百装無神の最大異端<オーヴァーロード>

八代明日華

プロローグ

 さて、いまや世界中のあらゆる場所で見かけるようになった《異端者イレギュラー》だが、元来表舞台に姿を見せるような存在ではなかったことは周知の事実であろう。

 無論、完全に姿を隠していた、というわけではない。この世界の正統とは異なる法則、《異法イリーガル》と接触し、諸人と隔絶した超常の力を持った彼らは、神話の時代においては神の子や英雄として。人類に文明がもたらされてからは、その発展を加速させる天才として、時折その存在を垣間見せていた。


 それが体系的・統一概念的な存在として認知されるようになった現代。きっかけとなった事件は、やはり《大戦争オリジナル》をおいて他にあるまい。《異端者》たちがぶつかり合い、殺し合い、ついぞ決着のつかぬまま、最強の《異端者》たる五人の《最大異端イレギュロード》が交わした盟約により終結した、前代未聞の異能戦争。その余波は正統社会にまで及び、表世界の住人は、ついに《異端者》を明確な形で認識した。


 常人とは異なる彼らの法則や才能は、人類を発展させることに大きく基因した。何も《異端者》は戦闘向きの者たちだけではない。前述の通り文明を加速させてきた天才たち、その多くもまた、異なる世界の法則に触れていたのだ。当然の摂理である。《大戦争》の前と後では、我々の日常は大きく違っているだろう。実現不可能とされた技術、実現を目前にしつつも足踏みをしていた諸技術は、異界の法則の下、華々しく開花したのだ。


 例えば、街を走る自動車。最早運転手などおらずとも、搭載された自律AIが運転の全てを管理する。

 例えば、中空を泳ぐ新型の飛行船。物理法則上どうやって飛翔しているのかも定かではないその姿は、『空飛ぶ鯨』を思わせる。

 例えば、身体欠損でさえもほぼ確実に完全修復できる最新の医療技術。事故や怪我による死傷者数は大幅に減ったと言っていい。

 例えば、争いの形の変化。国家間や企業間問わず、物理的解決を要求される局面での戦いはこれまでのような軍隊対軍隊のそれから、もっとコンパクトで、よりエンターテイメントめいた形へと変貌していた。軍隊や傭兵を雇うため、及び武装を整えるための莫大な費用。徴兵・募集兵問わず、国民から得る戦争への反感。そういったものを、まるで古代ローマ時代における『パンとサーカス』のような縮図へと押し込んだこの時代。世界を背負って戦う現代のグラディエイターたちを、人々は次のように呼んだ。


 即ち――《異端騎士》、と。


 今日も今日とて異端の騎士たちは、世界の覇権を肩代わりして争いあう。少し大きな都市部を歩けば、見渡す限りの青空の下、商業ビルのガラス窓に映し出された超巨大ホロ・ウィンドウが、小さな、しかし世界最先端の《戦争》の様子を全世界へと伝えていた。


『さぁいよいよ開戦の定刻が近づいて参りました本日の《代理戦争レプリカ》! 此度の議題はバテレンテック対エリックシール・トイズ・インダストリーのI国における利権争い。世界最大の玩具開発企業ETインダストリー、その営業国拡大にかける情熱の勝利か、それとも小国の利権を占ゆ……いえ、小国と寄り添うことで社員たちを潤してきた、バテレンテックの執念が勝利か!』

『両企業ともに今季注目の《異端騎士》を雇っておりますので、その意味でも興味深い対戦カードです』


 やたらとハイテンションな実況者と、対照的に落ち着いた様子の解説者が、興奮冷めやらぬ、と言った調子でシャウト。画面はそのまま対戦する《異端騎士》や、その雇い主に当たる企業の紹介をVTR形式で放映する。

 映像が切り替わる。会場になっているのだろう、地中海のコロッセオを思わせる、ハイ・カーボンと樹脂と金属を異法で編み上げた、純白の闘技場が映し出された。観客席の民衆が放つ熱気と咆哮が、画面を超えた向こう側をもびりびり震わせる。世界中へと中継されるその光景は、道行く人々をも虜にする。戦場の熱気に中てられたのか、彼らの多くが立ち止まり、ビルの移したホロ・ウィンドウを見上げて歓声を上げた。


