りゅうとたつ
りおんりお
第1話
突然運命が変わる。くすぶっていて何かが急に姿を現す。ずっとずっとふたをしていた気持ち。彼に会わなかったらきっと、今頃もぼんやりとした日々を過ごしていたのかな…。
もう30にもなって、これといっていいおはなしもない。転職回数も多いし、短期の仕事や派遣の仕事を食いつないでいる状態。今の仕事だって今日で終わり。明日からどうするんだろう。貯金はあるけど、そればかりに頼ってられない。安定した仕事って言ってもなぁ。特にやりたいこととかないし、生活できればいいかなって感じ出し。でも、これじゃいけないんだよなって思ったりもしているし。駅に着き、職場まで10分くらいの道を歩く。歩いている最中はいつもこんなことを考える。考えても、何も変わらないんですけどね。
ここのランチは最高。初めて来たけど。
自家製のパスタはモチモチしていてトマトソースとよく絡む。冷製パンプキンスープも舌触りがさらっとしていて、何杯でもいけそう。サラダも自家栽培してる野菜だからみずみずしい。ドレッシングは何を混ぜて作っているんだろう、酸味があるけど美味しくてクセになりそう。
今日は短期の仕事の勤務最終日。一緒の時期にはいたカナコさんにランチに誘われた。
カナコさんは32歳で、結婚している。旦那さんはそこそこ名のしれた会社に勤めている。生活自体は困っていないんだけど、カナコさんは外に出て働きたいみたい。パキパキしているけど、女の子っぽいところもあって尊敬できる、憧れの女性。
私はというと、30歳、彼氏なし。仕事も転々として、生活を維持するのがやっと。これといって趣味もないし、つまらない人生まっしぐら。
「どう、気に入った。」
私が無言でほうばっていると、カナコさんが聞いてきた。
「はい、こういうお店があったなんて、もっと早く知りたかったです。」
「だってさなえちゃん、誘おうと思うといつもササッといなくなってるんだもん。」
「あはは、お昼休みはひとりでぼーっとしていたくて。」
ランチに誘われても、あまりお金を使う余裕がなく、誘われる前に逃げているのだ。
「ねぇねぇ、あぁいうタイプはどう?」
急にカナコさんが店員の誰かを指差して言ってきた。指の指す方を見ると大学生くらいの男の子だった。白いワイシャツに黒のズボン。黒のエプロンをしている。最近入ったわけではなさそうで、てきぱきと仕事をこなしていた。
「どうって言われても私には…。」
突然のことで返答に困った。
「どうしてよ。年下も結構いいもんよ!」
「えっ、カナコさんもしかして?」
「違うわよ。私のダンナ年下だから。年上の人とも付き合ったことあるけど、それでは得られないものがあるわよ。」
私はサラダのミニトマトを口に入れながら考えてみます、って言っていた。
ん?考えてみるって、あの男の子にアタックするの。ないない。
「頑張って。私に出来ることがあるなら、応援するよ。」
ナプキンで口を拭きながらカナコさんが言う。
「もしそうなったらお願いします。」
とりあえずそう返した。
「あっ、ケーキも美味しいのよ。まだ時間あるし、なにか食べない?」
「はい、食べます。どれがおすすめですか?」
「そうねぇ、いちじくのタルトはめずらしくて食べてみたんだけど、美味しかったな。」
カナコさんはメニュー表を眺めがながら言った。
「じゃあそれで」
メニュー表を閉じて店員さんを呼んだ。あの男の子がオーダーをとりに来た。
「いちじくのタルト二つで。あと紅茶も二つ。」
「はい、紅茶はアイスとホットがございますが?」
「ホットで」
「はい、紅茶はストレート、ミルク、レモンとございますが、いかがなさいますか?」
「ミルクで」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
彼は軽く頭を下げ、厨房に向かっていった。
「どうどう、彼やっぱり良くない?」
覗き込むように言ってきた。
「どうですかね…」
私は言葉を濁した。
「もっと貪欲にならないとダメよ、さなえちゃんは。いつまでもひとりでいたいわけ?」
「いや、私だって結婚して子供欲しいです。」
「なら頑張らないと。」
なんでカナコさんにこんなに心配されてるんだろう。自分でもダメさはわかっているけど、人から言われるとなんかな。
「お待たせいたしました。いちじくのタルトとミルクティです。お好みでミルク、砂糖お使いください。」
彼が持ってきて、一つ一つテーブルにおいていく。「ごゆっくりどうぞ」そう言って去っていた。
カナコさんがあんなこと言うものだから、まともに顔が見れなかった。
にしてもいちじくのタルトも美味しい。いちじくを輪切りにしたものがこれでもかいっていうくらいぎっしり入っていた。
カナコさんも一度食べているのに、夢中でほおばっていた。最後の一口を食べ「美味しかった、また来ようね。」と言われた。
「もう今日が、出勤最終日ですけど」
「何言ってるの。さなえちゃんとはこれからも付き合っていきたいわよ。あの男の子と結ばれるのも見届けたいし。」
私はもうカナコさんとは仕事以外で会うことはないって思っていた。それに、あの男の子のことも結構本気でそうさせたいんだと思うと、返す言葉がなかった。
「じゃあ、行きましょうか。午後も頑張って、仕事を終えましょう。」
「そうですね、頑張りましょう」
そう言って、会計を済ませ、店を後にした。
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