人を狩る人

走鳥たち

 神聖暦1621年5月。セラがまた調査に行きたいというので龍研のクエストを受けることになった。目的地は西の半島の先、南の大陸との間に横たわる海峡沿岸だった。

 この調査でソフィアはかなりの成果を期待しているようで、首都西側の城外に集まった荷車はなんと20両にも及んだ。


 動員する馭者と走鳥の数もそれだけ多く、その中にはセラを連れ帰った時に世話になった馭者さんもいた。彼女は名前をコンスタンツァといって、歳はまだ10代だろうが、以前より貫禄が出ていた。

「やあ、サーシャさん、久しぶりですね」

「あなたも元気そうで何より。鳥も相変わらずね」

 コンスタンツァの走鳥は立派なコンチネンタル・ランナーで、青味がかった灰色の艶やかな羽毛を持っていた。

 サーシャが手を出すと、ランナーは首を下げて頬ずり、両足を踏み替えてぱたぱたと翼を少し浮かせた。

「憶えてくれてるみたいね」

「こいつは人の顔は忘れません。鞭で叩かれたりしたら絶対に懐きませんよ」

「大事に育てられてるのね。名前はつけているの?」

「ブルームーンっていいます」

「青い月?」

「こいつ、眠る時にすごい丸くなるんですよ。満月みたいに。だからブルームーン。でもちょっと長いんで、ブルーム、ブルーム、っていつも呼んでます」


「あの……」

 後ろからセラが声をかけた。

 そうだ、紹介していなかった。

「生まれたばかりのセラを首都まで運んでくれた人だよ」サーシャはセラに耳打ちした。

「あ、その節はどうもお世話になりまs――」

 サーシャは慌ててセラの口を塞いだ。それからまた耳打ちした。

「彼女、セラがメタモーフだってことは知らないのよ」

「……ど、どうしたんです?」コンスタンツァが不可解そうに訊いた。

「いいえ、なんでもないわ」サーシャは毅然と答えた。

「いや、絶対何か隠しましたよね?」

「この子はセラ。私の弟子」

「セラです。よろしくお願いします」

「コンスタンツァ、馭者をやってます。ギルドのテストの話は聞きましたよ」

「そんなところまで……」

「ええ、運送ギルドでも話題になってましたから」

 セラはブルームーンの前に手を翳した。ブルームーンは少し匂いを嗅いだあと、嘴で手を甘噛みしながら舐め回した。すぐ懐いたようだ。それともセラのことを憶えていたのだろうか。だとしたら見かけではなく匂いか何かで相手を覚えるのかもしれない。

「すごい。固くて細い舌」セラが言った。

「そいつで地面の中の虫をほじくり返して食べるんですよ。牧場に放しておくと一日中地面をつついてますよ」


「しかし、これだけ集まると壮観ね」サーシャは言った。

 辺りにはたくさんの走鳥がいた。むろん荷車の数=走鳥の数ではない。2頭立ての荷車もあるし、控えの走鳥もいる。

「ランナーとトランスポーター、アルプス・アプスもいますよ」

「山越えがあるからね」

「アプス?」セラが訊いた。

 コンスタンツァは指を差した。

「あの背が高いやつですよ。白黒の斑の羽根のやつ。脚の付け根が後ろに寄ってるんで、あんなふうに立ち上がった姿勢になるんです。鞍はつけられないし、平地で荷車を曳くのも苦手なんですけど、坂道になると他のどんな走鳥よりも速く、パワフルに荷車を曳いてくれるんです。ちゃんと訓練すれば下りのブレーキ役もお手の物なんで、キャラバンで山越えをする時には必ず連れていきます」

「翼に爪がありますね」

「手首のところでしょう。傾斜の急なところや岩場ではあれを引っ掛けて体を支えるんです」

 手首、というのは要は一番外側の羽根の付け根の部分だ。走鳥とはいえ、どの種類もきちんと翼を持っている。羽根が短かったり薄かったり、羽ばたくための筋肉が発達していないだけだ。

