プロローグ5
わたくしはアイシャ様が倒れたあと、すぐにリリアを公爵邸に送った。事を公爵家の人達に伝えるためだ。
リリアはお茶会の場にいた。ことの真相を事細かに話せるだろう。
「おまかせください!」
リリアはわたくしにそう告げると、足早に公爵邸に向かった。
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「とりあえず事情聴取はここまでだ」
王宮の文官からの調査を終え、この騒動の真相を探るためわたくしは足早に公爵邸へと帰路を急いだ。リリアにも詳しく話を聞かなければいけない。一体だれが、何の目的でアイシャ様に毒を盛ったのか。
「今帰ったわ!リリア!リリアはどこ!」
わたくしは声を荒らげてリリアを呼んだ。
返事がない。いつもならすぐに返事をして私の元に駆けてくるはず。
────いない。
どこを探してもリリアは公爵邸にいなかった。他の使用人たちに聞いても、リリアは帰ってきていない、と言うのだ。
──────まさか
まさか。リリアに限ってそんなことはあるはずない。そんなことは…
クローディアはすぐに馬車を出した。リリアが通ったと思われる道を辿る。使用人たちがいつも通る美しい湖のある道を。
馬車を出して数分。わたくしは眼下に見える湖に違和感を感じ、馬車をおりた。
月の光がキラキラと反射する湖の岸に、まるで捨てられたかのように血みどろの何かが横たわっている。
「…リリア?…リリア!?」
私はリリアに駆け寄った。幼い頃から共にいたリリアは間違えようがなかった。だが信じたくなかった。これはリリアでは無い、と。
「リリア!リリア!!」
揺すっても返事はかえってこない。
視界が歪んでくる。わたくしは人形と言われる令嬢。感情なんてないはずなのに。一筋の雫が頬を伝う。
その時、リリアの指先がぴくりと動いた。
「リリア!?」
ゆっくりと目が開かれる。が、焦点があっていない。
「…お…じょうさま?」
「リリア…待っていて!今すぐ医師を!」
そう言うわたくしのドレスの裾がツン、と引っ張られる感覚がした。
「…リリア?」
リリアが血だらけの手でわたくしの裾を握り、ふるふると首を横に振った。
「大丈夫よリリア。わたくしがそんな傷治しきっと、治してみせるわ。だから!」
「おじょ…さま」
リリアが掠れた声で呟く。
「な…に?」
「お嬢様がお泣きになられたのは…いつぶりでしょうか」
わたくしは、ないているのか?わたくしが泣いたのは…これが最初のはずだ。わたくしは感情のない人形令嬢なのだから。
「お嬢様は、昔、笑顔溢れるお方でした…。奥方様や…旦那様に愛さた…天使のような…」
お母様…お母様はわたくしの記憶にはない。わたくしが6歳になる頃に病気で亡くなられてしまった。6歳になるまで共に居ながら一欠片としてお母様のことを覚えていないというのはわたくしはやはり所詮人形令嬢なのだろう。
「奥方様か亡くなられてから…お嬢様は感情と記憶全てを心の奥底に閉じ込められてしまわれた…まるで全て…なかったかのように…」
リリアが語っているのは、わたくしの過去なのだろうか。本当に何ひとつとして覚えていない。まるで他の誰かの話を聞いているようだ。
「それでも…私は信じておりました…いつか…お嬢様が…また…昔のように…笑ったり…泣いたり…わがままいって…周りの人達を困らせたり…」
頭が混乱し始める。わたくしは…わたくしが分からない。何か…なにか大切なものを忘れているような気がする。漠然とした、何かを。
ふと、リリアがわたくしの頬に手を伸ばし、優しく撫でた。そのままとめどなく溢れる雫を拭う。
「お嬢様は決して…人形などでは…ありません。お嬢様は…とても…とても優しすぎるのです。優しすぎるが故に…ゴホッ!ゴホ!!…」
「リリアッ!」
「お嬢様…わたしは…お嬢様のお側にいられて…大変幸せでした…」
そう、笑顔で呟いた後、リリアの体中から力が抜け、アクアマリンのような瞳から光が消えた。
「りり…あ?ねぇ、嘘よね?」
ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
人は大切なものは失ってから気づく、というのは本当のようだ。
リリア…皆が避けていた人形のようなわたくしに声をかけて、いつでも明るくて。いつでも私を信じてくれて。姉のような存在だった。
月の光が輝く美しい夜の湖に、リリアの亡骸と共にわたくしの涙と叫びが消えていった。
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