第16話 お好み焼き

「へーそれで茜さんは律と知り合ったんだ」


「はい。Gから関係が始まるなんて思いもしなかったですよ」


「律くん虫平気だもんね~。ヒロくんも律くん呼んで駆除してもらったもんね~」


香奈かなちゃんそれは言うなよ。恥ずかしいだろ」


「お二人は付き合ってるんですか?」


「「そうだよ(~)」」


 俺が猛烈な勢いでキャベツを千切りしていると、ちゃぶ台で三人が話していた。いつもはダイニングテーブルだが、あれは二人用なのでどかしてちゃぶ台を置いた。冬はこたつにもなる優れものだ。


「それで、次は次は~」


「何やかんやあって律さんが私の部屋の掃除を手伝ってくれて……。四時間も」


「うわー、律っぽいなー。アイツ勝手に片付け始めるんだよなあ」


「それはお前がだらしないからだよ」


「ひえっ、聞いてたのか……」


「具無しかソース無しか選べ」


「ごめんって律。今度酒奢るから!」


 それなら良いだろう。苦しゅうない。キャベツの千切りが終わったので、生地を作っていく。と行っても、小麦粉と水を混ぜるだけだが。


「私も今みたいな感じで頼み込みましたね。Gの駆除の時」


「律くんチョロいからね~」


「ああ、酒奢るって言っときゃ基本何でも言うこと聞くもん。チョロすぎ」


「聞こえてるからな?」


 俺はちゃぶ台にドンッと材料を置く。浩斗ひろとは一回本気で絞めたほうがいいかもしれない。物理的に。


「ひいっ、ごめんごめん律。悪かったこの通り」


「お前は具もソースも無しだ」


「律さん、そんなことするぐらいなら何もあげない方がいいのでは?」


「茜ちゃんは結構言うタイプだね~」


 茜は無自覚なのか自覚してるか分からんが、普通に刺してくるタイプだぞ。さて、ホットプレートは十分温まっていたので、おたまで生地をすくい、ホットプレートの上に広げていく。生地が固まってきたら、その上にキャベツ山盛り。豚バラも生のままのせる。


「旨そうな匂いだなー」


「お前食えると思ってんの?」


「悪かったって。律のご飯食えないのは拷問だから」


「確かにそれは拷問ですねえ」


「分かるだろ、茜さん。コイツの飯食うと他のモノじゃ物足りなくなるんだよ」


「それって私の料理も物足りないってこと~?」


「ハウッ、違うんだよ香奈ちゃん。ねえ、そのヘラ下ろして? 金属製だから。痛いから。ごめんって」


「金属製以外なら良いって意味に聞こえるなそれ。シリコン製もあるぞ」


 俺は台所に行って、シリコン製のヘラを取ってくる。ついでにビールも。これがなきゃ始まらない。


「おい、律。焼けてるぞ。ひっくり返さないと」


「それはいかんな。香奈、浩斗の折檻せっかんは今度にしてくれ」


「分かった~」


「リアルで折檻って言葉聞いたの今日が初めてですよ……」


 生地をひっくり返し、ヘラで押し焼きにする。空いたスペースで焼きそばの麺も炒める。焼きそばの麺はレンジでチンしてもみほぐしておくと炒めやすい。炒まったら焼きそばをヘラで丸くまとめて、その上に生地をのせる。


「おー上手いもんだな」


「まあな」


 空いてるとこで卵割り入れ、ヘラで黄身を崩しつつ生地と同じ大きさになるぐらいに伸ばす。卵に火が通ってきたら、その上に生地をのせて更にそれをクルッとひっくり返す。ここで失敗すると台無しだ。


『おおーすごい』


 まばらな拍手が部屋に響き渡る。綺麗にひっくり返すと周りが歓声を上げるのはなんだろうな。実家に居たときも、大学に入ってからも、もれなく全員歓声を上げる。なかなか面白い発見かもしれない。


 後はソース塗ったくって、上に鰹節、青のりを振りかかて完成。


「ほい完成。取り分けるから皿寄越せ。マヨネーズはお好みでな」


「お好み焼きだけにですか?」


「意識してねえよ、そこ」


「律くんと茜ちゃんは会話が面白いね~」


「お前らには負けるわ」


「いやー、そんなこと言うなよ律。照れるだろー」


「殴って良いか?」


「酷くね?」


「律くん大丈夫だよ~。私が後でやっておくから」


「香奈ちゃん!?」


 香奈は普段ふわふわした話し方をする分、普通の話し方に戻るときは迫力があるなあ、なんて考えながらお好み焼きを切って取り分けていく。うん、我ながら上手くできたな。皿も全員に回ったので、それじゃあ――。


『いただきます』


「うわ、うめえ。律これ美味いよ」


「豚肉カリカリ、キャベツも甘くて、卵も固くなりすぎてないですし、焼きそばも炒まっていてめちゃ美味しいです」


「茜ちゃんは食レポしてるみたい話し方だね~。律くん美味しいよ~」


「おう、ありがとう。次はチーズ入れてみるか」


「それ反則ですよ。美味しいに決まってるじゃないですか」


「茜さん面白いなー」


「ね~」


 浩斗と香奈が何か言っているが、それは無視して二枚目を焼き始める。手順はさっきとほぼ同じだが、卵だけは別にボウルに割り入れチーズと一緒に混ぜておく。卵をオムレツの要領で焼いて、その上に生地のせ、またひっくり返す。卵もふわふわに仕上がったので、完成。トッピングしてから皿に取り分けていく。