「ワイバーンみたいですね」

「ああ、確かにそうですね! でも伸びるのが遅いんであんまり無理させると削れて病気にかかったり根本をケガしたりするんです。龍みたいにブンブン振り回したりはしないですよ」


 コンスタンツァがぜひ乗っていってくれと言うのでサーシャとセラは彼女の荷車に荷物を詰め込んだ。固定が終わったところで荷台に座って水筒の水を飲んでいると、荷車の幌の上にヒタキが1羽飛んできて賑やかに歌い始めた。

「私もここに乗せてもらえる?」ソフィアがやってきて訊いた。

「どうする、コンスタンツァ」サーシャも訊いた。

「私は構いませんけど」

「それならお邪魔するわ。龍研のバスがちょっと定員オーバーなの。誰か他の車に移ろうってことになったんだけど、みんな人見知りで」

 ソフィアはそう言いながら荷台に這い上がった。

「でも、龍と鳥はよく似ていますよね」セラが言った。

「似てると一口に言ったって、鳥にも色々あるし、龍にも色々あるよ」とサーシャ。

「歯があって鱗で覆われたドラゴンは確かに鳥とは程遠いです。でも嘴と羽毛を持ったワイバーンもいる。そういったワイバーンと鳥の間の違いより、ワイバーンとドラゴンとの間の違いの方が大きいんじゃないかって」

「そう、その通り」ソフィアが言った。「龍の系統の多様性は極めて広い。ドラゴンとワイバーンよりワイバーンと鳥の方がよほど近縁なのよ。ドラゴンの祖先がワイバーンの祖先と分かれたのは人間が生まれるよりずっと昔のことなの」

「龍と鳥という分け方は妥当じゃないってことですか?」

「そうね。生物的には合理的ではないわね」

「じゃあ、なぜ?」

「人かそれを区切ったから。無害、あるいは有益なものは鳥、常人には始末できないものは龍。生き物の分類ではなく、自分の都合で区切った。でもそもそも呼び分けというのは相手の都合では決まらないものよ。龍とか鳥とか、そういった言葉が人間のものである限り」

「じゃあ、似ている龍と鳥がいるのもその関係?」

「確かに似ている龍と鳥はいるわね。メタモーフもランナーによく似ている。体格といい、羽毛の感じといい。でも骨格を考えてみて。翼と腕のつき方が全然違う。メタモーフとランナーは決して近縁ではないの。ただ、同じような環境に適応していく進化を遂げた結果、同じような形態を手に入れたのよ。始めは遠くにあって、でも同じ場所に置かれたことで、だんだんと互いに近づいていったの」

 ソフィアはジェスチャーをつけながら説明した。

「見かけや生態が似ているからといって近い種類とは限らないんですね」セラは確認した。

「そう。生き物の進化って面白いでしょう」

「はい」

「この子もワイバーンの一種ですか」コンスタンツァが訊いた。彼女は外でブルームーンにハーネスをつけ直していた。

「そうね。とりわけ人の近くで生きるように進化してきたワイバーンの末裔なのよ」

「それってなんだかカッコいいですね。――ブルーム、おまえにも龍の血が流れてるんだってさ」

 コンスタンツァが首元を撫でると、ブルームーンは「ヒュウ!」と透き通った声で誇らしげに鳴いた。遠出の意気込みは十分だ。


 先ほどのヒタキは隣の荷車の上に飛び移ってまた歌っていた。

 しかし、いわば家畜化されたワイバーンが走鳥なのだという事実は人々にどんな気持ちを呼び起こすだろうか。

 走鳥は人間の移動と物流に欠かせない。自分たちの生活を支えているものが実は天敵の一部だった。人間はそれを受け入れられるのか?

 いや、案外都合のいいように目を背けたりこじつけを考えたりして、のうのうと変わらない生活を続けていくのかもしれない。

 サーシャは嘲笑の混じった溜息をひとつ吐いて考えるのをやめた。

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