二章 『下山、そして就職』その2
ギルドはミーティンの中心部にあった。
建物は木とレンガを合わせた二階建てで、その入り口はひっきりなしに人が出入りしている。俺とリーリエがその扉をくぐると、あちこちから視線を感じた。
途中でちょっとしたハプニングもあったが、ここに来る前に無事服屋に立ち寄れた。今の俺は上下黒のつなぎを着て腕まくりをしている。
もうちょいデザイン性のある服があれば良かったのだが、残念ながら俺の体格で着られるのがこれしか無かったのだ。
それでも蛮族スタイルよりは全然マシ……なのだが、どうも服を替えたくらいじゃ俺の異様さはイマイチカバー出来ていないようだ。
「見られてるな」
「ムサシさんは見ない顔ですし、私はその……はは」
気まずそうに、申し訳なさそうにリーリエは笑う。オイオイオイ、ここリーリエの味方いねーのかよ。
「言っとくけど、リーリエはなんも悪くないぞ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です、いつもの事なので」
「悲しい事言うなよ……」
「あはは……それよりも、手早く手続きを済ませてしまいましょう」
「う、む。そうだな――あん? なんだアレ」
そそくさと受付に向かおうとした時、何やら窓口周辺の空気がおかしい事に気付いた。
見てみると、俺達が話しかけようとしていた受付嬢と男が問答している。と言っても、男が一方的に話しかけ受付嬢が冷静に受け流そうとしているという感じだ。
耳を澄ませてみたが、男が話している内容はどう考えてもスレイヤーの業務関係の事じゃないぞありゃ。
「あれは……赤等級スレイヤーのジークさんですね」
「有名人か?」
「悪い意味で、ですけどね」
嫌なものを見るような目で、リーリエが溜息を吐く。なるほどね、あの優男相当ろくでもない男らしいな。
「彼、ああやって自分が気に入った女性をいつも口説いているんです。それでその……口説き落とした女性を自分の周りに侍らせているといいますか何というか」
「えぇ……て事は、今アイツの後ろにいる五人の女は」
「はい、彼に口説き落とされた女性スレイヤーです」
「マジかよ……」
じゃあ何か、後ろの女性陣は自分らの男が新しい女口説いてるのを黙って見ている感じなのか? ヤバッ!
まぁ確かに顔はいわゆるイケメンの部類に入るだろうし、肩書も赤等級だもんなぁ。釣られる女性は多そうだ。現に見える範囲で五人いるし……ただ目当ての受付嬢には全く相手にされてないようだが。
「うーん、しかしこのままずっと眺めてる訳にもいくめぇよ」
「そうですね。スレイヤーの新規受付を担当しているのはアリアさんだけですし……」
「あの受付嬢アリアさんっていうのか。ふーん……よし、俺に任せとけ」
「……何ででしょう、凄く嫌な予感がします」
若干顔が引き攣っているリーリエと共に、俺はズンズンとアリアさんとイケメンがいる受付カウンターへと近づいて行った。
「――ですから、今は業務中ですのでそういったお話をするのはやめて下さい。他の方に迷惑です」
「おや、それは仕事が終わったらボクの話を聞いてくれるって事かな?」
「お断りします。業務が終われば貴方とは受付嬢とスレイヤーという関係ですらなくなります。赤の他人の下らない話に付き合う義理はありません」
「そのいつもと変わらないクールな態度もステキだね、ますます――」
「はいドン!」
「グヘェアッ!?」
「「「「「ジークくん!?」」」」」
ナンパを続けようとするイケメンを、俺は一も二も無く歩くスピードをそのままに胸筋アタックで吹き飛ばした。
突然横から襲った衝撃に、イケメンはあっけなく吹き飛んで床を転がり、その取り巻きの女の子達が慌ててその傍に駆け寄ろうとする。
が、俺はそれよりも速く動いた。倒れたイケメンの襟首を右手でむんずと掴むと、そのまま出入り口まで一息で駆け抜ける。
