第4話 二年の歳月


 ……俺がゼラとなってから二年の歳月が過ぎた。


 俺は再び、アルケーの塔の前にいた。


 今日の仕事はとある冒険者の暗殺。そして、個人的な復讐も兼ねている。


 依頼先はディオーネ王国と対立するアトラス帝国の諜報機関と通ずる闇組織だ。


 どうやらその冒険者はここ一年、アトラス帝国からの庇護の元ディオーネ王国にて、私利私欲の為に随分と暴れ回って居るらしい。

 そして、その冒険者は以前からアトラス帝国のスパイとしてディオーネの情報を売ってきた。ただアトラス帝国はディオーネ王国と違い、武力行使を良しとする脳筋国家。そのアトラス帝国をその冒険者は裏切ったのだ。暗殺の依頼が舞い込むのも当然と言える。


 ただ、アトラス帝国がディオーネ王国の冒険者を殺害したとなれば事は大きく膨らむ。だからこそ、俺のような命を惜しまない捨て駒の様な存在がまず必要とされた。それに、手を下すにあたっての動機も充分だ。


 それ以外、細かい事情など俺に知る由もないのだが、俺が傭兵として活動し始めてから受ける初めての大仕事。

 この仕事で俺自信も、二年前の憎き因果から解き放たれることを期待している。


「待ってろよ。生きてここから出られると思うな」


 俺はアルケー塔上層を睨む。改めて、アルケーの塔の壮大さを身に感じる。アトラス帝国諜報員によれば、標的である冒険者は既にこのアルケーの塔内部に潜入しているらしい。


 俺は、踏み出す。


 二年前の出来事を思い出しながら。



 俺はアルケーの塔一層、二層を一気に駆け抜ける。この辺りじゃもう、地に足すら付ける必要が無い。魔術での移動ついでに、俺を阻む魔物を一掃した。


 第三層。あれ以来の光景。俺の身は震え、力が沸き立って来るのを実感する。


 そして、第三層に到着してから常に視線を感じる。

 俺が一人で居るのをいい事に、邪な者達が監視されているのだろう。


 残念ながら、荷物も少ないし金目になる物なんて持ち合わせて居ないと言うのに。なぜなら俺はこの次元に物を持つと言う習慣を破棄したからな。


 俺が深緑の森に侵入してから奴らは動き出した。突然降りだす矢の雨。

 俺は天に片手を向け、矢を全て抑制する。そして軌道を読み解き、矢の放った主の元へ返す。威力も、速度もとびきり強化して。


 ズドドドドド、と遠方で矢の曲射が行われている。


 すると、俺への視線の数が減った。矢の返還により、静かに命が絶たれたのだろう。


 それから、怒りの念を持った者が居たものだから俺の背後を取らせてやった。そして一太刀。


 ギィン!!


 背後から剣先が弾かれるような金属音がする。


「どうだ? お前らに俺が殺せない事、理解出来ただろう」


「ひっ、ひいいぃぃっ!! ば、化け物だぁ!!」


 俺は振り返る。欠けた剣をもつ男は俺を見て戦慄し、恐怖で支配されている。そいつを見て、俺は空で指を切った。首元をなぞって。


「殺意には殺意を、だ。あまり怯えるな。笑え」


 目の前で膝から崩れ落ち愕然とする男は次第に、俺の命令に従い口角を上げた。


「助けてください。お願いします……」


「残念だが、それは出来かねる」


 俺は第四層へと向けて歩み出す。既に、戦う気力のある者はこの場に居ない。ただ、一人を除いて。


「二度も背中を向け……なんでッ……えっ?」


 男は咄嗟に立ち上がり、俺の心臓目掛けて剣を引く。最期の言葉は紡がれることは無かった。既に首元を切断されていたからだ。


 間も無く、人体から間欠泉のように吹き出す血液。付け加えて、ゴロンと生首の転がる音がした。


 俺は人の醜さを弄んで何度かこうしてきた。この手の奴らは全員、こうして自分の首をずり落とし、血飛沫を上げて絶命する。


 自分がどうなるかも知らず、アルケーの塔で同業者を狙ってきたエテ公共に相応しい最期だ。いつか、自分達が殺される事を死を持って学ぶがいい。


 俺は花園を越え、泥沼地帯に一閃。己の行く道を作り上げた。その道は如何なる者の追随を許さぬよう、俺が過ぎれば自ずと瓦解する。


 第四層につき、俺は過去に割られていた石版を見つける。


 グシャア……。


 俺はその石版を魔力で顕現させた悪魔の手で握り潰す。

 そして、過去に空いた大穴を利用し、第五層へと侵入する。最早、第四層を正規に攻略する者は居ないだろうな。


 二年ぶり、二度目の第五層。

 それは奴らも同じ事だろう。


 静かな荒地に俺は降り立つ。二年前とは異なる、凄まじい熱気が立ち込めるこの場に生命の気配はない。


「……邪魔者は入りそうにない。感動の再会の舞台はこことするか」


 バラバラと魔石をばら撒き、地中に埋めていく。何かに使えると思い、集めておいた特別な品。


 魔石に通ずる力を込めて、指を弾く。


 途端、第五層に響き渡る轟音。


 俺は蜃気楼の様に空気に溶け込み、気配を殺した。

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