第4話 「Wの喜劇/ヒロインは金髪ツインテール」
ウハハ ウハハッ。ウハハ ウハハッ
(大塚芳忠さんの声でのナレーション)
「学園警察執行部。生出理人はオカルト研究会の儀式に踏み込んだ際に、事故で押収した神秘の石が暴発。男女二人に肉体と精神が分裂してしまった。
彼女となるはずだった金髪の美少女……生出亜留葉は少女の肉体と本来の男の心の一部を有し、それゆえ苦悩を続ける。
その半身。銀髪の美少年・平太は本能のままに女性に対して行動するから亜留葉の苦悩は絶えない。
ならず者集団。破壊魔四天王を退け、海では自分が女であることを痛感させられた亜留葉だが……」
「ユグドラシル。絶対に許せない」
「……姉さん。ライダー知らない人もいるからやめよう」
秋。
石ノ森高校の文化祭。その初日。
講堂をライブステージにしている。
翌日は演劇のセットをくみ上げるので、なかなかにせわしない。
とはいえどあらかたの大きな背景などはすでに出来ていて、暗幕で隠されている。
音楽部やコーラスチーム。はては落語研究会の「高座」まである。
ゆえに前日に楽器をセッティングすることで、当日の準備時間を減らすべく軽音楽部が一番手だった。
暗幕を背後にしてドラムス。
客席から見て右側・
そして前方中央にバンドの華ともいえる存在。ボーカル。
ウエディングドレスのような純白な衣装をまとう反面、少女らしからぬ毒々しい化粧。
遠くから表情が見えるようにした舞台メイク。
歌舞伎を連想しそうなそれだか、少女の愛らしさは損なわれていない。
「ここからは私のステージだぜーっ!」
金髪ツインテールの小柄な少女が吠えた。沸き立つ聴衆。
彼女はこのバンドのメンバーではない。助けを請われてボーカルになった。
我々はこの少女を知っている! いや。金色のツインテールに見覚えがあるっ!!
彼女の名は
本当の名前は生出理人α。
「
女性の肉体の方がこの亜留葉である。
ライブステージは盛況のうちに終了した。
もっとも歌というより美少女ボーカルのマスコット的な愛らしさが大きかったが。
「お疲れ様ー。可愛かったよ。歌もお見事」
舞台裏。いわゆるバックステージで胸の大きなショートカットの少女が亜留葉をねぎらう。
「翔子! めちゃくちゃ恥ずかしかったぞ」
甲高い声で文句を言う亜留葉。
「えー。ノリノリだったのに?」
「あ、あれは仕方なくだ。そう。仕方なくだ。そもそも代役だ」
数日前から本来のボーカルの女子がインフルエンザで休んでいた。
インフルエンザだけに感染を伏せぐためしばらく登校できなかった。
その少女の友人である翔子が、代役に亜留葉を推薦したのだ。
「だいたいなんで翔子が代わりにやらない?」
「えー。だって恥ずかしいし」
「オイ」
結構いい性格をしていた。
化粧を落とし、制服に着替えた亜留葉は移動を開始した。
もっと恥ずかしい目に合うであろう半身を見守るために。
(僕は何をしているのだろう?)
