透明(短編)

黒木悠里

side-y

「ようちゃんのお嫁さんになりたい」

「俺も」

「お嫁さんに?」

「違うって、わかってんだろ」

「うん」


そう約束した。






あれから5年が経過した。俺は高校2年になっていた。そして彼女も生きていたら高校2年生をむかえるはずだった。

あれからさまざまの事が風のように吹き去り、俺を置いていった。家も、店も街もすべてが変わり、もはや変わらぬものの数を数えている方が嫌になっていった。

俺はあの日からずっと変わらぬものを追いかけていた。だからだろうか、夏になったら神社に涼みに行く。昼でも、夜でも


夏のある晩

俺は夏の暑さで起きてまだ日の出が出ないうちに神社へと駆け込むようにやってきた。空はまだ暗い。いつまでも暗くてはいけないのに

鈴の音がした。だから俺は誰かがいるのかと後ろを向いた。けれど、こんな早朝に誰もいなかった。そう思ってたんだ。どうせ猫だろう犬だろうだなんて考えていた。


「ようちゃん」


彼女は驚いた。彼女の口がふさがらない。

彼女は俺と同じ時間を刻んでいた。身長はあの頃より少し高くて、髪の毛も伸びていて、伸びた髪の毛をゴムで束ねていた。けれどあの声を忘れるはずなんてなかった。あんなに好きだったのに


「いつみ」


彼女はじりじりと後ろに下がっていった。

ここで彼女を見失ったら、もうどこにも行けっこない。俺は俺自身の事を理解していた。

急いで彼女に駆け寄り腕をつかんだ。離しちゃいけないとわかっていて、強く握る。けれど彼女は痛いんだろう。


「どうしてここに?」


彼女はしゃべってくれない。唇は何かを伝えようとしているのに


「君に逢いたかった」

「先に・・・」


彼女は言うより早く涙をこぼしていた。


「いって、ごめ・・・」


何を言ってるんだろう。今ここでしゃべっているのに


「会えてよかった」

「ようちゃん、ようちゃん」


彼女の嗚咽が激しくなった。

俺は気づいたんだ、彼女はここにいないって。

朝日が見えてきた。それとともに彼女の髪の毛が透けてくる。髪の毛だけじゃない、肩も手も、足もすべて


「もうちょっと後に、会いに来ようって思ってた」


彼女は嗚咽を殺してしゃべる。


「もうちょっとで私は消える」


だから最後にしゃべるんだとでもいうように。


「なんで」


「会いたかったから!ようちゃんに」


違う、なんで消えるんだ


「どうして、俺に別れを言ってくれなかったんだ」


あの時、言えなかったことを言おうと思っていた自分の後悔を打ち明けようと思っていたのに、なんでこんな言葉が


「だってようちゃん絶対許してくれなかったでしょ!私嫌だった。ようちゃんには笑っていてほしかった。だから」


だめだ、わかってるんだ。俺が圧倒的に悪い。ごめん

そう思って。言えなくて黙って体を包み込む。


「お嫁さんになりたかったんだよ」


「ごめん」


朝日が昇って、彼女が俺の手から逃げて。光りに溶けて行った。

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