第15話 鉢合わせ

「えっと、律。その女の子は……?」


「あ、え、えっとだな。この人は――」


「初めまして。律さんの隣の部屋に住む南正覚みなみしょうがくあかねと申します。お取り込み中のところすみません」


「み、みなみしょうがくさん? 珍しい名字だね~」


「はい。ですので、茜と呼んで下さい」


「私は青山あおやま香奈かなです。よろしく~」


「あ、俺は手塚てづか浩斗ひろとです。えっと茜さんは律の友達?」


「そうですね。私は一年生なので律さんの一つ下の学年ですが」


 俺の言葉を遮って自己紹介をした茜は、次々に話を進めている。俺抜きに。大丈夫なのだろうかこれは。ここで俺が茜に耳打ちでもすれば事態はややこしくなりかねない。俺は何とか茜と意思の疎通を図ろうと目配せをしてみる。


(大丈夫なのか?)


(ええ、私に任せて下さい)


 と言っている気がする。俺の目配せに気付いた後、不敵な笑みを浮かべたし。最初は俺一人で誤魔化そうとしたが、俺そもそも嘘が下手だったわ。ここは茜様にお任せしよう、そうしよう。


「そうなんだね~。私たちは律と同学年だよ。ところで律くんと茜ちゃんはどういう関係なの~?」


「毎日一緒にご飯を食べる関係です」


 っておいいい!? 何言ってんの茜さん!? 誤魔化すどころか、のっけから爆弾落としてきてるし。


「え、ええと……、茜さんと律は付き合ってんの?」


「付き合ってないですよ、


 なななな何言ってんだ茜!? そんなこと言ったら誤解されるだろ。なんでさっきから爆弾発言しか言ってないんだよ。


「わあ、茜ちゃんは律のことが好きなの~?」


「はい、この前も一緒に寝ましたし――」


 もはや何も突っ込むまい。何考えてんだこの女。回復しかけた女性不信がまたぶり返してきそうなんだが。普段動じない浩斗がここまで動揺してるのも初めて見た。


「――って言うのは嘘ですよ。ご飯を一緒に食べる事とかは本当ですが」


「そうなんだね~。人を揶揄っちゃダメだよ律くん」


「お、お、驚かせるなよ、律。びびらせやがって……」


「俺なんも言ってないんだが」


 え? なんで俺攻められてんの。違うんだ。そこの女が勝手に。


「まあ、私と律さんはお互いに都合が良くてご飯食べてるだけですから」


「私てっきり、律くんが後輩に手を出す糞野郎に成り下がったかと思っちゃった~」


「本当だ全く。俺は付き合ってもないのに手を出すクズはご免だからな」


「いや、俺なんもやってないんだが。てか、お前ら加減してくれない?」


 歯に衣着せぬとはまさにこの事。言いたい放題言いやがって。そもそもコイツらが押しかけてこなければこんな事は起きなかったはずだ。釈然としない。


「それでどうして一緒にご飯を食べるようになったの~?」


「あ、それだ。俺も気になる」


「お話したいんですけど話が長くなるので……、ご飯食べません?お腹減りました」


「お前本当にブレないな」


「いいよ~。律くんのご飯食べたい~」


「俺も俺も。久しぶりだなあ」


「と言うことで律さん、お願いします」


「勝手な奴らだなあ……。作ろうにも材料を切らしてんだわ」


 茜のご実家の野菜は全て食べてしまったし。今、冷蔵庫にはミョウガぐらいだ。もちろん酒も切らしてしまっている。


「じゃあ、律さん買いに行きましょう」


「そうだな、行くか。お前ら二人は留守番しとけ。……変な事するなよ」


「そこまで節操なしじゃ無いよ~」


「そうだぞ、律じゃあるまいし」


 俺はその言葉を聞き流し外に出る。ちょうど良い、茜にも聞きたいことがある。


「そういえば、スマホは? 返してもらったか?」


「あ、はい。丁度今返してもらいました」


「じゃ、行くか」


「はい」


 外はもう暗くなっており、また雨が降っていた。一度家に帰ってきた時は降っていなかったが、梅雨だし仕方無いだろう。


「なあ、茜」


「何でしょう」


「さっきの……、わざとか?」


「わざとですよ。アレを天然で出来る人は居ませんよ」


「なんで、あんな事を大きくするような言い方……」


「付き合っていないのに、毎日一緒にご飯を食べるっていうことは結構変ですよ?」


「まあ確かに」