「うわー、これ美味すぎる」


「卵がふんわりしてますね。さっきと別物ですよ」


「美味しすぎて悲しくなってくるな~」


「そりゃ良かった」


「あ、そういえば。茜さんはどうやって律と一緒にご飯を食べるようになったの?」


「私が律さんの料理の虜になったので、頼んだんですよ」


「律くん、女の子を食べ物で釣っちゃダメだよ~」


「俺にそんな気は無かったんだがなあ」


 有耶無耶になって欲しかったが、事情聴取タイムが始まったので仕方無い。俺は作ることに専念して、後は茜に任せよう。他力本願バンザイ。


「律さんはお人好しの上にヘタレじゃないですか」


「分かる分かる。酒入っても女子にベタベタしたりしないし。本当にただのヘタレ」


「それは理性が強いって言うんだよ」


「ヒロくんはだらしないもんね~」


「ごめんなさい、香奈ちゃん。それで?」


「いやあそれだけですよ。律さんとお話するの面白いですし。律さんが私を異性として意識している様子もあまりないですし」


「律くんはそっち系に目覚めたの~? 茜ちゃんこんなに可愛いのに~」


「いや、目覚めてないから。茜は可愛いと思うけど、付き合うとかの気分じゃないんだよ」


 また裏切られたら怖いし、と心の中で付け加えておく。茜のことは信頼しているが、それはそれ、これはこれ。俺は信頼していた人に既に裏切られている。出来ることならあんな思いはもうしたく無い。


「と言うことで、律さんは私を異性として好きでも何でもないみたいなので、律さんが特に間違いを起こすことは無いですし」


「へ、へえ。まあ分かった。律がそんな様子なら大丈夫か」


「超安全な男って認められた訳だね~」


 そんなんで事情聴取タイムも終了。どうやら丸く収まったみたいだ。一時はどうなるかと思ったが……。まあ、何とかなって良かった。


 結局その日は、ビール六缶とお好み焼き七枚が消費されお開きになった。よく食ったなあ。特に茜が。


「じゃあ、お邪魔しました。またな、律と茜さん」


「本当に邪魔だったわ。今度奢れ」


「じゃあね律くん、茜ちゃん。今度またご飯食べようね~」


「ええ、是非。今日はありがとうございました」


 別れの挨拶もそこそこに浩斗と香奈が帰っていく。やっと帰ったな。とにかく疲れた、特に精神的に。


「律さん今日はごめんなさい。スマホ忘れてしまうなんて……」


「いや、いいよ。遅かれ早かれバレるかもしれないことだったし」


「そうはいってもですね……」


「気にすんなって。あ、そうだ」


 俺は引き出しから、目的のモノを取り出す。一週間一緒に居て特に問題も無かったし大丈夫だろ。茜が何かするとも思えんし。俺は手に取ったそれを茜に向かって放り投げる。


「わっと、何ですかこれ。鍵?」


「俺の家の合鍵。それあれば忘れ物しても大丈夫だろ」


「ええ!? 大丈夫ですか!? 私が何か変なことしたら……」


「お前はしないだろ、ってなんだこれ。デジャヴだな」


 俺の家のインターネット回線のパスワード教えたときだったか。その時もこんなやり取りがあった気がする。


「律さんが回線のパスワード教えてくれた時ですね」


「よく覚えてんな。そういうことで、自由に出入りしてくれて構わない」


「どうするんですか? 私がエロ本を探したり、律さんの下着盗んだりしたら」


「前者だが今はデジタル化が進んでるから問題ない。後者はそうだな……。盗まれた分だけお前のをもらえれば、やぶさかでは無い」


「良いんですか? 本当に実行しますよ?」


「嘘ウソ。止めてくれ。持つのが嫌だったら別に良いからな」


「冗談ですよ。分かりました。律さんが良いって言ってくれるならこれ貰いますね」


「ああ、適当に使ってくれ」


 俺の家は常に綺麗にしてあるので、見られて困る事はないしな。合鍵を貸すなんてますます同棲カップルみたいだが、それは考えないでおこう。


「律さんは悪い人に騙されないで下さいね?」


「それは大丈夫。俺まだ女性不信気味だし」


「私も女性なんですけどねえ」


「お前と居るのはよく分からんけど、平気。むしろ居心地が良いとさえ思う」


「私全く意識されてないんですね……」


「お前も俺のこと意識してないだろ?」


「……どうですかね。じゃあ、私帰りますね」


「おう、じゃあな」


 帰ると言ったはずの茜は何故か俺の方に近付いてくる。また、忘れ物でもしたのだろうか。その様子を見ていると、どうしてか俺の前で止まった。なんだあ?


「どうした? 何故俺の前に?」


「忘れ物しました」


「忘れ物?」


 すると茜は一歩足を踏み出し、つま先立ちになる。茜と俺の顔が近付く。茜は伏し目がちで顔はほんのりと赤い。やっぱり睫毛長いなとか、目大きいなとか、耳の形が綺麗だなとか俺の頭はそんなことで一杯だった。


 仕方無いだろう。ここまで異性に近付かれてドキドキしないわけが無い。異性として好きではない人、だとしてもだ。茜は俺の耳元に口を寄せ囁く。


「私は律さんに、ドキドキ、してますから、ね」


 次の瞬間、茜はパタパタと走って外に出て行ってしまった。なんだこれ。分からない。悪戯? それとも本音? 分からない、茜が何を考えているのか。






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