プロローグ6

リリアが死んでから数日、アイシャ様が目覚めた知らせと共にわたくしの耳に信じられない噂が飛び込んできた。




────クローディア・フィオレローズ公爵令嬢は婚約破棄された嫉妬に狂い、アイシャ・コーラル子爵令嬢を毒殺しようとした。それに失敗したためお茶会の場にいた公爵家のメイドと王宮のメイドを殺した────



なんで。どうしてそうなったのか。わたくしは、何もしていなかったはずだ。彼女にティーポットを渡され、いつも通りの手順で紅茶を入れた。なにが、いけなかったのだろうか。





わたくしが一人混乱する中、周りの変化は早かった。




わたくしは地下牢に入れられた。もちろん無実を訴えた。が、わたくしのティーカップには毒が入っていなかったことや、周りのメイドたちのわたくしのアイシャ様に対する態度に関する証言でありもしないシナリオが作られていった。



わたくしが嫉妬に狂う?わたくしは殿下に愛は愚か恋心すら抱いていない。日頃からわたくしや公爵家にいい印象を持っていなかった貴族達が今を好機とジリジリと追い詰めてくる。



地下牢で一人、わたくしは考える。



…噂では、メイドは全員殺されたという。メイドはわたくしがアイシャ様のことを気に入らない様子だった、と伝えた後、殺されたのだ。



何故殺されたのか。それはあのお茶会の場にいたから。何か犯人に都合の悪いことがあったこら。その中の一人にリリアがいた。


だとしたら。リリアはわたくしがあのお茶会に行かなかったら死ななかったかもしれない。



私のせいで…。



いや、今はそんな弱気なことを考えている暇はない。ここを出ることを考えなければ。



どうすれば…「クローディア・フィオレローズ。出ろ」




えっ?




何かわたくしが言う間もなく、鎖を引っ張られ外に連れ出された。





あぁ…久しぶりの太陽の光。こんなに眩しかったのね。




どこへ向かっているのだろうか。ボロボロの簡素なドレスに裸足で。



長い、長い石畳の道を裸足で歩くうちに私の足は血だらけになった。



そして気づけば



────処刑台の上にいた。




玉座には国王、王妃、その隣には久々に見た殿下。そして、毒から回復したアイシャ様がそれはそれは素敵な笑顔で私を見ていた。



「罪状を読み上げる!」



…罪状?罪状とは罪の実状。わたくしは罪など犯してはいない。



「クローディア・フィオレローズ公爵令嬢はジルベルト殿下に婚約破棄を言い渡されたにも関わらず受け入れず、あまつさえ嫉妬に狂いアイシャ・コーラル子爵令嬢の毒殺を試み失敗した後、証拠隠滅のためにメイドたちを殺害した!これは許されざる罪である!よってクローディア・フィオレローズは公爵家から除名し、斬首刑に処する!」





ざん…しゅ…?




「何か言い残すことはあるか」




「言い残すことなどございません。わたくしはそもそも罪など犯していないのです。これは再審議の余地があります。ろくな尋問もしないで勝手にわたくしを犯人と決めつけ処刑するのは道理に反します」




「はっ…何をふざけたことを言っている。紅茶に毒が入っていたのはアイシャ嬢のカップだけだ。これはアイシャ嬢を狙った犯行と言い切るにふさわしい。そしてアイシャ嬢を殺害する動機があるのはクローディア嬢だけだ」



なるほど。この文官の方もアイシャ様の味方なのですね。



「メイド達に見られたからと言って殺害するなど冷酷極まりない。さすが人形令嬢と言われるだけのことはあるな」




下卑た笑みを浮かべる文官。もう取り付く島もない。わたくしの処刑は覆得ることのない確定事項のようだ。



「あのぉ、わたし、クローディアさまとぉ、最後のお話をしたいのですがぁ」




…アイシャ様?何を言っているの?わたくしはあなたと話すことなんて何一つないわ。



「ええ、次期王太子妃様のお望みのままに。おい、最後にお話をできる相手が慈悲深きアイシャ嬢だということに感謝しろよ罪人」




先程から罪人罪人と、うるさいですわ。罪など犯しておりません!




そしてアイシャ様はニコニコとしながら私の所へ来ると、他の誰にも聞こえないような声でこう言った。




「ありがとうございますぅ、クローディア様。あなたのおかげで無事に殿下との婚約が決定致しましたぁ。まさか処刑されることになるなんて私も想像してなかったですぅ。せめて国外追放あたりだと思ってたのですがぁ、人形令嬢に世間の風当たりは強かったみたいですねぇ」




今、なんて言った?ありがとうございます?まるであなたのためにわたくしが罪人になるような言い方に違和感を覚える。



「ココだけの話ぃ、毒は私が自分で飲んだんですぅ。殿下、まだあなたに未練があったみたいなのでしかたなくぅ?あなたを悪人に仕立てないと殿下が振り向いてくれなくてぇ。メイドたちに見られていたのは想定外でぇー、脅して偽の証言を貰ったあと死んでもらいました♡」




死んでもらいました?





お前が殺したのか。リリアを。私を陥れるために。殿下との婚約したいためだけに、リリアは死んだのか。たった…それだけのために。





私の中で何かがふつふつと膨れ上がる。これは「怒り」というものだろうか。




「あなたは本当にクズな人間でいらっしゃるのね」



思わず大きな声で言ってしまった。





「きゃっ!クローディアさまぁ、怖い!」




辺りがザワつく。しまった。これまでもが彼女の計算の範囲内だった。重罪人に慈悲を与えたが仇で返された、わたくしは次期王太子妃の慈悲すら受け取らない自分勝手な女と認知された。



「殺せ!殺してしまえ!」



そんな声が辺りから聞こえる。




「もう終わりだ。貴様は飛んだクズのようだな。」




そう言われ無理やり処刑台に横たえられる。





わたくしの努力はなんだったのだろうか。こんなことのために努力してきたのか。国のためと教えられ、いつの間にか感情なんて消え去り、人形と呼ばれるようになってもなお、わたくしはゴミのように利用され捨てられたのだ。



わたくしの人生はなんだったのだろうか。




銀色の刃が迫ってくる。




あっ…








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