椅子に座らされてぼーっとしながら平太は亜留葉の友人。金沢撫子になすがままにされていた。
疑念を抱いた瞬間に体が動き、撫子は悲鳴を上げる。
「あっ。動かないでくださいっ。弟さん」
「ご、ごめん」
再び動かなくなる平太。
校庭に作られた特設ステージ。
その控室にあてがわれた部室錬。
その一室で三人の男子が座らせられて、女子が立って作業していた。
「はい。できましたっ。我ながら会心の出来です」
撫子が笑顔で額の汗をぬぐう。
そして手鏡を差し出す。
それを覗き込んだ平太は「こ、これが僕?」とつぶやいた。
まんざらでもなさそうだった。
「おっ。来たな。亜留葉」
座席の番をしていたのは佐田だった。それが亜留葉たちに声をかける。
「これから?」
「ああ。まだ『FAKE☆GIRL』コンテストは始まってないぜ」
フェイクガール……偽りの娘。つまり女装コンテストだった。
女子を美醜でランキングだと摩擦が起きるが、男子ならしゃれで済む。
そして参加者を確保するため部活。および委員から代表を募っていた。
一般参加者の飛び入りも歓迎だ。
ちなみに前年は佐田が出た。
意図してマッチョな男子を送り、笑いを取りに来たが今回は正攻法だ。
何しろ女と見惑う美少年・平太の存在がある。
だがどんな男の中にもある女性性のほとんど亜留葉に与えてしまった平太には、スカートを履いて喜ぶ趣味はなかった。
言われたから仕方なくと、メイク担当の美少女達とトークをもくろんでこの場にいる。
「楽しみだな。平太がどんな笑える格好になってくるかと思うと。きぃひひひ」
まるで精霊のような笑い方をする亜留葉。
「自分は男」という意識の彼女だが、実際に女性の上にその愛らしい容貌でマスコット扱い。
そのうっぷんからこの発言につながった。
「前に俺がやった時。あれは確かに恥ずかしかったんだが……同時になんというか解放感があってな」
経験者は語る。
「はぁ?」
強制的に女子としての生活を余儀なくされている亜留葉にしたら、女装に対するこのコメントは意外に感じられた。
「解放感って? スカートのことか?」
確かに閉じられたズボンより解放的であろう。
「何というかな、男の俺の中にも少しだけ『女の要素』もあるらしい。普段は閉じ込めているそれを解き放ったというか。それで思わず今回も『俺、ツインテールになります』と口走ったが結局は平太になったし」
「わけわからない」
「だろうな。毎日スカート穿かされているお前にしたら」
程なくして開始された。
「これが男?」というレベルの参加者もいれば、化粧してスカート穿いているにもかかわらず、ボディビルダーのようなポーズをとる「受け狙い」なども。
「続きまして生徒会からの参加者。生出平太さん」
ついに平太の出番となった。
「さぁ。来たな」
亜留葉はすっかり笑い倒す体勢でいる。
会場は言葉を失った。
亜留葉に合わせたわけではあるまいが、こちらもまるでウエディングドレスのような純白のそれ。
そのせいか白く塗られた顔も「白無垢」でのそれをイメージさせていた。
ウィッグを用いてロングヘアにしているが、まるで平太本人が髪を伸ばしたかのように見える。
どこからどう見ても美少女だった。
「うそ……あれが平太?」
唖然としている亜留葉。
笑うどころかため息が出る。
「化けたなぁ。輝いているぜ。キラッキラじゃねぇか」
佐田の感想は風貌だけを指していない。
その態度も女性的だ。
やはり恥ずかしいのか視線を落とし、それが恥らう女子に見えて男女問わず「萌え」させていた。
歓声が鳴りやまない。
だが次第に気分がよくなったのか、顔をあげて微笑んだ。
それがまた愛らしい。
「弟君。すごいじゃん」
客席の翔子も興奮気味に亜留葉に詰め寄る。
「ふ、ふんっ。確かに見られるようにはなっているが、私に比べたら……」
ここではっとなる。
(ちょっと待て? 私は今『美醜』で『弟』と競ったのか? そこまで私は女の心だというのか?)