「どっせぇい!」
扉を開け放った俺は、丸めたティッシュをゴミ箱目がけて投げ捨てるようにイケメンを外へと放り投げた。
「あ、え……」
「ほらほら、君ら介抱しにいかんでええんか? 完全に伸びてるぞ」
呆然としていた取り巻きの女性陣だが、俺が親指でクイクイと外を指してやると弾かれたように悲鳴を上げてバタバタと駆け出していく。
最後の一人が出て行ったところで、俺は勢い良く扉を閉めた。パンパンと手を払った俺の心は、晴れやかだった。
「ヨシ! これで一件落着! さて、改めて申請――」
「ななな何してるんですかムサシさん!?」
ずんずんと大股で戻った俺の服を掴んだリーリエがガシガシと揺さぶる。いや実際には俺の身体は微動だにしてないが。
「何ってそりゃあ……掃除?」
「バカなんですか!? 確かにその、ジークさん達は迷惑行為をやってましたけれども! 何でわざわざあんな方法を使うんですか! ここギルドですよ!?」
信じられないといった様子のリーリエ。ふと周りに視線を向ければ、他のスレイヤーやギルドの職員も信じられない物を見たという表情だ。
視線が合えば一瞬で逸らすか顔を顰める始末。これはもう……ギルドデビューしくじりましたね、はい。
「しょーがないだろ!? アレが一番手っ取り早いし確実だったんだよ!」
「口で言えばいいじゃないですか!」
「俺の筋肉は言葉よりも雄弁」
「は?」
「スイヤセン」
「お二人とも、落ち着いて下さい」
俺とリーリエが問答をしていると、間に落ち着いた声が割り込んだ。視線を向けると、そこには窓口の向こうで立ち上がりすっと右手を挙げている受付嬢――アリアさんの姿があった。
「あ、アリアさん! ごめんなさい、こんな事になっちゃって……まさかここまで無茶苦茶な事をするとは」
「いえ、構いません。いい加減業務の邪魔でしたので、そろそろ摘まみ出そうと思っていましたから」
ペコペコと頭を下げるリーリエにアリアさんは薄く笑みを浮かべて、コホンと咳払いをした。
あ、この人リーリエの味方だ。少なくとも街中で出会ったバカ二人から漂ってきていたドブみたいな臭いがしないもの。俺は鼻がいいんだ。
「それでリーリエ、本日はどういったご用件でしょうか」
「えっと、スレイヤー登録の手続きを……」
「スレイヤー登録……それは、隣にいる彼が行うという事でしょうか?」
アリアと呼ばれた銀髪のエルフの受付嬢が、クイッとメガネを指で上げながら俺を一瞥する。
視線は鋭い。そりゃアレを目の前で見ちまったら当然か、突発的とはいえ自分も関わってる訳だし。
リーリエが居なかったら追い出されてそうだなと思いつつ目を合わせる。こういう時はこっちから話しかけちまうのが吉よ。
「どうも。リーリエに紹介されてスレイヤーになるためにここまで来たんすけど。あ、自分ムサシっていいます」
「初めましてムサシさん、ワタシはアリア。このギルドで受付嬢をさせていただいておりますので以後お見知りおきを」
ぺこりと頭を下げるアリアさん。俺も返す形で頭を下げたが、間にある空気はちょっち冷たい。いや、憎しみとか侮蔑じゃないだけ全然マシなんだけれども。
「それでは必要な書類を用意いたしますので、それまであちらの方でお待ち下さい」
そう促されたホールの先には、衝立で仕切られた空間があり、その奥には椅子とテーブルが設置してあった。
「それと」
「はい?」
「次からは、もう少しスマートにお願いしますね」
「……ウッス」
ガッツリ釘を刺された後、指示に従い俺とリーリエはそこで椅子に腰かけてアリアさんが書類を持ってくるのを待つ事にした。
ミシィッ!
……空気椅子をキープしよう、うん。俺の体重だと椅子がお陀仏しそうだ。
「手続きって書類書くだけでいいのか?」
「いえ、書類とは別に
「げっ」
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