二章 『下山、そして就職』その1
山を下りてから二日、馬車は無事目的の場所――ミーティンへと辿り着いた。
御者のおっちゃんに別れを告げて、俺とリーリエは並んで街へと足を運ぶ。
「おぉ……人や、人が沢山おる……!」
「今はお昼近くですから、特に人出は多いですね」
この世界に来てから初めて人の文明圏に入ったからか、自然と心が躍る。そんな俺の様子を見て、リーリエがクスリと笑った。
ヒト族・エルフ族・ドワーフ族・獣人族……なるほど、帰りの馬車でちらっとリーリエから聞いていた通り本当に色んなヤツがいる。
ちなリーリエはハーフエルフらしい。ヒト族の母ちゃんとエルフ族の父ちゃんって塩梅だとか。俺からするとワールドワイドな感覚もするが、この世界だと種族を超えた婚姻は普通らしい。
「お気に召しましたか?」
「応よ! あ、でもちょい待ち」
「?」
「んー、さっきから何か俺達……正確には多分俺だと思うんだけど、やたら注目されてる気がするんだよなぁ」
そう、先程からすれ違う人々が一瞬俺の顔を見てすぐさま視線を逸らすという行為を延々と続けており、流石の俺も気にせざるを得なくなってきたのだ。
「え? あぁそれは多分……その、何と言いますか」
「何だ? 俺に原因があるならはっきり言ってくれ」
「えっと、その……今のムサシさんの格好は非常に個性的といいますか何というか……この街の中では中々見ない珍しい出で立ちをしているので、多分そのせいではないかなぁ、と」
「格好……?」
リーリエが顔を背けながら言うので、俺は改めて今の自分の姿を確認してみる。
今着ているのは山暮らしの時に仕留めた獣の毛皮から作った上着に、同じく獣の皮から作った腰巻。靴は一応作ったのはいいものの長らく拠点の隅に放置されていた草鞋を履いている。
そしてそれらを纏っているのは身長二メートル、黒髪で全身筋肉のいかつい男……。
「――蛮族じゃねぇか!!」
「今更ですねぇ!」
街の中にいきなり得体のしれない毛皮を纏った巨人が現れたら、そら誰でも見るわな。てかぶっちゃけるとそれ相応の悪意も混ざっている。見下すというか、そんな感じ。今の俺には全部分かっちゃうんだよねぇ。
しかもその隣には、白を基調としてそれを青いラインで縁取りした生地と、要所をカバーする金属プレートを組み合わせた品のいい防具を身に着けたハーフエルフの美人が歩いているので、尚の事悪目立ちしている。
「これ、最初に衣服整えた方がいいんじゃねぇのか……」
「あ、今向かってるのはギルドじゃなくて服屋ですよ? その辺りはぬかりありません」
「マジすか先輩!」
「先輩はやめて下さい……流石に今の格好でギルドに行ったら衛兵呼ばれちゃいますよ」
「間違いないな」
まずはもうちょっと文明人らしい格好になろう。ギルドに向かう前に服を調達しなければ……またリーリエに金を借りる事になるな。いい加減情けないからさっさと金稼げるようになろう。
「――おいおい見ろよアレ、〝能無し〟が何か引き連れてんぞ」
そんな時、不意に前方から不躾に声を投げつけられた。しかも何やらよろしくない単語を含んでいる。
声がこちらに届いた瞬間、リーリエの身体が強ばるのが分かった。咄嗟に俺は一歩前に出てリーリエを背後に隠す。
近寄ってきたのは二人組の男。街の住人と大きく違うのはその出で立ちで、あからさまに武装していた。
感覚で分かる。間違いなくスレイヤーだ。
「うおっ、何だこいつ……」
「山猿か何かか?」
俺の姿に一瞬怖じ気づいたが、すぐにその意識は背後のリーリエへと向けられる。おいおいちょっとやめてくんない? リーリエが怖がってるんだが?
「おい〝能無し〟、もしかしてコイツお前の仲間か?」
「……そう、ですけど」
消え入りそうな声で答えたリーリエ。それを聞いた二人は顔を見合わせ――大きく笑った。
「ぶっ……はははははは! マジかよお前、ギルドでパーティー組めないからってこんな山猿みたいなヤツと組んだのか!?」
「なりふり構わず過ぎだろ!」
ゲラゲラと笑う男二人に、リーリエは何も言い返さずただ黙って俯いていた。
これは想像していたよりもずっとリーリエの環境はしんどいみたいだな。普通街中でこんな因縁のふっかけられ方はしない、あまりに理不尽だ。
周りに何人か人間はいるが、みな遠目に眺めるばかり。ちらほら見える他の同業者とおぼしき奴らにいたっては、ニヤニヤ笑うか鼻で嗤うばかりだ。
……ムカつく、猛烈にムカつく。まだまだリーリエについて詳しく知っている訳じゃないが、俺を人間の世界に連れ出してくれた相手にこの仕打ち! ひっじょーに胸くそ悪い!
と・な・れ・ば!