改めて自分が女であることを示されて落ち込む亜留葉。
一方、ステージ上の平太は
(なにこれ!? 気持ちいい。女装なんてと思っていたけど、可愛い服やメイクがこんなにも楽しいものだなんて。そしてこの歓声。皆が僕をたたえている。ああっ。くせになりそう)
褒められて悪い気がする人間はいない。
たとえ男でも「きれい」と言われて悪い気はしない。
絶賛されたことで平太の「閉ざされていたもの」が解放されてしまった。
「いやぁ。女装ってやってみると案外いいもんだねぇ」
お気楽に話す平太。今は男子生徒の姿に戻っている。
一同は文化祭を見て回っている最中だ。校舎内を歩いている。
「お前は何を言っているんだ?」
本気で嫌そうな亜留葉。
「いやいや。可愛い服も悪くないし、下着も肌触りいいし」
「下着って……まさか私の?」
「いいえ。下の方は新品の安物ですわ。亜留葉さん」
コンビニとか百均などいくらでも入手経路はある。
ほぼ使い捨てだから安物にした。
「万が一スカートがめくれた場合、男子のモノでは興ざめですわ。上はその心配もないのでつけませんでしたが。だから胸がないほうがいいデザインにしたのですし」
「デザインといえば撫子。あれは以前に私に着せたものと似ているが?」
「ええ。あの時から弟さんが来ても似合うだろうと思って。あ。でもちゃんと最初から作ったんですよ。男子の体型も考慮して」
「亜留葉はウエスト細いからねぇ。それでいてお尻大きくて。もうちょっと背があったら男子はみんな夢中だったよ」
褒めているので気楽に言う翔子。しかし亜留葉にしたらセクハラである。
「はは。しっかし惜しかったなぁ。平太の女装は完ぺきに思えが、まさか女そのものにしか見えない飛び入りがいるとはな」
「うん。でもあの人に優勝さらわれたんじゃしょうがないや。完全に女性にしか見えなかったしね。声もかわいかったし」
「確か……後楽高校のなんとかつかささんとか」
「
「殿方みたいですよ。確かめてから運営委員が声をかけたそうですから」
「なんでこんなコンテストに出るかな? よほど流されやすい性格をしているんだな」
本人は男性的に振舞いたくても「願い」のせいで女性的な行動しかとれない亜留葉が、やっかみ半分で言う。
「あら? 亜留葉さん」
「平太君も。姉弟お揃い?」
二人の美少女が声をかけてきた。
一人はいわゆる姫カット。
長い黒髪を前髪などすべて切りそろえていた。
白いベストと同色のジャケット。
赤いプリーツスカートを穿いていた。
もう一人はツインテール。
スクールブラウスの上から青いジャンパースカート。
同じ色のボレロをまとっていた。
「やぁ。よく来てくれたね」
「姫子? まりあ? どうしてここに?」
姉弟で反応が違う。
「わたくしたちは平太さんからご招待されまして」
「何それ? 私聞いてない?」
緑色のスリッパで平太の頭をひっぱたきそうなリアクションだ。
「サプライズって言われたの。それで二人で来たのよ。ところでどう? わたしたちのカッコ。何か気が付かない?」
「あ……あれ? そういえば二人とも制服が逆じゃ?」
「はい。ちょっとしたイタズラで」
「交換して着て見たの。サプライズついで。似合う?」
「ええ。とてもよくお似合いです。二人とも」
これは平太のコメント。
「ありがと。亜留葉さんとも今度入れ替えてみたいな」
「あ、ああ。いつかね」
(女子と服の貸し借りまで……)
またもや「お前は女」と「現実」を突き付けられた亜留葉。
「そろそろわたくしたちはお
「あ。ああ。来てくれてありがとう」
半ば引きつり気味に亜留葉は答える。
(北条姫子に高嶺まりあ。元々上流階級のお嬢様二人。ワンランク落ちるうちだけに親密にしていたが……それが今では女子としての親密な仲か……)
しつこいほどに自分が女であることを突き付けられて落ち込む亜留葉。
「まー。とにかく。見て回ろうぜ。まだけっこう時間早いし」
