龍狩りに龍を連れていくのはご法度ですか?
前河涼介
プロローグ:カンブリア・インフェルノ種
神聖暦1622年6月。
4人組のパーティが森の深くまで分け入ってドラゴンを追っていた。付近で家畜荒らしの情報が上がったためらしい。武器種はそれぞれ槍(ランス)、刀、鎚(ウォーハンマー)、弓。
討伐対象はカンブリア・インフェルノ種。強力な火炎ブレスを使って獲物を焼き殺すが、顔回りの冷却が必要なため水辺を縄張りとすることを好むワイバーンだ。
パーティは地図にある池を目指しているようだ。針葉樹の根を踏み越えて歩いていった。
やがて水面が目視できる距離になった。だが姿を隠すためほとりには出ず、あくまで木々の間を歩いて池を巡るコースに乗った。
インフェルノ種の体長は成龍のオスで9m、メスで8mといったところ。より大型の肉食龍は天敵となる。上空からの目隠しが得られる日陰に巣をつくるため、どちらかといえば地上からの接近に敏感だった。地面に顎をつけて振動を感知する機能が発達しているのだ。
足音からして相手が自分を狙う人間であることはわかっただろう。だがこのインフェルノは逃げるより立ち向かって機先を制することを選んだ。
これは実は巣を守るための選択だったが、4人は知る
インフェルノは木々の幹を縫うように接近、パーティーの正面で翼を広げて咆哮、威嚇。ほぼ茶色だった鱗が真っ赤に変色した。
風圧に耐えながら弓士が翼を狙って矢を放ったが、インフェルノは額の硬い鱗を当てに行って弾いた。
続けて口を広げ、ブレス。
「避けろッ!」1人が叫んだ。
油を撒いたような炎が狭い扇状に広がり、地面に燃え移った。
インフェルノの吐いた炎はその場で30分以上燃え続ける。さながら地獄の業火のように。インフェルノはそうして炎の檻の中に閉じ込めた獲物を焼き殺して食らう。これが名前の由来だった。
パーティーはかろうじてブレスを避けたものの、二手に分断された。それだけならただ挟み込めばよかったのだが、状況はそれを許さなかった。
「おい、後ろ後ろッ!」
インフェルノがもう1頭現れ、弓使いと鎚使いを突き飛ばしたのだ。新手の方が大きく、体つきもがっしりしていた。オスだ。
「つがいなんて聞いてないわよ……」
残った槍使いと刀使いはメスの方に真正面から狙われる立場になってしまった。
なんとか回り込みながら噛みつきやブレスを避けていたが、さらに尻尾の横薙ぎや踏みつけが襲った。ガードで手一杯、攻撃の隙はない。
しかしある時メスのインフェルノが攻撃を止めた。
その視線を追うと、燃え盛る業火を割って重そうな鎧を着た人間が姿を現わすところだった。鎧はほぼ黒だが肩や膝に金のモールドが施されていた。
むろんパーティーのメンバーではない。
「誰だ?」槍使いの男が呟いた。
「剣士か?」刀使いの女も呟いた。
だが彼女が取り出したのは杖だった。
「魔法使いが重装だと……?」と槍使い。
魔法使いはメスのインフェルノにまっすぐ杖を向けた。
すると杖の先から渦のような炎が生まれ、突き飛ばされたような勢いでインフェルノに襲いかかった。黒い芯を持った炎撃だった。
「インフェルノに炎が効くわけないだろ!」槍使いはそう叫びながら、刀使いとともにジャンプして炎撃を避けた。
インフェルノはブレスを撃って炎撃を押し返した。
だがブレスに弾かれた炎撃の外縁部はインフェルノを取り囲んでいた。
にわかにインフェルノのブレスが途切れた。
「何だ、どうした?」
「体温が上がりすぎて撃てないのよ」刀使いが言った。
その通りだった。一撃に込める熱量の高いインフェルノのブレスは連続吐出には向かない。
インフェルノは後ずさりし始めた。
魔法使いの炎撃はとめどなく溢れ出ていた。まるでマナが無限に湧き出しているかのようだった。尋常な魔法使いならとっくにマナ切れしている。
「ま、まさか、あの鎧、話には聞いていたが……」槍使いは伏せたまま呟いた。
「
「本当にこのままやっちまうのか……?」
だがまだ勝敗が決したわけではなかった。
オスのインフェルノが魔法使いの側面を突いて襲いかかろうとしていた。
「おい、横から来るぞ!」
槍使いと刀使いでは炎撃が遮蔽になって援護できない。
「セラ!」魔法使いが叫んだ。
すると業火と木々の幹の間からひと回り大きな白いドラゴンが現れ、オスのインフェルノの喉元に噛み付いた。
そのままの勢いで押し進み、インフェルノの脇腹をぶち当てて巨木をへし折り、そして池に突っ込んだ。対岸に打ち寄せた清水の大波はまるで巨大なガラス細工のように立ち上がった。
「あの白い龍、アルカディア・レイ……?」と刀使い。
「そんな、伝説の龍がなぜこんなところに!?」槍使いはまたうろたえた。
「しかもあの魔女の味方をしているの?」
池から顔を出したインフェルノは首の噛み傷から血を流し、すっかり戦意を喪失して頭を低くしていた。
高音で一声鳴いて引き下がり、白いドラゴンに背を向けないように遠ざかっていった。メスのインフェルノもオスを追うように反転、池の水をざぶんとくぐって逃げていった。
白いドラゴンは池に足を浸したまま空気を引っ掻くような音で強く吠えたが、それだけだった。深追いはしない。
「レイはインフェルノを食うはずなのに、なぜ?」
魔法使いは杖を下ろして槍使いたちを見やった。
「去れ、狩人。レイの縄張りと知れば彼らは巣を移すだろう。殺す必要もない」
魔法使いの声は森の中で妙に反響した。
槍使いと刀使いの男女は武器を収め、地面に伸びているもう2人を担いだ。
「素材が欲しければくれてやる」魔法使いはそう言って麻製の巾着を放った。
槍使いがキャッチして中身を見ると、インフェルノの額の鱗がちょうど4枚入っていた。しかも大判。1頭狩っても2枚手に入るかどうかわからない代物だった。
「あんた、何者なんだ?」槍使いは訊いた。
魔法使いは嘴型のフードを後ろにやって顔を見せた。混じり気のない黒髪、鮮烈な赤い瞳。
「私はサーシャ、狩人だ」
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