第3話 ゼラの誕生

 それから月日は流れ、俺はディオーネの首都ローダルヘインへと帰還した。


 俺はあれから三層から二層へ降り、英気を養った後再びアスト達の安否を確かめる為に四層へとかけ登り、第四層ゲートの石版が割られていたのを確認してアルケーの塔を後にしたのだ。


 アスト達は、まだ生きている。


 そう確信して、俺は懐かしいローダルヘインの街中を歩く。


 飲食店のガラスに映るのは久しぶりに見る自分の姿。

 身にまとっていた衣服はボロ布のよう。ボロ布から覗く自分の身体は今までよりも強固に引き締まり、彫刻のような体付きになっている。長い間散髪していない髪の毛はボサボサに伸び、長い前髪が鼻先までかかっている。

 そして、戦場に一人で身を置き続け、勘が鋭くなった目元は吊り上がり、数ヶ月前の面影は薄い。


  そして、冒険者ギルド前にある掲示板に目を通す。


 俺の脳に衝撃が走った。


 俺は、禁忌である仲間殺しをした扱いでお尋ね者扱いされていた。

 それとともに掲示されるのはアストの晴れ晴れしい第四層踏破と共に、第五層魔物の情報。あのキマイラの事だ。

 そして、内容はこう書いてある。


『前人未到の地へと踏み込んだアスト一行は第五層にて新種のキマイラに遭遇。

 キマイラの身は何度傷をつけようと再生し、穴を穿った箇所からは新たな腕や触手が映え揃い、敵対するものを阻んだ。

 終わりの見えない戦闘には皆が疲弊。命があるうちに全員で撤退しようとリーダーであるアストは提案した。

 ただ、回復職として同行していたディンがその意見に反対。

 退避を拒否したディンが逃げ遅れ、キマイラの攻撃を受けて重傷を負う。

 そのディンをかばうようにしたリアンまでもがキマイラにより重傷を負わされる。

 それからディンは自分の傷だけを癒やし、我を忘れ、リアンを残して自分の身可愛さに退却を開始した。

 そんなリアンを残してはおけないと、キマイラに対峙するもののアスト一行、唯一の回復職を担うディンは逃亡した。アスト一行はリアンを残して、戦略的撤退を余儀なくされた。

 リアンは苦渋の決断をする。

 リアンは最期まで諦めてなかった。

 自分の身を呈して立派に殿を務め、最期はキマイラ内部に取り込まれた。

 そして、この第五層に現生するキマイラの名を、俗称リア・キマイラと呼ぶことにする。

 また、リア・キマイラを追って後日、討伐懸賞金を提示する。』


 もう一報がこれだ。

『残念なことに、栄誉ある第四層踏破者、第五層冒険者であるディンを冒険者ギルドより除名する。

 兼ねて、仲間殺しの罪状により、その身を拘束することを許す。

 また、身受けの引き渡しが困難である場合、本人の生死は問わない。

 特徴は黒い髪に、お人良しな風貌。身長は百七十程度で線は細い。

 首元には過去に受けた一線の傷を持つ。

 戦う事は好まず、回復や逃亡能力を有するため危険度は低いと考えられる。

 懸賞金は五百万マーニ。』


 ……随分とナメられたものだ。


 僕は怒りに震え、アスト達の完全なる裏切りに拳を打ち付ける。拳と衝突した壁は陥没し、パラパラと砂利を零す。


 きっと自分たちのカッコがつかないから、俺を売ったのだろう。


 こうなる事は分かっていた。


 期待はしていなかった。


 それでも腹が立つ。


 そして、俺を見かねた冒険者が俺に尋ねてきた。


「兄ちゃん、見ない顔だな? どこから来た? まさか、ディンってやつじゃ……無いよな?」


 ボロボロの布み身を纏う俺。名も知らない冒険者は怪訝そうに俺の顔を覗き込む。

 もう、『ディン』の名は名乗れない。


「ディン? 俺の名は『ゼラ』だ。こんな腰抜け野郎と一緒にするな」


「ははっ、全然違う名だったな! まぁ兄ちゃんがこんな腑抜けた顔した奴な訳ねぇもんな。悪かった悪かった」


 脳天気な冒険者が俺の手配書を指差し笑い、俺の肩を叩く。いつもであればこれくらい、聞き流して終わりなのだが、怒りに満ちている俺はそれだけでも不愉快な感情が湧いてきた。


「あぁ、二度とこんな奴と間違えるな。次は殺すぞ」


 俺はディンの手配書にある、俺の写像を殴りつけて掲示板に穴を穿つ。


「こ、怖い奴だな。まぁ、いいや。じゃあな」


 冒険者は表情を引きつらせて後ずさりをする。やがて、駆け出して俺の元を去っていった。


 俺はこの場、この時より『ゼラ』となった。


 この時より、両親がくれた『ディン』の名前を捨てた。

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