佐田の言葉で一同は見て回ることにした。
「文化祭の模擬店といえば喫茶店が定番だが……パンフを見る限りじゃこの『アミーゴ』『キャピトラ』『ポレポレ』『ミルクディッパー』というあたりか」
「最後のは美人が切り盛りしているイメージがあるね」
鼻が効くらしい平太。
「それもいいけど校庭の屋台なんかもよくない?」
「うーん。今からまた校庭に戻るのも」
といかけた亜留葉だが「くー」と可愛らしくお腹の音がした。
「くーるびゅーてぃー(笑)も空腹にゃ勝てねぇな」
赤面する亜留葉を追い討ちでからかう佐田。
そのまま校庭に向かう。一同はそれを追いかける形に。
ずらりと並ぶ模擬店。
部活のものもあればクラスのものもある。
「わぁ。すごい活気だね」
男の娘コンテストの時は舞台にいたため、校庭の熱気を知らない平太の感想。
「特にあそこのチョコバナナ。すごい呼び込み」
確かに精力的に呼びこみをしていた。
活気があるというより、何か義務感が突き動かしているように見える。
「さぁさぁ。そこの美少女三人。甘くておいしいチョコバナナはいかが? 黒ずんだものの先端をちろちろとなめても、ゴーカイにしゃぶっても」
「破廉恥ぃぃぃぃぃぃぃ」
下ネタを許さない女・亜留葉が叫ぶ。
「そ、そういわないで。あんたたちみたいのがこの場で食べてくれたら集客効果が期待できる。そうすれば午前中のノルマがクリアできるかと」
「文化祭なのにノルマまであるのかよ?」
これは佐田。
「あるんだよ。焼きそばをやりたい連中を半ば強引に説き伏せた手前、ある程度の成果を上げないと何を言われるか」
懇願している最中に背後から一人の少年が彼の元により言葉を発する。
「
「あああああ。きやがったぁあぁぁ」
要は監視人であるらしい。
それと思しき女子生徒。そして背後に屈強な男子たちが。
「目標値に達してますか?」
その女子生徒が事務的に言う。
「あ。いや。その」
どうやら達していないらしい。
「ダメみたいですね。それじゃ約束通り交代です」
背後の男子に目くばせする。頷いた男子がやたらいい声で「ヤタイコーカーン」と叫ぶと、チョコバナナから焼きそばに強引に交代させられかかる、
それが可哀そうなので買うことにした一同である。
ちなみに美少女たち三人は言うまでもないが、平太がチョコバナナをなめまわすようにして食べている姿を見て、女子が屋台に殺到した。
そろいもそろって平太にチョコバナナを差し出してくる。
「こんなにいっぱい食べられないですよ」
「しゃぶるだけでいいから」
どうやら腐った女子らしい。
「こっちも食べて」
「ふふ。僕の口をバナナでふさぐより、貴女の口を僕の舌でふさいでみない?」
下心丸出しだが一応は美少年。
言われた女子は赤くなって黙り込み、おとなしくなってしまった。
「平太!」
姉として怒る亜留葉。言葉を続けるが
「次にお前は『この破廉恥! 恥を知れ』というっ」
「この破廉恥! 恥を知れっ!……はっ!?」
佐田に見事にセリフを先読みされた。
「いいから」
平太の手を引っ張る亜留葉。一同は逃げ出した。
その後、石ノ森学園さばげぶっ……サバイバルゲーム研究会の射的や、パソコン研究会のネットカフェで「検索検索ぅ」したりして過ごした。
「あー。楽しかった。けど」
「そ。俺らの本番は明日。いい息抜きになったな」
翌日には生徒会による演劇が用意されていた。
亜留葉と佐田がそろって出演予定だ。
ちなみに平太は裏方。
「あー。緊張する」
「だからお前らに先に舞台経験させたんじゃねぇか。慣れろよ」
いわばライブのボーカル代役も舞台に上がるための「ならし」のような意味があった。
ちなみに佐田は前年に経験済み。
姉弟も理人として一人の時に経験していたが、分裂したせいなのかその経験値が減少していた。
「とぅるるるるる。とぅるるんっ」
まるで口で直接呼び出し音を表現しているかのような着信音。
