んでるって感じ」


「試験は?」


「弁理士試験なー、勉強はしているが、やっぱむずいわ。まあなんとか在学中に取れるように頑張るかな」


「資格取ったら即メリットになるわけじゃないもんね」


「そうなんだよなー。結局、実務経験が必要になってくるからな」


 シャンプーも終えたのでシャワーで洗い流す。髪が短いと楽でいいもんだ。流し終えて目を開けると、茜が泡のついたタオルを渡してくる。背中洗えってことですね、はい。


「今回は一ヶ月だけだったけどさー、私が就職したら一年間会えなくなるんだよね」


「だな。といっても、仙台と東京って新幹線で一本だろ。すぐ会えるだろ」


「そうだけどさ……」


「背中洗ったぞ。先風呂浸かっとけ」


「ん」


 茜はちゃぽんと風呂に浸かると大きな欠伸を一つ。どれだけリラックスしてるんだか。まあ新幹線に乗るだけでも体力使うもんな。


「見ないでよ、エッチ」


「裸はオーケーで欠伸はダメなのか……」


 基準が全く分からない。


「んじゃ、お疲れの茜には膝枕と耳かきをしてやろう」


「何そのプレイ」


「プレイって言うなよ……」


 確かに膝枕&耳かきは世間で言うところのプレイの一種なのかもしれんが。てか男女逆だよな。でも茜の耳かきって痛いんだよな……。極力してほしくない。


 風呂から上がってパジャマに着替える。茜の髪をドライヤーで乾かしていると茜が思い出したかのように口を開く。


「あ、リンス忘れてた」


「まじか、もっかい風呂入るか?」


「いいや、めんどいし」


 いいんかい。


 ベッドに腰をかけると、すぐさま茜が膝の上に頭をのせてくる。なんか猫みたいだな。今日の茜はナマケモノに、犬、猫と動物気分のようだ。正直可愛すぎる。なんか、こう……、揉みくちゃにしたい。これ意味違うわ。


「りっくんは他の女の子にこんなことしないでね」


「は? 急にどうしたん?」


「いや、ちょっと心配になって」


「心配することは何も無いぞ。膝枕耳かきをしたのはお前が初めてだぞ」


「ふ、ふーん……。元カノにもやってないの?」


「お前それ結構気にするよな。やってないよ、やられたことも」


「そうなんだ。後で私もやったげよっか?」


「膝枕だけ頼むわ」


 それを言うと茜は不満そうに俺の腹に頭をぶつけてくる。地味に痛い。


「耳掃除出来んから大人しくしてくれ」


「私の耳かきってそんな痛いの?」


「ああ、痛い。遠慮無くグイグイ入れてくるから本当に痛い」


「りっくんは慣れてるもんね。いれることに」


「はしたないですわよ、茜さん」


 綿棒とティッシュを手に取ると、茜の耳の穴へと綿棒を入れていく。耳の形なんて普段まじまじと見られることはないが、今それが露わになっている。茜が自分に身を委ねてくれているという事実が嬉しい。


「痛くないか?」


「ん、気持ちいいよ……」


「そりゃ良かった」


 茜の頭を優しく撫でると、僅かに茜の吐息が膝に当たってきてくすぐったい。膝枕をされるのは男のロマンというが、膝枕をするのもまた然り。信頼されている感じがグッとくるもんだ。


「子供出来たらこういうこともするのかもしれんな」


「……りっくんの膝が取られるのはやだな……」


「何言ってんだ。寝ぼけてんのか?」


「んー……」


 茜はやがてすぅすぅと寝息を立て始める。まあ疲れてるだろうからな。反対側の耳掃除は明日してやろう。俺は茜を起こさないように、そっと膝から枕へと頭を移動させる。


 茜の柔らかな唇に軽くキスをして、ベッドから立ち上がる。頑張っている茜を見ると俺も頑張る気になれる。


 俺は寝ている茜を見守りながら、ノートパソコンの画面を開いた。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今回は一気に時間が進んで、律は大学四年生、茜は大学三年生になりました。次の話も一気に時間が進みます。

 そろそろ完結します。最後までお付き合い頂けると嬉しいですm(_ _)m
















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