うたおう、ふたりで

夏野彩葉

第1話うたおう、たくや

「え、マジかよ。」

 将斗まさとはスマホに向かって思わず言った。画面には小学校の同級生からのメッセージ。『たくやが合唱部入ったんだよ。めっちゃ意外だよな』の文字が並ぶ。続いて、『第二小出身でかわいい子がいてさ、その子が合唱部に入りたいって自己紹介で言ってたからかもw』と表示される。

 その瞬間、将斗はスマホをすぐ後ろのベッドに放り投げた。



「たくやも合唱団おいでよ。」

 小学二年の春、地域の児童合唱団に入った将斗は拓也たくやにそう言った。母の薦めで入ることになったものの、毎週土曜日、最寄りから電車で七駅離れた市民センターへ行き、知らない人—特に女の子—ばかりの中で練習するのは心細かった。

「でもおれ、サッカーの方が好きだから。ごめんな。」


「たくや、合唱すごい楽しいよ。」

 小学四年の春、初めてソロを務めることになった将斗は拓也に言った。徐々に歌うことが生活の一部になっていった。怖いと思っていたコーチや年上の団員はちょっぴり厳しいが親切だったし、女の子たちは話してみると面白い子ばかりだった。

「たくやがいたら、もっと楽しいのに。一緒に歌おうよ。」

 拓也は苦笑いした。

「でもなぁー、俺のお母さん勉強しろってうるさいんだよな。」


「たくや、人数足りないからさ、今度の発表会で助っ人で譜めくりしてくれない?」

 小学六年の春、花粉症でもないのにマスクを手放さない拓也に将斗は言った。

「たくやはピアノやってたから楽譜読めるよね?」

「うん、譜めくりならいいけど。」

と拓也はマスクの奥からぼそぼそと返す。

「俺さ、声変わりが始まったみたいで、最近ちゃんと声出ないんだよね。」

 将斗のことだから『歌って』って言うのかと思った、と拓也はかすれた声で続け、笑った。


 決して飛び越えることができないような海溝が、見えた気がした。

 大人になっていくんだから、声変わりは当たり前のこと。

 でも今、合唱というフィールドにおいては、分断されている。



「きっかけは可愛い女の子でした、なんて、ふざけんなよ。」

 将斗は写真立ての、つい一か月前の卒業式で拓也と撮った写真に視線を送り、レターセットを取り出した。

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