以前にあったのは『返信』専用だった音だがこちらは汎用か。
「はい。もしもし」
佐田が通話していたがその声色が怒気を孕む。
「何だってぇ? 怪我しただと?」
佐田の怒声が響く。
彼の説明によると芝居でならず者を演じるはずの生徒会メンバーが、乱闘シーンの稽古の際に身が入りすぎてリアルファイトにまでなった。
結果として出演どころではない状態に。
「どうすんだよ。誰か代役立てるとして、空いている奴なんているのか?」
亜留葉もさすがに狼狽え気味。
「落ち着け。俺にパニックはない。今考えているっ。脳細胞がトップギアだぜっ」
言いつつも思案している佐田。それが突如として顔を輝かせる。
「いるじゃねぇか。うってつけの奴が。奴ならどの部活にも所属してねえ」
「本当か? この大ピンチを乗り切れるのか?」
「ああ。俺には見えた。勝利のイマジネーションが」
その案とは……
翌日。
その前に現れた男を見て亜留葉は絶句。やっと言葉を絞り出す。
「オイ。まさかこいつが代役じゃ?」
ひきつる亜留葉。その眼前にはもう冬になりかけているのに、未だに半袖シャツの男がいた。
「心配ない。オレは演劇においても頂点に立つ男だ」
その男――風田渡は自信満々で言い放つ。
「信じられるか」
「だがこいつくらいしかいない。どこの部活にも所属せず、そしてそれなりにこなせる奴なんてな」
「ふっ。取り締まる側と目をつけられている側。それが共闘というのだからまさに呉越同舟。ならず者の役というのが気に入らないが、文字通りのひのき舞台でオレの腕を披露できるというのなら悪い話じゃない」
「どういうことだ?」
「簡単だ。舞台じゃ本気でやりあうという条件だ。そもそもセリフを昨日の今日で覚えられるか? だからアクションシーンだけだ。それならこいつほどうってつけの奴はいない」
「わかるようなわからないような……」
亜留葉は釈然としていない。
「亜留葉さん。お時間ですよ。さぁ。控室に行きましょう」
生徒会の人間ではないがメイク担当の助っ人として駆り出された撫子が亜留葉の腕をとる。
「納得できるようなできないような……」
前日にある程度経験したとはいえど、またもや派手なメイクを施した顔を多数の生徒の前にさらすとは。
かなり前から決まっていたのに、それでもあまり気乗りがしなかった。
いよいよ本番間近。
「ここか……私の死に場所は」
華やかなメイクで顔を彩ったはずの亜留葉なのに、青ざめて見えた。
「もう。せっかくきれいにしたのにそんな表情じゃ台無しじゃない。キープ・スマイリングよ」
お気楽に翔子が言う。
生徒会に無関係なのでこの芝居には出ないから、完全に対岸の火事だ。
「冗談じゃない。こんな姿であんな芝居をしたら私は全校生徒に女子とみなされてしまう」
「亜留葉は女の子じゃない?」
「何を当たり前のことを」と言わんばかしの翔子の言葉。
「本当。とても可愛いですわ。亜留葉さん」
例によってメイクとコーディネート協力の撫子。
舞台ということで遠くからでも顔がよくわかるように強めのアイライン。マスカラ。
チークもたっぷり塗り、口紅も深紅。
グロスの効果で潤って見える。
しかし髪型はいつも通りの金色のツインテール。
そしてピンクのワンピースで幼さと大人っぽさのマリアージュだった。
話の筋はシンプルだ。
一人の少女を二人の男が愛した。
片方は品行方正な青年。だが規律に縛られている。
かたやならず者。されど自由。
この二人でヒロインをうばいあうが無秩序な方。
風田演じるならず者のほうが敗れるという筋書きだ。
いうまでもなく「学園の規律を守ろう」という生徒会らしいメッセージが隠れている。
そんなストーリーの、しかも負ける役でよく風田が了承したと思われるが「あくまでも芝居」ということで納得していた。
むしろ窮地を救う形で悪い気はしていなかった。
風田のセリフは少ない。