「まるでスポーツの大会だな」

「実際似たようなもの。《異端騎士》の敬称が選手なのも頷ける」


 その様子を、少し離れた陸橋から見つめる視線が、二組。

 一つは、少年の黒い瞳から放たれたもの。少し長めの前髪の奥には、鋭く批判的な色が見える。

 もう一つは、少女の金色の瞳から注がれたもの。艶めかしく長い黒髪と対照的なその輝きは、しかし何の感情も読み取ることができないほどに凪いでいた。

 陸橋の縁に身を寄り掛からせながら、少年はうへぇと顔をしかめる。呆れたような表情の奥には、現状に対する反感が込められているように思えた。


「あんなアブノーマルなものがスポーツであってたまるかっつーの。第一スポーツマンシップはどこに行った。《代理戦争》に公平さも相手への尊重もありゃしねぇだろうがよ」

「でも、今はあれがその姿。そういう風に変わったし、そういう風に変えたのが誰か、兄様は誰よりも良く知っているはず」

「まぁ、そうなんだけどさ……」


 妹なのだろう、彼女の紡いだ反論に、少年は世論の正統を見たか。少々納得のいかなそうな様子ながらも、その話題は打ち切られる。

 画面の中では冷気を操る銀色の鎌を構えた少女が、一方的な試合を繰り広げていた。二人とも、あまり真剣そうには観ていなかった。


 ふいに、少年がくるりと踵を返す。金の瞳の少女もまた、後を追う。ともすれば幼子に見える程小柄な彼女は、頭二つ分ほど上にある彼の顔を見上げた。


「いいの?」

「いいの。別に最後まで見たところで面白くはならねぇだろ」


 問えば、少年はそっけなく答える。足取りに迷いはない。興味なさげに欠伸を一つするその姿に、彼女も呆れたようにため息を、と思いきや。

 何故かぽっと頬を染めると、彼女は兄に向って、もじもじしながら流し目を送った。艶やかな黒髪を弄りながら煮え切らない様子で照れるその姿は、端的に言うならそう――恋する乙女、だ。


「やだ、兄様ったら……それは早く帰って私ともっと面白いコトがしたいという遠回しな愛の告白……?」

「んなわけねぇだろうが馬鹿。何がどうしたらそんなことになるんだ、一体」

「私の溢れんばかりの兄様への愛が、ついに臨界点を突破したら」

「いらねーよそんな状況」


 少年が妹の世迷言に頭を抱えていると。背後で、わっ! と大歓声が上がった。反射的にスクリーンを見上げれば、画面は大きく変わっている。どうやら、決着がついたらしい。進行役の二人が、興奮冷めやらぬ、といった調子で叫んでいた。


『決まった──ッ! 勝ったのはETインダストリー! やはり時凍ときとう氷菓ひょうか、強い!』

『流石はレート7と言ったところでしょうか。《白雪姫》、圧倒的勝利です』


 陸橋の下、通行人たちの口からも、次々に歓声が上がっていく。歴史が動き、社会の運命が変わった。その瞬間に立ち会った興奮を、彼らもまた隠し切れないのだろう。誰もが歴史の証人になれる時代だ。正統も異端も混じり合って生きていける、そんな時代。


 ああ──本当に、クソみたいな世界になったと思う。

 正統ふつうになりたくてなりたくて仕方がなくて、死ぬほどあがいた者たちのことなど、何一つ知ろうともしないくせに。奴らは良い時代になった、と口をそろえて言うのだ。


「……ホント、あれのどこがいいのやら……」


 もっと違う道があったろうに、と、嘆息気味に呟いて、もう一度中継画面を仰ぎ見る。


 これは少年が、あの《大戦》にから、六年後の話。

まだわずかに冬の気分が抜けきれない、そんな春先の物語。


 新たな確定事項が定まるまでのあらましである。

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