第6話
17日目
初めて桃太郎に起こされた。時計を見ると八時半。今週は土曜まで面接があったので、日曜ぐらいはゆっくり寝かせてほしかった。いや、日曜だから土曜は「先週」か? そういうことを考えるのすら億劫だった。
「来てくれ」彼はわたしの腕を掴んだ。
「というか、昨日はどうした」わたしは眠りに片足を突っ込んだまま訊いた。土曜の夜、桃太郎はいくら待っても帰ってこなかったのだ。日付が変わるまで待ったのは覚えているけど、疲れていたので結局寝落ちしてしまった。座った姿勢のまま寝たせいで、体中がギシギシ痛む。「引っ張るな」
「完成したんだ」桃太郎が声を弾ませる。「船が」
わたしは化粧をするどころか顔を洗う間も与えられず、河川敷へ連れて行かれた。朝露に濡れる芝に足を取られそうになりながら土手を下り、川岸へ近づくと、一艘のボートが小さな桟橋に係留されているのが見えた。
「ほんとに直ってる」わたしは言った。心からそう思った。
「乗ってみるか?」
「乗れるのか?」
「乗るつもりで直したからな」
それもそうだ。わたしは桃太郎の手を借りながら、おっかなびっくり左の爪先から乗り込んでみた。
「おお……」乗り込んでみると、当たり前だけどちゃんとボートなのだった。チャプチャプと水が船体に当たる音が、水面との近さを感じさせる。これで本当に海を渡ることも出来るのだ。「すごいじゃん」
「ちょっと一泳ぎしてみよう」まるで自分で泳ぐみたいに言ってから、桃太郎も乗り込んできた。
大きく揺れた船体は、二人とも腰を下ろすと安定した。桃太郎が船底に転がっていたオールを手に取り、川面に入れた。
「漕いだことあるの?」
「ない。初めて」桃太郎はオールを動かし始める。動きがぎこちない。「でも動画で勉強したから」
見るとやるとでは違うらしく、船は直角に向きを変えただけだった。もう一漕ぎすると、初めと逆を向いた。このまま一回転するかと思いきや、次の一漕ぎでは九十度元に戻った。
「なかなか先は長いね」
「でもまあ、川は流れてるものだしな。海に出れば海流がある」
「流されて変なとこ行くかもよ?」
「そうかもな」
「他人事かよ」
ふと、今日の桃太郎はスウェットの中に手を入れていないことに気が付いた。どこも掻いていない。そういえば最近、彼がどこかをボリボリ掻くのを見ていない気がする。いつからだろう?
「どこでもいいんだ」桃太郎は言った。「どこかに着けば、それでいい」
そんなものか。そんなものか?
景色を眺めながら、水の音に耳を澄ます。オールの動きは、さっきよりはリズミカルになってきた気がする。
「あ、やばい」オールが止まった。「浸水してきた」
見ると、たしかに船底に水が溜まっている。しかも中心にはゴボゴボと気泡が湧いている。状況は刻一刻と悪化していた。
「おいおい」
「やっぱり二人は厳しかったかあ」
「おい」
それからどうにか川岸に辿り着いた。わたしは靴下を濡らすことになったけど。
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