その分『体』で語る。
アクションがメインだからの抜擢だし、風田の立場としてはその技量を文字通りのひのき舞台で全校生徒に披露できるというメリットがある。
佐田と舞台の上で死闘を繰り広げる。
不満たらたらなのは亜留葉である。
この両者を止めようとする「ヒロイン」なのだ。
全校生徒の前で「乙女」を強調する。
それが彼女に宿る「男の心」には面白くない。
(芝居とはいえど恋する乙女などというイメージをもたれてしまったら、ますます女として扱われてしまうではないか。私が本当は男だと誰も信じなくなる)
ある意味で杞憂である。
愛らしい顔立ち。少女限定の髪型とすら言えるツインテール。小柄な体躯。その割にメリハリのある体型。通りの良い高い声。
彼女は少女の記号で満たされている。
その心配は「いまさら」だった。
そはいえ舞台の上でとはいえ、男に恋する乙女としてふるまう。
ますます少女らしいイメージが強くなるのが嫌だった。
「そういえば総統さんはどんな役ですの?」
外部の人間である撫子が配役を知らないのは無理もない。
「総統はクライマックスシーンの演奏担当なんだ」
亜留葉が答える。くしくもこの受け答えで「不満」はいったん頭の片隅に追いやられた。
「他のBGMは映画やアニメのサントラを流用だが、どうしても対決直前の不穏な空気に合う音楽が見つからなくて、総統が演奏することになった」
「へぇー。楽器は何? ピアノ? ギター?」
翔子が話に乗る。
「たしかフルートだった気が」
横笛である。
「大丈夫なの?」
単純に成否を心配している翔子。
「どうだろう? 魂込めて吹くと意気込んでいたが」
「それも楽しみですわね」
無邪気に言う撫子だが、この時点でまさかあんなことになるとはだれも予想してなかった。
芝居の時刻が迫り、観客も入りだす。
学校内外の人間が客席を埋めていく。
「どんなお芝居かな。楽しみですね」
灰色の詰襟姿。どこか女性的な眼鏡の少年が同行する二人に話しかける。
「ま、しょせんは学生の芝居。過度な期待はしない方がいいな」
ブレザー姿の少年が皮肉っぽくいう。
「伊藤。てめーはいつもそれだな。文化祭に来た時くらいおとなしくできねぇのか」
学ラン姿の大柄な不良っぽい少年がたしなめる。
「高岩。無頼そのものの貴様に言われたくはないな」
「なんだと」
けんかになりかけるが
「やめて。わたしのために争わないで」
「「誰が押川を取り合うかっ!」」
奇妙にハモる高岩と伊藤だった。
実は仲が良いのではないかと思いたくなるほどだった。
幕が開き芝居が進む。
風田が演ずるならず者。ブリッツ。
佐田が演じる生真面目な青年。シニストラが亜留葉が演じるヒロイン・アリアをめぐって対立する場面だ。
客席から見えない位置で平太はスケッチブックにマジックで書かれたセリフを掲げる。
いうまでもなく風田のための「カンニングペーパー」だ。
それに従い風田はセリフを紡ぐ。
「貴様のように縛られた男ではダメだ。アリアを満たせるのは俺が吹かせる自由の風」
「貴様のは自由ではない。無秩序なだけだ」
「何ぃ?」
「やる気か?」
にらみ合いになる。
ここでスポットライトが舞台の上部。
セットである「家」の屋根の辺りを照らす。
そこには黒いローブをまとった「外是留総統」がいた。
青白い顔と相俟って不気味さが倍になっていた。
おびえる客席。
「こ、怖い」
「何と不気味な」
「何だあの威圧感!? まるで軍司令だー」
あまりの迫力にむしろ不評が出ていた。
再びライトが亜留葉たちを照らす。
そして伴奏として外是留のフルート演奏が開始される。
それはまるで宇宙を掌握するようなメロディだった。
そして、やや音程の外れたそれは不気味さを十二分に発揮していた。
「うっ」
突如として苦悶の声を上げ、両耳を押さえる風田。
苦しそうな表情だ。
(おい。そんな芝居はないぞ。大丈夫か?)
