第4話 二日酔い
気がつくと、目の前には水が張っていた。楕円形だ。顔を上げると今度はまた白い楕円形。これ、便座じゃねえか? そう、俺はトイレに顔を突っ伏していた。
「あ、気がつきましたかセンパイ」
後ろから声をかけられる。ビックリして振り向くと、そこには黒髪ボブカットの美少女、
「あっ、急に激しい動きするとっ……」
「ガハッ、ゴホッ、ゴホッ、おえええ」
たまらず、俺は便器にぶちまける。キモチワルイ。その間、南正覚さんは俺の背中を優しくさすってくれていた。
「とりあえず、口ゆすぎましょ? ゆっくりでいいので」
「ううう……、ごめん」
台所で口をゆすぐ。ちょっとはスッキリしたな……。
「はい、お水です」
「ありがとう……」
水を飲むと、意識はゆっくりと覚醒してきた。うええ、吐いたからか喉が痛い……。頭痛がスゴいし、胃はムカムカする。
「大丈夫ですか? センパイ」
「そういえば、センパイって……? 南正覚さんそんな呼び方してたっけ」
「覚えて無いんですか? 『俺のことはセンパイって呼んでくれ』って言ってましたよ、あと私のことは
「えええぇぇ……?」
全く記憶に無い。俺何やってんの? 自分のことをセンパイって呼ばせてるとか……。更には下の名前で呼んでるの……? 俺ヤバくない?
「あの、南正覚さん」
「茜です」
「いや、だから南正覚さん」
「茜です」
「ええぇぇ……。分かった茜さん」
「何ですか?」
「ごめんなさい」
俺は謝罪する。介抱してもらった挙げ句セクハラしていたとは……。大して酒に強く無いのにこんなに飲むからだよ。これは猛反省案件だな。
「全然いいですよ。むしろ、これでおあいこです」
「いや、俺の方が迷惑掛けているでしょ……」
「私が大丈夫って言っているので、大丈夫です」
「本当ごめんね……。アッ、今何時?」
「午後十時前ですよ」
「そうか……。とりあえず俺の意識はハッキリしているから、南正覚さんは帰って良いよ、ごめんね」
「分かりました。あと、茜です」
南正覚さんはわざわざそう訂正してくる。昨日知り合ったような女の子の名前を呼び捨てするって割と抵抗あるんだよな……。サークル内とかならともかく……。
「一つ聞いて良い?」
「何ですか?」
「俺全然記憶無いんだけど、どんな感じだった?」
「そうですねー……。いきなり起きたと思ったら、トイレに立てこもってしまって」
「うん」
「十五分ほどしても出て来なかったので、心配になってコインで鍵開けて様子を見にいったんですよ」
「ふんふん」
「そしたら、便器に顔突っ込んで寝ていて……」
「うわあ……」
「それから五分ぐらいして、目が覚めましたね」
便器に顔突っ込むって……。流石にそんな状態で寝たことは初めてだぞ……。もっと水飲んでおけば泥酔することもなかっただろうに。
「俺はいつ、せっ、セクハラしちゃったの?」
「セクハラ? してないですよ。私に指一本触れてません」
「いや、俺が君の名前読んだりとか、センパイって呼ばせたりとか……」
「ああ、あれ嘘です」
「えっ?」
「
「ええぇぇ? まあ、分かった。名前の方は?」
「
「まあ、確かに」
「なので、
「つまり、俺はセクハラをしていない?」
「そうですね」
とりあえず良かった。俺はセクハラをしていないみたいだ。にしても、この
「すみません、
「いや、いいけどさ。なんか昨日と随分態度が違うような」
「昨日はほぼ初対面だったので。私の素はこっちですよ」
「ああ、そうなんだ。とにかくごめん。
「茜です。さっき名前で呼ばれる方が良いって言ったじゃ無いですか」
若干むくれた面でこちらを覗き込んでくる。上目遣いにむくれ面ってかなり威力高いわあ。
「分かった、茜さん。色々ありがとう。今日はもう遅いから帰った方がいいよ」
「分かりました。あ、最後にセンパイ。」
「ん? 何?」
「私たちはもうお互いに汚いところ見せ合ったので。そんなに落ち込む必要はないと思いますよ」
「いや、汚いところって……。了解」
「お酒の失敗なんて全然よくあることですし。私の姉もよくグダグダになっていたので介抱にも慣れていますから」
「ありがとう、じゃあね。気をつけて」
「隣なので大丈夫ですよ。おやすみなさい、ではまた」
「おやすみ」
茜さんはドアを開けて帰って行った。茜さんが良い人で助かったな……。俺は家の鍵を閉めると食器を洗い出す。二人分だからいつもより量が多くて大変だ。けれども同時に懐かしさすら覚える。
元カノの
誰かと一緒に食べるご飯は美味しいもんだ。俺は二週間以上の間そんな簡単なことも忘れていた。けれど、茜さんがそれを気付かせてくれた。
食器を洗い終えて、シャワーを浴びると幾分かサッパリした。まだ、頭も胃も痛いがこれなら明日は何とかなっているだろう。体が火照ったので水を飲もうと、コップに水を注いでいるときだった。『ピンポーン』とインターホンがなる。茜さんが忘れ物でもしたのだろうか。ドアを開ける。
「オッス~、律」
「やあやあ律くん」
そこにはサークルの友人、
「なんだ、お前ら。今何時だと」
『お邪魔しまーす』
「聞けよ」
「相変わらず綺麗な部屋だなー」
「ねー、あれ食器二つずつ洗われてる〜?」
香奈が気付いてしまった。無駄に鋭いんだよ。目ざといともいうが。
「どうだっていいだろ、そんなこと。ほら、帰った帰った」
「いや、お前カノジョ別れたって言ってたよな」
「そうだよねー、どういうこと〜?」
「
「じゃあ、新しい子か?」
「え、本当? おめでとう〜」
ああもう、面倒くさい。まだ頭が痛いままなんだよ。話題を変えよう。
「それより、お前らなんで来たんだよ?」
「香奈ちゃんと飲んでて、律の家行こうかって話になって」
「なんで家主の許可とらないんだよ」
「いやー、律くんここ二週間サークルに顔出さないし、メッセージも雑だし」
「香奈ちゃんそれはいつものことだぞ、律はいつも雑」
「心配してくれたのは分かるけど、今めちゃくちゃ頭痛いんだよ。今日は帰れ」
「分かった分かった、じゃあな律」
「バイバイ~律くん」
はあ、やっと帰った。いつも通り二人でイチャついておけばいいものを。しかし、心配してくれたのは素直に嬉しく感じる。確かにここ二週間は、大学とバイト先とスーパーしか行ってなかった。
『ピンポーン!』
再びインターホンが鳴る。またあいつらか。一回帰ったと思ったら今度は何だよ。苛つきながらドアを開ける。
「あーもう早く帰れよ」
「え? すみません……」
そこには茜さんが立っていた。手にはコールドスプレーと殺虫スプレーを持っていた。俺が掃除の時に、念のためにと持って行ったが置き忘れてしまったようだ。
「これ忘れてましたっ! ごめんなさい。すぐ帰りますっ……」
「いや、今のなしっ! 待っ――」
言葉を言い終わる前に茜さんは部屋に戻っていく。一瞬悲しそうな顔したのは俺の見間違いではないだろう。
今すぐ訂正しに行こうと、茜さんの部屋の呼び鈴を鳴らしたが、反応はない。いきなり酷いこと言ったらそういう反応もするよな……。仕方ない。しつこくしても迷惑だし、頭痛いし、眠いし今日は寝よう。
そして、俺はひとまず寝ることにした。
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