「ま、お前見てくれだけはいいからな。山猿の方は言葉が通じるのかも怪しいし、大方股でも開いて――」
不快な言葉が紡がれるより速く、俺は一瞬で片方の男の背後へと回り込んだ。このボンクラじゃ視認すら不可能な早業。そして手を合わせてピストルの形を作り――
「カンチョオオオオオオ!!」
「がっ!?」
筋肉を躍動させながら放つは、日本男児必修科目の定番技――カンチョーだ。
ズンッ! と音を立てて男の身体が少しだけ浮いた。当然だ、今の俺が繰り出すカンチョーはそんじょそこらのヤツとは違う。さしずめケツにぶち込まれるキャノン砲!
防具だって鋼を遥かに上回る超硬指先を防ぐ事は出来ない。男は一瞬で白目を剥いてその場に昏倒した。
「は、あ?」
「リーリエ! 目瞑れェ!」
「え!? は、はい!」
何が起きたか分からないといった感じのもう一人の男を無視してリーリエに鋭く声を飛ばす。言われた通りにリーリエがきゅっと目を瞑ったところで、男と視線が合った。
俺はニッコリと笑って告げる。
「お前暑そうじゃん、通気性良くしてやるよ」
言うが早いが、俺はシュパッと腕を動かして男の腰をむんずと掴む。万力の握力でベルトを握りしめたまま――一気に、ズボンと防具を下へズリ下ろした。
「ぎゃああああああ!?」
「ハッハッハッ! いい格好じゃん、動きやすそう!」
瞬きする間もなくフル◯ンにさせられた男は地面に転がり、股を手で隠しながら俺を睨み付けた。
「てっ、テメェ! いきなり何しやがる!」
「うるせぇこの野郎! いきなり他人様の仲間にクソみたいな絡み方しやがってよォ、気分悪いんじゃ!」
「お、お前そいつの事何も知らないのか? リーリエはミーティンのギルドじゃ一番の役立たず――」
「じゃかぁしいわボケ!」
一喝して男を黙らせると、俺は手に持っていたズボンと防具をクシャクシャと丸めて思い切り遠くへと投げ捨てた。
「お前らのご認識なんざ知ったこっちゃないわ! 誰がなんと言おうとリーリエは俺の仲間で、俺はリーリエの仲間なんだよ! そのリーリエを目の前で侮辱したんだ、この程度で済んでありがたいと思えタコ助!」
「てめぇ……後悔するぞ。そいつと関わって、こんな真似して」
怒りでわなわなと震えながら口を開き続けようとした男ともう一人の昏倒している男の首根っこを俺は掴む。
そして遠慮無しに、遠くへとブン投げた。
「うわあああああああああああ!?」
「じゃーなー。二度と現れるなよクソが!」
遠ざかっていく叫び声を聞きながらふぅと俺は一息吐く。悪は去った、第一部完!
「リーリエ、もういいぞ。目を開けろ」
「は、はい……あの、ムサシさん」
「リーリエ、一つ聞かせてくれ。お前、いつもあんなんに絡まれてんのか?」
真っ直ぐに問う俺に、リーリエは押し黙った。言葉が無くても分かる、この沈黙は肯定だ。
「……ごめんなさい。やっぱりムサシさんは別の人達と組んだ方がいいと思います。私と一緒にいたらまた巻き込んで」
「嫌です」
「で、でも!」
「い・や・で・す。いいかリーリエ、よく聞け」
尚も食い下がろうとするリーリエを制し、俺は目線の高さを合わせて語りかけた。
「お前の事情は詳しくは知らない。だが少なくとも今のやり取りで大分……というか、かなり厳しい環境に居るのは分かった。だがそんなのは俺の知った事じゃないんだよ」
「………」
「あいつら俺の事山猿って言ってたよな? そうなんだよ、今の俺は周りから見たらやたら身体がデカくて強面で蛮族みたいな格好してる野蛮人だ。見た目だけで忌避される。でもそんな俺に手を差し伸べてくれたのがリーリエなんだ」
「そ、それは……」
「だから!」
ニッと俺は笑ってリーリエの頭に手を乗せる。そしてポンポンと、優しく撫でた。
「だから俺は、付いてきたんだ。コイツとなら頑張れる、いざという場面で前に出られる強さを持ったコイツとならって」
「ムサシさん……」
「そんな顔するなよ」
ガガガッと胸の内を聞かせた俺に、リーリエは泣きそうな顔になる。俺は手を引いて腕を組み、胸を張った。
「俺は馬鹿だ、これ以上は難しく理由付けなんか出来ん。ともかく! 俺はリーリエの傍に居るし、見捨てるような真似もしない! 今はそれでいいの!」
「……ありがとう、ございます」
「気にするな! ああでもあれだな……その内、気が向いたら昔の事とか話してくれると助かる。嫌な記憶かもしれないけど、知っておきたいんだ。仲間の事だから」
「はい、分かりました。いつか必ず」
「うむ。さて、じゃあ気を取り直して服屋に向かおう。てか人集まってくるから、長居は無用だ」
「そうですね。あ、でもムサシさん」
「何だ?」
「あの、助けてもらってあれなんですけど……次からはもう少し穏便に」
「無理だと思う」
「そ、そんなぁ……」
「大丈夫だって、メインでヘイト集めるのは俺だからな!」
「それは私が嫌なんですよ……ムサシさんが皆からそういう目で見られるのが」
自分は無敵だと言わんばかりに筋肉を見せつける俺。リーリエは最後に小さくボソリと何か言った気がするが……まぁええやろ。
とにかく、さっさとここを離れよう。目指すは服屋だ。
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