亜留葉が思った「大丈夫」は芝居と体調の両方を案じてだ。
しかしそれもむなしく風田は暴れだす。
ならず者の仲間を演じていた面々が芝居を忘れて抑えようとするが一蹴されるありさま。
「何をする」
佐田が芝居ではなく風田に向かっていくが、これまた一撃で撃退される。
まるで容赦のない力任せの一撃が、的確に急所に炸裂しては猛者とはいえどひとたまりもない。
派手に吹っ飛んで動かなくなった。
「佐田!?」
芝居を忘れて亜留葉が叫ぶ。
観客席もざわめきだした。
迫力のある戦闘シーンと思っていたが、もしかしたら本気で戦ってないか?
そもそも風田は生徒会とは対立関係。
それがここで出たとしても不思議はない。
舞台袖で見ていた平太も突然の展開に戸惑っていた。
「一体どうして急に暴れだした……? まさかこの笛がっ?」
この笛の音が鳴り始めたら暴れだした。
平太でなくても因果関係を真っ先に疑う。
「総統。その笛やめて」
とりあえず叫ぶが集中していて平太の声も届かない。
「くそっ」
亜留葉を助けたいが、笛を止める方が早い。
平太は総統が演奏している場所へ向かって飛び出した。
亜留葉も突然の事態に混乱していたといってもいい。
突如として風田が芝居にない暴れ方をして、取り終えようとした面々があっという間に蹴散らされ、揚句に佐田までもが戦闘不能に陥った。
しかし皮肉にもピンク色のワンピースが舞台の上にいることを忘れさせない。
極力「ぶち壊し」にしないように芝居のようにふるまう。
「どうしたのです。ブリッツ。貴方は自由を愛するとは言えど無法者ではなかったはず。それがどうしてこのような?」
あくまでもセリフとしてたしなめる。究極のアドリブだが、そもそも風田の暴走自体が全くの想定外。
この時点で台本など意味のないものに。
「そ……うだ……オレは……風のように自由。なのにこの音が……オレを縛りつけようとする」
絞り出した風田の声。それでわかった。
(そういうことか。総統は「魂を込めて吹いた」。つまり私たちの行動理念。規律を。しかし風田にはそれが苦痛だったのだ)
亜留葉の推測通りだ。
その「呪縛」に抵抗する心が苦痛を産み、その反発で暴れだしたのだ。
それだけに一切の手加減なし。
力任せな野獣の拳だから佐田でさえ倒された。
「がああっ」
ついには野獣の咆哮で拳を繰り出す。
亜留葉はそれをダンスのように回って
ふざけているのではない。
この華奢な体躯と細腕では「受け流す」のを試みても、受けた瞬間そのパワーでさばく前に弾き飛ばされると直感で悟ったからだ。
(ふ。私自身が自分を女と認めているな。それにしてもどうすれば止められる? 躱すのが精いっぱいだ)
考えていた隙を狙って大技が来た。
左足を軸として右足を繰り出す「回し蹴り」だ。しかもその軌道上に亜留葉がいる。
(躱せないっ! 受け止めるかっ? いや、むしろ)
繰り出される足にその小さな手を当てた。
受け止めるのではない。
風田の足を跳び箱に見立てて跳躍して攻撃をさけた。
「おおーっ」
そのアクロバティックな動きに観客席が沸き立ち、拍手が起きる。
「いい気なものだ」などと舌打ちの余裕も亜留葉にはない。
何しろ戦いながら芝居もしないといけない。
「総統。その笛をやめて」
駆け寄ろうとする平太。近寄ったところで声を張り上げるが、はるか上の演奏台の外是留は没頭していて気が付かない。
「やはりだめか。なら」
舞台では階段ではなくはしごで上り下りしていた。
そのはしごで上を目指す平太だが、不安定でなかなか上がれない。
「さぁブリッツ。そろそろお茶にしませんこと?」
女子として作られた肉体故か、妙に責任感の強い亜留葉。
あくまで芝居を続けている。
セリフは呑気だが目は笑ってない。
風田の方も立ち向かってくる相手……亜留葉に集中しだした。
無差別攻撃はなくなった。
互いに相手の動きを注意していた。
(ああもう。この笛さえなければっ。考えもまとまりゃしない。耳なんてふさいでいたら一発でやられるし……耳をふさぐ? 単純だがいい手じゃ?)
