第十四話 遅れて来た転校生



「えっとぉ。それじゃあ最初にぃ、転校生を紹介しまぁす!」


 ずるっ――往年のナンタラ新喜劇よろしく、クラス一同が示し合わせたかのように見事にずっこけていた。


「ちょ――あ、有栖川ありすがわ先生!」


 クラスを代表してうわずった声で抗議するのは2-Fのスポークスマンと目される三上だ。


「今日ってまだ二日目っすよ!? それないわー! マジないわー!」

「で、でもぉ……し、仕方ないのよぉ。ほ、ホントだったらねぇ、昨日の始業式に間に合う筈だったんだけどぉ……。こ、これ、あたしのせいじゃなくってぇ……。ぐす……ひっく……」


 アリスちゃん先生は早くも涙目になっていた。安定の打たれ弱さである。早くも、帰る! とか口走りそうでこっちがひやひやさせられるが、三上の言い分にも一理ある。転校の予定なんて予め決まっているはずだし、始業式に間に合うように登校するのが常識と言うものだ。


「な――泣かないで泣かないで! マジ困るんだって! でも……マジないわー……な?」


 進退窮まった三上は、後ろの席に座るつかさに助けを求めるような視線を向けた。


「転校生をドアの向こうに待たせているんですよね? なら、早く迎えてあげましょうよ」

「そう……そうよねぇ!」


 司の言葉に背中を押されたように、有栖川教諭の表情が明るくなる。何とも分かりやすい。


 がら。


 有栖川教諭がクラスの前の方の引き戸を開け放つと、そこに二人、人影が見えた。


「はい、お待たせ。遠慮しないで入ってねぇ」




 途端――クラスの空気が、凜、と張り詰める。




 まず目を引いたのは、彼女の青みがかった銀のストレートヘアだ。周囲の空気に溶けて同化するかのごとき透明度を備えた彼女の銀糸は、左の耳元あたりを細く三つ編みにして二筋垂らし、それ以外の前髪は眉あたりでぱっつりと一文字に切り揃えられていた。


 肌の色は雪のように白い。その白い世界の中においてはまだいくぶん馴染みを覚える黒っぽい藍色の瞳が、彼女の内に秘められた意志の強さを示しているかのように存在を主張し、注視する面々を静かに見つめ返していた。


 左目の下には泣き黒子が二つ。だがチャーミングだというよりは、それがあるおかげで辛うじて生身の人間だと思えるくらい、それほどまでに均整の取れた――いや、むしろ均整が取れ過ぎていて、ある意味無機質で、感情を持たない人形のような印象すら受けてしまう。


 体型はスリムで長身。俺だって猫背にさえ気を付ければそこそこ上背はある方だが、ひょっとしたら彼女の方がわずか高いかもしれない。非難を承知であえて触れるならば――バストとヒップはクラスの女子と比較しても特段標準サイズの域を出ていないようだ。いや、むしろ劣っているくらいかもしれない。しかし何というか、これはどちらの方に誤魔化すにしても何とでもできるんだろうな、などと思ったりもする。


 しかし、あまり目にしたことのないデザインをした白い制服の、やや丈の短いスカートから伸びる彼女の脚のラインは惚れ惚れするほどすらりとしていて、きっと彼女自身、それが異性に対して極めて有効な武器の一つになると自覚しているのだろう、クラス中の――主として男子の視線がそこ一点に集まろうとも少しも動じる素振りは感じられなかった。


「すげ……」


 誰かが呟いたが、当の本人も自分の口からその一言が発せられたとは気付きもしないだろう。圧倒された、まさにそんな感じである。と、一瞬、彼女の深藍色の瞳が俺に向けられた。


「――?」




 ――ように感じたのは気のせいか。




 依然沈黙したままの彼女が視線を動かすたび、男女問わずのクラスの面々は俺と似たような居心地悪さを覚えるらしく、皆一様に表情を硬く強張らせている。息の詰まるような空気を感じ取って、少し慌てた様に有栖川教諭は早口で言った。


「じゃ――じゃぁ、自己紹介、お願いしまぁす」

「アルマ・ジェミ・グラディス」


 誰もが思わず息を呑んだ。彼女のいかにもな容姿が容姿なだけに、その口から滑らかな日本語が紡ぎ出されると説明し難い不思議な感覚が生じるのだろう。


「――ヨーロッパの小国、グラディス皇国から参りました。呼び名は、アルマ、で結構です。いろいろと……複雑ですから」


 しばし重苦しい沈黙が続く。誰も言葉を発しなかった。それは、よもやそこで彼女の自己紹介が終わったのだとは誰一人思わなかったせいだった。ますます慌てたのは有栖川教諭である。ちら、ちら、としきりにアルマの後方に助けを求めるような視線を向けている。




 そうだ。

 ドアの向こうに見えた人影は二人だった筈。




 そのもう一人は、有栖川教諭の無言の訴えを察知するとわたわたと足早に姿を現して――。



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