19.テスト勉強と香水
わたくしはどんなテストでも基本満点だ。
殿下は満点とまでは行かないが非常に優秀な方だと言えるだろう。そんな殿下がわたくしに教えを乞う理由はあるのだろうか。わたくしより専属の家庭教師の方が手間もはぶけて都合もいいだろうに。
『まだ』婚約者である手前、二人で勉強をすることは咎められることは無いが、わたくしからすれば婚約破棄をしたいのに外堀から埋められている気がしていい気分ではない。
「殿下、専属の家庭教師の方にお願いされる方が宜しいのでは?そちらの方が殿下もよろしいでしょう」
「家庭教師と君と。それほど大差はないどころか私は君の方が優秀だと思うんだ。優秀な方に教わりたいと思うのは自然なことだろう?」
優秀だと言われれば断りにくい。元からあまり外出しない上に完璧過ぎて習うことがほとんどないと言われたわたくしは基本的に暇だ。時間が有り余っている。
今世はこの有り余る時間を友人と過ごす時間に使おうと決めたところなのに、初っ端からまた殿下に計画を邪魔された。
「わたくし教えるのは上手くないと思います」
「やってみないと分からないだろう?」
「下手だったら?」
「その時はその時だよ」
その時はその時って…どうなさるのよ。
「いつなら空いている?」
「基本的にいつでも空いていますわ」
「週末ならどうだ。1日いられるし、王宮ならそれなりのもてなしもできる」
「…分かりました」
わたくしが半ばため息をつくかのように返事をすると、満面の笑みで「待っている」と殿下はいい去っていった。
その様子を爪を食んで見ている人物がいた。
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「クローディア様、ちょっとよろしいかしら」
殿下が去った後、後ろから声をかけられて振り向くと、鋭い視線を私に向けるジュリア様とそのご友人方の姿があった。
「どうなさいました?」
「貴女、ジルベルト殿下にお誘いされたのに少しは嬉しそうにしたらどうかしら。嫌味のつもり?」
「…はい?」
「少し顔がいいからって調子に乗っているのではなくて?」
この方は何を言っているのだろうか。わたくしは誘われたが正直気乗りかしなかった。気乗りしなかったから確かに嫌そうには見えたかもしれないが、それは正直な反応だ。
「顔はうまれつきですが…」
「っ…!?本っ当に嫌味ったらしい女ですわね!殿下と同じ香水なんて厚かましいっ!形だけの政略結婚のくせに愛されアピールですの?」
「そうですわ!」
「殿下の婚約者にふさわしいのはジュリア様ですのに!」
「たかが人形ごときが!」
ジュリア様のご友人方が口を揃えて言う。
ラベンダーの香りは殿下と同じなのね。知らなかったですわ。というか政略結婚なんて貴族では当たり前ですのに。
そう思い反論をしようとするがそれもまた遮られる。
「こんな女に形だけでも優しく接しないといけない殿下が不憫ですわ」
「わたくしは殿下に優しくして頂きたいと言った覚えはありませんわ。殿下がご自分の意思でなさっていることです」
「……なによ。貴女生意気にも程がありますわ!」
ジュリア様の手を見ると、そこには小さな瓶か握られている。
「その嫌味たらしい香水を変えなさい!殿下の婚約者に相応しいのは私なのよ!」
ばっと手を振りあげ瓶をわたくしに投げつけた。咄嗟に手で防ごうとすると、当たった衝撃で小瓶は砕け、破片が勢いよく顔に向かってくる。
「いたっ…」
顔に手を当てると自身の手袋に赤いシミが少し広がる。次いで安物の香水のキツい匂いが身体中から立ち込め鼻をかすめる。
「いい気味よ。あなたにはラベンダーなんて似合わないわ。その下品な安物がお似合いよ」
くすくすと笑いながらジュリア様達は去っていった。
クローディアはその場にしばらく立ち尽くした。
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