うたおう、ふたりで
夏野彩葉
第1話うたおう、たくや
「え、マジかよ。」
その瞬間、将斗はスマホをすぐ後ろのベッドに放り投げた。
「たくやも合唱団おいでよ。」
小学二年の春、地域の児童合唱団に入った将斗は
「でもおれ、サッカーの方が好きだから。ごめんな。」
「たくや、合唱すごい楽しいよ。」
小学四年の春、初めてソロを務めることになった将斗は拓也に言った。徐々に歌うことが生活の一部になっていった。怖いと思っていたコーチや年上の団員はちょっぴり厳しいが親切だったし、女の子たちは話してみると面白い子ばかりだった。
「たくやがいたら、もっと楽しいのに。一緒に歌おうよ。」
拓也は苦笑いした。
「でもなぁー、俺のお母さん勉強しろってうるさいんだよな。」
「たくや、人数足りないからさ、今度の発表会で助っ人で譜めくりしてくれない?」
小学六年の春、花粉症でもないのにマスクを手放さない拓也に将斗は言った。
「たくやはピアノやってたから楽譜読めるよね?」
「うん、譜めくりならいいけど。」
と拓也はマスクの奥からぼそぼそと返す。
「俺さ、声変わりが始まったみたいで、最近ちゃんと声出ないんだよね。」
将斗のことだから『歌って』って言うのかと思った、と拓也はかすれた声で続け、笑った。
決して飛び越えることができないような海溝が、見えた気がした。
大人になっていくんだから、声変わりは当たり前のこと。
でも今、合唱というフィールドにおいては、分断されている。
「きっかけは可愛い女の子でした、なんて、ふざけんなよ。」
将斗は写真立ての、つい一か月前の卒業式で拓也と撮った写真に視線を送り、レターセットを取り出した。
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