第四話 友達一〇〇人できるかな?
四月である。
これから始まる新生活にありもしない希望を抱き、淡く儚い幻想を夢描いている連中に言っておこう。
――友達一〇〇人できるかな?
物語の《主人公》ならばきっと疑わない陳腐と評することすら陳腐すぎる手垢まみれのこのフレーズは、現実社会において何一つ根拠のない真っ赤な嘘、詭弁なのであるということを。
もし仮に――仮にだ。
一〇〇人の《トモダチ》を作れたとしよう。
だが哀しいかな人間の記憶能力には限界ってのがあって、よほどの才に恵まれてでもいない限り、その限界は比較的あっさりやってくる。
だからである。
だから不可能だと断言できるのだ。
つまりだ。
何が言いたいかというと。
真の《トモダチ》たる者、相手の姓・名くらい知っていて当たり前、至極当然のことである。しかし先に述べたとおり人の身に備わっている記憶力では、一〇〇人の姓・名を完璧に記憶しておくことなど不可能なのである。あれ、こいつ誰だっけ? 上の名前しか知らないや、などという有様では到底《トモダチ》とは呼べない。それはただの知り合い、顔見知りである。
もしその程度で《トモダチ》認定してしまおうものなら、マンションの正面に一戸建てを構えているやたら愛想の良い鈴木さんはもちろんのこと、独り暮らしで気難しそうな隣の杉原の爺さんですら、俺の《トモダチ》ということになってしまう。それはきっと困る。お互いに。
そしてまた、人が《トモダチ》に対して割ける時間も同じく有限なのである。
朝起きて夜寝るまでの時間が十六時間あるとしよう。朝の身支度になんだかんだで二時間、帰宅して就寝までにこなす夕食や入浴、その他もろもろのだらだらとした非生産的な行動に要するのが六時間だと仮定すると、残りは八時間である。分に直せば四八〇分だ。
これを一〇〇人の《トモダチ》に対して均等に配分すれば一人当たり四分四十八秒となる。
そう。たったの四分四十八秒しかない。
連れ立ってカラオケに出かけて電光石火の華麗なるリモコンさばきで一曲歌うと、もうそいつのために割ける時間はそこで終わりだ。《トモダチ》が歌い始めたらそそくさと抜け出し、次の《トモダチ》の下へと足早に向かわなければならない。ま、ここ最近、誰かとカラオケになんて行った記憶なんてないんだけども。
……ここ最近?
うん、深く考えないことにする。
これは《トモダチ》一人一人に向ける感情についても同じことが言えるだろう。どんなにそいつが喜び、哀しみ、悩んでいようと、そのために費やせる時間も四分四十八秒なのである。
五分もない。
一日にたった五分でさえ想いを巡らせることもない浅く希薄な間柄なのに、果たしてその関係を《トモダチ》と呼んで良いのだろうか。いや、そんなことは絶対にない。あってはならないのである。
では、一〇〇人ではなく五〇人だったら良いのか? と言うと、そういう話ではない。
時間は増えた、確かに。
さっきの倍で、九分三六秒だ。
それでも一〇分には届かない。残念なことに授業合間の小休憩にも足りない有様だ。一日一回、そいつとお手々繋いで連れションにでも行ったら即終了である。
じゃあ――一〇人だったら?
四十八分。
なるほど、少しはマシになった。
けれど、それでも一緒に映画なんて観に行けなかったりする。単館上映のアニメならギリギリというところだ。意外と短いんだよな、アレ。そのくせ料金は変わらないとかマジ鬼畜。いや、むしろ前売特典とかもっともらしい理由を付けて通常の倍の料金とか平気で取る。さすが汚い今のアニメ業界汚い。
さらに人数を五人に減らそうが同じことである。同じ矛盾と悩みはつきまとうのだ。これについてはわざわざ検証するまでもないからばっさり割愛。ぶっちゃけめんどいし。
ならば、いっそ一人に絞ればいいかと言うと――それはそれ、別の問題が生じるのである。
ここまでで述べたとおり、有限で貴重な時間と感情をただ一人に集中させるとなったらなったで、今度はそれなりの選択・選別というものをしなければならなくなる。さてここで、過去人類が犯してきた幾多数多の過ちをどうか振り返ってみて欲しい。『選民思想』とかいう偏った考え方は、オタク的思考ではやたら恰好良いように響くのかもしれないが、現実的・倫理的には極めてよろしくない。ダメ、絶対。
さて、だ。
つまるところ人数云々が問題なのではなく、《トモダチ》を作る、その行為そのものが多大なる問題を孕んでいるのである、という明白な事実を十二分にお分かりいただけたのではないだろうか。
となれば、だ。
結論――友達は作らない。これこそが賢者の選択なのである。
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