亜留葉は覚悟を決めて風田に向かって駆け出した。
「らぁぁぁっ」
風田も渾身の右ストレートを出すがそれを小さな動きでかわして飛び込む亜留葉。
(よし。これでこいつの耳をふさげば)
背後を取れる相手ではない。
むしろカウンター気味に正面から突っ込んだ。
その策は当たり虚を突けたが風田も拳を繰り出していた。つまり、やや前のめりに。
そこに亜留葉は飛び込んだ。耳をふさごうと顔めがけて。
結果として、ものの見事に「正面衝突」で唇が重なってしまった。
演奏台。
「総統!」
何度目かの呼びかけでやっと外是留が気が付いた。途端に邪魔されたことで怒りだす。
「何だ。馬鹿者。本番に」
「下を見てください」
「ン? 何だ? 変な感じだな」
「演奏に集中するのは分かりますけど、少しは状況も見てくださいよ。まぁいきなり決まった代役で稽古もしなかったから、こんなことになるとはだれも思わないでしょうけど」
ようやく笛を止めることに平太は成功した。
だが時すでに遅し。
最愛の少女のファーストキスは奪われてしまった。
だから平太の言葉にもとげがある。
「あ、ああ」
青くなる亜留葉。
大勢の人の前でキスをしてしまった。
舞台ゆえに『キスの演技』とみなされる期待はできたが、そういう問題じゃない。
(わ、私の唇が風田のと……男とキスまで)
今度は赤くなってきた。
一方客席は真に迫ったキスシーンにざわめいていた。
「すごい。本当にしたように見えた」
「大した演技力だ」
そりゃそうだ。本当にしてしまったのだから。
「う、うう。生出。オレは一体」
正気に返る風田。
逆にとうとう気持ちが爆発した亜留葉。
必死に守った舞台から逃げにかかった……泣きながら。
「あつつ。風田の野郎。本気で入れやがった」
このタイミングで佐田が起き上がってきた。
一方涙で前のろくに見えない亜留葉はまたもや突っ込んでいく。
「わあああっ」
「わっ!?」
二人もつれあうように倒れ込む。
佐田を亜留葉が押し倒した形だ。
Chu!
三十分もしないうちに、別の男と唇を重ねてしまった亜留葉である。
もう完全に混乱してしまう。
「私の破廉恥ぃぃぃぃぃぃ」
泣きながら舞台メイクと衣装のまま家まで帰ってしまった。
こうして、この舞台はヒロインの「とんでもないビッチ」ぶりが話題になってしまった。
舞台ゆえに本当にキスをしたとは思われなかったが、亜留葉にしたら男とのキスを二度までもしてしまった。
そしてそれを大多数に見られた。
役と役者が一致するわけではないが、しばらくは「恋多き女」のイメージで見られていた亜留葉である。
(は、早く男に戻りたい。そうすればこんな目にも合わずに済む)
こちらは変わらないが
(ふぅん。女の格好も悪くないな。それじゃ女の子そのものだったらどうだったんだろう?)
双子にも少し変化が表れてきた。
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