時津の本棚(短編集)
時津彼方
KAC2020作品
➀閨の閏 #うるう年
昔々、あるところに、それはそれは大層立派な屋敷に住んでいたおじいさんがいました。おじいさんは庭の手入れ、料理、管弦の遊びなど、様々なことに興味関心を抱き、豊かな暮らしをしていました。
そんなおじいさんが、何より励んでいたことが、寝床の手入れでした。少しでも何かにうなされるようなことがあれば、すぐさま新しい枕や布団に換え、お手伝いさんに部屋の隅々まで掃除をさせました。おじいさんは何年も前に、愛するおばあさんを亡くしてから、身辺を整え、お手伝いさんを何人か雇い、暮らしておりました。
そんなある日の、月がとても綺麗な晩のこと、おじいさんは夜中に目を覚まし、厠へ行こうと部屋の戸を開けようとしたところ、
「おじいさん、おじいさん」
と、誰かの呼ぶ声がしました。
おじいさんは怪しがって振り返ってみると、そこにはなんと、可愛らしい小さな娘が、ちょこんと座っていたのです。
「おじいさん、おじいさん」
その娘はおじいさんに繰り返し言いました。
「なんだい」
おじいさんは戸惑いながらもそう答えました。
「私は今晩で消えてしまいます。また四年、誰とも会わない日が続きます。どうか何か一つ、ひとり身を紛らわせるものをくださいませんか」
その娘が、それはそれは寂しげに頼んだものですから、おじいさんは明日捨てる予定だった枕を一つ、玄関から取ってきてその娘に与えました。娘は大層喜んで、
「ありがとうございます。また四年後にこれを返しに来ます。では、もう時間のようなので、これでお暇します」
と、おじいさんが一瞬目を離した隙に消えてしまいました。その跡には白い花びらが一枚落ちていました。おじいさんはその花びらを手に取り、大切に取っておこうと小さな木箱の中に入れてタンスの中にしまいました。そして、娘のことを思いながら、再び床につきました。
*****
娘が現れた日から、早くも四年が経った日のこと。おじいさんは少し具合が悪いようで、その日は寝込んでおりました。なので、その日が約束の日だったことをすっかり忘れてしまいまっていました。
そのことを全く知らずに、その日の晩、娘は再び
「おじいさん、おじいさん」
娘は4年前と同じようにおじいさんに言いました。しかし、おじいさんは何も答えないどころか、目を開けることさえしませんでした。
「おじいさん、なんとまあ、まさかしんでしまったのでしょうか。ああ、私がこの日しか現れることができないために、おじいさんの最期に立ち会う事ができなかったのですね」
娘は、二月二十九日、うるう年しか存在しない日の真夜中にのみ現れる、不思議な子どもでした。しかし、皆が寝静まったときに現れるものですから、誰も娘の相手をしてくれませんでした。うるう年が来るたびに、寂しい思いをしてきた娘にようやくできた、初めての話し相手がおじいさんだったのです。
「おじいさん、おじいさん。私の置いていった花弁は、どこですか。あれがあれば、おじいさんを蘇らせることができます」
娘はおじいさんにききました。もちろん、娘はおじいさんが答えてくれるとは思っていませんでした。おじいさんと出会う前の、片道だけの会話の一つとして言った言葉でした。
しかし、なんということでしょう。おじいさんの手がタンスの方に向いたではありませんか。娘は驚いてタンスを開けると、そこに白い花弁がありました。娘はその花弁を使うことによって、一つ願いを叶えることができるのです。しかし、その願いを叶えたあと、どのようなことが身に起きるのか、娘は何も知りませんでした。それでも、娘はおじいさんを助けるため、願いを捧げました。
「おじいさんを、元気に…………」
娘がそう言うと、娘の体とおじいさんの体がぼわっと光り始めました。そして娘から四つの光が飛び、おじいさんの体に入っていきました。
少し経つと、おじいさんは目を覚ましました。隣を見ると、いつしかの娘が微笑んでいます。
「おお、ひさしいな」
「はい、お久しぶりです。おじいさん」
おじいさんは、ゆっくりと体を起こすと、戸の外に見える朝日に目を細めました。
「おや、あなたは夜のみ現れるのではなかったか?」
「そのはずだったのですが、どうやらおじいさんを元気にする時に、普通の人間になったようです。もう朝に消えることは無いようです」
おじいさんは、その娘を自分の家で養うことにしました。このまま別れてしまっては、娘が心配だったからだ。
おじいさんは、娘が生活に必要なものを一通りそろえ、空いている部屋を娘に与えました。
そして、娘のことを、うるう年に自分の閨に現れたことから、
おしまい。
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