 それはまあまあ自覚している。しかも俺と茜は同じ部屋で一晩過ごしたことがあるぐらいだ。普通の人同士なら事を致してもなんら不思議ではない。


「律さんは親近効果って知っていますか?」


「心理学用語だっけ? 名前だけ知ってる」


「かいつまんで言うと、前と後の情報なら後の方が印象に残りやすいってことです」


「へえ、初めて知った」


「さっきの私の言い方そういうことです。私と律さんが一緒に寝る仲だと言う嘘を言った上でそれを否定する」


「なるほどな。一番印象の強い情報が否定されたら、他の事は割とどうでも良くなるのか」


「はい、そうです。心理学の授業で習ったので実践しました」


 普通の人はまず実践しようとは思わないはずだ。末恐ろしい女だなあ。爆弾女だと認定しそうになっていたが、ちゃんと考えた上の発言だったのか。それでも危険物には変わりはないが。


「でも俺たち一緒に寝たことあるよな」


「そこは嘘も方便ってやつですよ」


「仕方無いか」

 

「やっぱり、律さんは変ですよ。健全な男性なら私に触れたりするはずですよ」


「なんだ? 触れられたいのか? 俺から見れば茜も十分変だけどな」


「別に律さんになら触られても良いですけど」


「そういうとこが変なんだよ」


 俺は半ば呆れながら答える。茜は俺を面白がっている。バカにしているとかではなく、ただ単に俺の生態が不思議なんだろう。俺は珍獣か何かなのだろうか。


「私触られたくない人にはこんな事言いませんよ」


「好きでもない人に言う言葉じゃないだろ」


「私、律さんのこと普通に好きですよ」


「人間としてって事だろ。そんなら俺も茜のこと割と好きだし」


「照れないんですね」


「流石にほぼ毎日会ってればなあ」


 チラリと茜を見るが、そこには何ら表情の変化はない。やっぱり俺のことは何にも思ってないのだろう。残念な気もするが、むしろそっちの方が良いのかもしれない。俺も茜の事を恋愛的に好きだと思っているわけじゃない。魅力的だとは思うが。


「刺激が足りないようなら手でも握りましょうか」


「止めとけ止めとけ。そんなことされたら、俺は一瞬でお前の手の感触を覚えてしまうぞ。スベスベだとか、柔らかいだとか、俺より小さい手だとか」


「もう既に覚えてるじゃないですか」


「一例だよ一例」


「まあ、少し気持ち悪いのでやめときます」


「キモいって言われるより気持ち悪いって言われる方が傷付くの何でだろうな……」


「丁寧に言う分、心へのダメージが強いのかもしれませんね」


 くだらない話だ。けど茜とこんなくだらない話をするのが楽しくて仕方が無い。俺はやはり変なのだろうか。もちろん茜は可愛いし胸もある。けれど、俺にはそんなことは二の次で、茜と話すのが唯唯ただただ楽しいだけなんだ。


「そういえば、何食いたい?」


「折角四人なので、普段二人じゃ食べられないものですかね」


「何だろうな。寿司? ローストビーフ? 焼き肉?」


「何でそう極端なんですか?」


「と言ってもだなあ。アイツらに高いモノ食わせたくないし……」


「ケチですね」


「あ、思いついた。ホットプレート使うし、材料費安いし丁度いいや」


「じゃあ、早く買って帰りましょうか」


 家に帰ると、浩斗と香奈は勝手にゲームをしていた。しかも冷房までつけている。家主の許可無くすき勝手しやがって。コイツら部屋から放り出そうかな。


「「ただいま(です)」」


「おーお帰り。早かったな」


「お帰り~。ゲーム借りてるよ~」


「おい、窓空いてんじゃねえか。冷房入れるなら窓閉めろよ」


「律は相変わらずお母さんみたいだな」


「閉め出すぞ?」


「ごめんなさい。気を付けます」


 全く。これだから実家暮らしは……。電気代の怖さを分かっていない。愛ちゃんは実家暮らしだけど別。愛ちゃんは俺の心の癒やしだから。


「律くん、何作るの~?」


「連想ゲーム。いえーい」


「そこまでやる気のない、いえーいは初めて聞きましたよ」


「材料は何だ?」


「豚、卵、焼きそばの麺、キャベツ、小麦粉あと色々」


「あ、分かった。お好み焼きだ~」


 正解。と言うことで、今からお好み焼きを作ります。


 




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