第30話 Hero

 -A ケアハウス-


 タクシーを降りた花が、眩しそうに手でひさしを作り、

「お母さん…、私のこと分かるかしら…」

 独り言を呟いた。




「ですから、桐島さんに一言、この愛猫のですね……」

 入り口近くで、一人の紳士が汗を拭き拭き熱弁していた。

「しかしね…。ウチとしても本人がお宅を知らない、わからないって言われている以上ね…」

 スタッフと、何やら口論している横をスッと花は通り過ぎた。

(あら、猫)

 紳士のかざすケータイ画面の、少し俯きがちなグレーの猫の姿をチラッと横目で見て、そのまま受付へ向かった。


「あ、お母さん、ここに居たの?」

 プレイルームでお友達と談笑していた母、の背へ、花が声をかけた。

「……え? 花……?」

 振り返った、いくが、目を丸くした。




「ももちゃん元気?」

「……ええ。寮でも、みんなに可愛がってもらってるわ」

 花が紅茶をすすった。

 すると、同じテーブルに居た、品の良い老婦人が、

「あら? 猫ちゃん飼ってるの? ウチもねー、猫を飼ってたの。でも、入院してしばらくしてここへ来たでしょ? だから、離れ離れになっちゃって」

「あら、やだ、桐島さんも猫好きだったの」

 いくが、笑顔を向ける。

「ほら見て。ローズっていうんだけど。可愛いでしょう?」

 ケータイの待ち受けを桐島婦人は二人に見せた。

 すると、

「あらっ」

 花が声を上げた。

「この猫ちゃん…さっき、下で…」

「え?」





 -ローズの家-


「やだぁ、たっくんったらぁー」

が先にしたんだろぉー」

 若いカップルがソファでイチャついていると。


「カギ、掛かってませんでしたよ」

 桐島婦人が、車椅子のまま入って来た。

「わ、お、叔母さんっ」

 慌てて、もいと呼ばれた若い女は、ソファから立ち上がった。

「……どうも」

 若い男は、ばつが悪そうにのろのろと立ち上がる。


「ローズの顔を見に来たのよ。何処かしら」

 桐島婦人の言葉に、二人は顔を見合わせた。

「あ、あの、叔母さん。ローズは今ちょっと…猫なのにドッグっていうか…検査入院してるんです」

 若い女の言葉に、

「あら、そう。じゃあ、どこの病院? 一目見てから帰るわ」

「あ、あ、ええと…。あ、じゃあ、ここへ連れて来ます。ちょうど今日、退院だったし。ねっ」

「あ、ああ、ハイ。そうです、叔母さん、僕が…」


 歩きかけた男の前に、

「その必要はありません」

 一人の紳士が立ちはだかった。

「正式に桐島さんから依頼を受けた、弁護士の真中と申します。ローズちゃんは今、私の仲間が救出しています」

 そう言って、紳士はケータイの画面を見せた。


『あっ』

 そこには、愛護団体によって、劣悪な施設から次々と猫達が救出されている様子が、リアルタイムで映し出されていた。

『………』

 二人はもはや言葉も無く、ただそこに立ち尽くすだけだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る