10.お昼休み

一通り午前の授業を終え、昼食を食べるために中央庭園へ向かう。中央庭園はこの学園の象徴と言えるほど立派で美しい庭園だ。中央庭園の隅は基本的に静かで、人の気配もほとんど無いため前世からお気に入りの昼食スポットだ。



「ふぅ、分かっていたとはいえ教師も生徒もとことんやってくれるわね」



一人ベンチでため息をつく。

1限目以降も酷いものだった。作法、妙に厳しい採点、ダンスではパートナーに足をわざと踏まれ、引っ掛けられ。



「皆わたくしを落とすために必死のようね。他にやることないのかしら」



黙々と昼食を食べる。この場所以外に落ち着けるところは今のところ学園には無い。唯一の楽園と言えるだろう。恐らくこの場所は学園にいる生徒の殆どに知られていないはずだ。誰も進んでこんな端に来ないだろう。



小さな薔薇のアーチに二人座る程のスペースしかない丸いテーブル。横には小さな池があり、小さな魚がゆらゆらと泳いでいる。ここは心が安らぐ。周りの喧騒を一切聞くことのない自分だけの空間だ。



一通り全てを食べ終え、紅茶を口に含み一息つく。午後からはまたあの碌でもない教室で碌でもない授業を受けないといけない。



―――めんどくさいわ。



いっその事医務室で休んでやろうかしら。


いや、そんなことをしても根本的な解決にはならないし、また仮病だのなんだの言われるのはめんどくさい。結局授業に参加しなければならないのか…。

そんなことを考え始めた時、クローディアのすぐ後ろの薔薇の植木がガサッと音を立てて揺れた。



「やあクローディア。私も一緒にいいかい?」




なんで…



動揺のあまりカップを落としかけた。



―――なんで殿下がここに居るの!



いや、学園の庭園なのだからおかしくは無いのだが、今まで誰にも知られなかったクローディアだけの隠れ場所がどうしてバレているのか。偶然なのだろうか。



「それはよろしいですが…ひとつお聞きしても?」



「あ、あぁ」



「殿下、どうしてわたくしがここにいることがお分かりになりましたの?今まで誰にも知られなかったのですが…」



殿下の肩がビクッと跳ねた。



「それは…だな、あれだ、あれ。そ、そう!散歩をしていたらだな!クローディアが見えたから気になって来たのだ!」



…嘘、ですね。そんな丸わかりな嘘をどうしてつくのだろうか。まぁ何かしらの事情があったのかもしれない。ここはそういうことにしておこう。




「それはそうと、庭園の隅にこんなにも美しい場所があったのだな。今まで気づかなかった」



殿下が呟く。それはそうと殿下と小さな薔薇の庭園…




絵になりすぎですわ!!


恋愛事には何ひとつとして興味のないクローディアだが、この組み合わせは似合いすぎる。指に小鳥を止まらせれば大抵の令嬢は恋に落ちるだろう。あんな大胆な嫌がらせを出来るのも頷ける。



わたくしはとんでもない方と婚約しているのですね。早く破棄しなければ平穏な学園生活が脅かされますわ。というかもう脅かされていますが。



「久々の学園はどうだい?」



殿下がわたくしに問う。



「楽しいですわ」



「…本当に?」



「ええ」



「ならいいのだが…。正直以前のように嫌がらせでも受けているのではないかと思ってね。大丈夫なら良かった」




正直全然大丈夫では無いのだが、無駄に心配させるよりもわたくし一人が我慢すれば済むこと。



「ご心配頂きありがとうございます。ですが見ての通り大丈夫ですので」



少し冷たく言ってしまったような気がして申し訳なくなる。いや、別にいいか。冷たくして婚約破棄してもらえれば。



「そういえば殿下、体調の程はいかがですか?」



「体調?」



「はい。朝は熱がおありのようでしたので…」



殿下が固まる。



「クローディア、済まないが今朝のことは忘れてくれ。私は熱もなかったし体調も悪くなかった。少し動揺しただけだ」



「?はい…」



「ところでクローディア、今日の放課後、時間はあるかい?」



放課後?



「はい。時間ならありますがどうなさいました?」



「この間のお見舞いの時の話、途中で中断してしまっただろう?続きをちゃんとしたいと思って」



「分かりました」




これって婚約破棄のチャンスだわ!放課後までに策をねらないと!!



クローディアは意気込んだ。










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