2.変化

私の名はジルベルト・ルーン・サードニクス。サードニクス王国の王太子だ。今隣にいるのは私の侍従であり乳母兄弟のアラン。




「殿下、先程のクローディア嬢、どう思いますか」




クローディア・フィオレローズ。彼女はこの国の筆頭公爵家の令嬢として生まれ、それにふさわしい容姿、学力を併せ持つ。しかし常時無表情で全てを事務的にこなす、噂通りの「人形令嬢」だった。




そんな彼女が学園の始業式で倒れてから早3日。婚約者の義務として彼女の屋敷に見舞いに行ったのだが…




「あぁ、明らかに何かがおかしかった」




彼女は人形令嬢。そう呼ばれるだけあり感情なんてものを微塵も感じられない言動と眉ひとつとして動かない無表情が当たり前だった。今回の見舞いもいつものように事務的な会話で終わるのだろうと思っていた。





だがどうだ。





彼女は目を覚ました瞬間、目を見開いた。そしてカタカタと震えていた。今までになかった感情らしきものが見て取れた。しかし────




「酷く、怯えていたな」




彼女に芽生えた感情。あれはどう見ても恐怖と混乱と怯えだった。一体、何に対してだ?




彼女は公爵令嬢という立場から、過去に何度か危うい目には会っていた。しかし、どんなに命の危険があった事件でもいつも「大丈夫です」の一言ですましていた彼女が怯えるほどの、何か。




悪い夢でも見ていたのか?いや、夢ごときが彼女が取り乱すきっかけを作れるとは思えない。




「アラン、暫く彼女の観察を頼む。体調などに変化があればすぐに報告するように」



「りょーかいです。でんか」



「…相変わらず軽いな」



「いつものことでしょう?ジルベルト」



「はぁ…」




こんなにチャラチャラしたやつに何故か仕事ができるのが腹立たしい。



「…と、こ、ろ、で、ジルベルト。君さっきちょっと顔が赤かったけど熱でも出た?」



…こいつ。ニヤニヤしているのがまたムカつく。



「そりゃそうだよねー、社交界一の美人のクローディア嬢が、初めて表情を作ったもんね」



「…」




「思わず俺もドキッとしちゃったよ。あはははっ!」




思わず反射的にアランを睨んでしまった。




「げっ、そんな顔しないでって!じ、冗談だからっ!」





「あぁそうだよっ!不覚にも!?少しときめいてしまったのは認める!」




「へ?」




「大体なんなんだ彼女は!あんな見た目で怯えられて…うるうるした視線を向けられて…かわいいと思わない男がどこにいるっ!?」




「お、おう…」




正直、いやかなりキュンときた。守らないと、と庇護欲をかき立ててきた。あの破壊力は半端ではなかった。今まで幾度となく会話を重ねてきたが…




―――私の婚約者があんなに可愛かったなんてっ。どうして今まで気づかなかったんだ。




「でも殿下、いいんですかー?殿下には初恋の人が…」




「いいも悪いもあるか。クローディアは私の正式な婚約者だ。それに、俺の初恋は存在しない人なんだよ」




「夢で出会った少女、ハンナ。ね」



私が6歳の時、王宮の庭園で出会った少女。年齢はきっと同じくらいだった。ウエーブがかった長い金髪は、毛先に行くほど桃色がかっていて、宝石のように輝く瞳は角度によって色を変えた。実に不思議な少女だった。大輪の薔薇が咲いたような笑顔にいつまでも聞いていたくなるような透き通った声。




彼女は私にハンナと名乗った。




ハンナとの会話は非常に楽しかった。普段聞けないような話を聞き、いつも王子として話しかけられ1人の人間として話しかけられたことなどなかった私は彼女に恋をした。




しかし、その日以降ハンナと会ったことは1度もなく、国王である父でさえそのような名前の令嬢はいないといい、見張りをしていた騎士に尋ねても誰もそんな少女は見ていないというのだ。




この世界にグラデーションの髪なんて存在しない。というか生物的に髪の色が途中から変わるなんてありえない。しかし同時に染髪技術もない。ありえない、本当にありえないが彼女の髪は地毛なのだ。そんな特徴的な髪の令嬢が居ないわけないがいないと言われればいないのだ。



肩を落とす私に母上は「夢で天使様に出会ったのよ。あなたは幸運の王子ね」と言われ、納得をした。



私が出会ったのは天使様だったのだ。それならあの不思議な雰囲気もうなずける。




「ハンナは素晴らしい人だったんだ…」




「…また始まった。殿下のハンナ様」




「ハンナは存在しないんだ。今、私が好きなのは…すき…なのは…」




「はいはい、クローディア嬢でしょ」




「とっ、とにかくだ!彼女の周りには注意しておいてくれよ!話は以上だ!城へ帰るぞ!」




「…もしハンナとクローディア嬢に同時に告白されたら殿下はどうするんだろう」



アランは明るく笑った。



「ん?今なにかいったか?」




「いいや、なにもー!」




この乳母兄弟は大変仲が良いようだ。今日の天気にピッタリな明るい笑顔が2人の顔に浮かんでいた。

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