➃ハナサク季節に #拡散する種
「さぁ、今日でこの中学のメンバーも最後になるな。まあこのご時世だから、簡単に連絡が取れたり会えたりするかもしれないけど、この部活の性質上、これからこのメンバーでで一つのものを作り上げられる機会はなかなか来ないだろう。だから、今日はとにかく楽しんで、ミスっても笑って飛ばして、精一杯観客の人に自分たちの思いを伝えよう。いいな!
「はい!!!」
*****
今日、私達の御年百二十年の中学校は、その長い一生を終える。近年全国各地で見られる、中高合併・統廃合の流れに、私の住む町も巻き込まれた。あと一週間経てば、この校舎も潰される。百二十年分の汗と涙とホコリと消しカスが、全てなくなってしまうと思うと、胸が締め付けられる思いがする。
つい昨日卒業式を終え、クラスの仲間と泣いて抱き合ったのだが、今日の定期演奏会でついにこの制服に袖を通すこともなくなる。私達はただ悲しさと虚しさが残るだけだが、多分後輩たちのほうが複雑な心境なのだろう。
私は本番前のミーティングのあと、控室にいた。本番まで、案内のかかりにあたっている部員以外は自由となっていた。
私はいつも通り、祈っていた。神様。音楽の神様。
今日も、お願いします。神様。
私を助けてください。
今日はとにかく楽しんで、この中学の面々とのクライマックスを乗り越えたい。だからその余裕を。
音楽はもちろん実力が物を言う分も大いにあるが、大抵の人はその日の調子でパフォーマンスの内容が大きく変わる。要するに、運だ。だから私は本番前、誰もいないところでお祈りをしていた。お祈りが終わったところで、控室に一人の後輩が入ってきた。
「フミ先輩」
親しい中である、祥子ちゃんが話しかけてきた。
「ん? なあに、祥子ちゃん」
「先輩と演奏できるのが今日が最後だって、なんか実感わかないですね」
祥子ちゃんは楽譜を抱えたまま、私に背を向けて話し始めた。
「先輩と出会ったのは、もう二年も前になりますか。入学式の朝は雨が降ってて、その中で聞いた入学生への招待演奏を聞いて、私は音楽に惹かれました。あの日のことが嘘みたいです。あれから私達は練習して、学校史上初の支部大会まで進んで、小編成の部で金賞を取ったんですね。それも先輩のおかげですよ」
「私は何もしてないよ。ただ合奏を仕切ってただけ。結局みんながすごかったんだよ。何しろ祥子ちゃん達の学年がみんなうまいからね。十人みんなばらばらになっちゃうけど、それぞれのところで更にすごい活躍をすることを期待してる」
「先輩……」
すると祥子ちゃんが突然抱きついてきた。そして泣き出してしまった。下の学年ではアイドル的な扱いを受けているらしいこの子が、こんなに熱い涙を流すのがとても不思議で、その涙を私に向けてくれるのが嬉しかった。
私は彼女の背中を抱いて、
「みんなはまだ種だから。まだまだ咲けるよ。きっと」
と言った。
「えっ、それはどういうことですか?」
「まだまだこれからだって思うでしょ? その気持ちを忘れちゃだめだよ。また新しい仲間ができる。また新しい別れが来る。私達はまだ音楽に運ばれた花粉を享受できる。私達はまだ種。だから。ね」
なるべく優しい声で語りかけた。
「ふふっ、そうですね。まああんまり意味はわからなかったですけどね」
「そ。まあいいよ。そのうちわかる」
「先輩のそういう独特なセンス、高校に行っても周りにひけらかしていってくださいね」
「言われなくてもそうするよ。ほら、涙拭いて。行こ。
私は泣く後輩を前に反転させて、押して前に進んだ。
今日だけは、お願いします。神様。
私は祈り直して、そばにおいていたドラムスティックを手に取り、控室を出た。
涙は、演奏後まで取っておこう。
種なりのベストを、尽くせた後に、流そう。
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