第2話 『荒れる学園』

 とある学園。

「あ、うう」「ぐぅぅぅ」「……」

 死屍累々。時代遅れのヤンキーファッションの男たちがうめきながらグラウンドに横たわっている。

 あたりには破壊された武器の残骸も転がっている。

 何をしたのかクレーター状の大穴まであいていて、激闘を物語っていた。


 不良校と名高いそこを、たった四人で制圧したのはとんでもない奴らだった。

 あたりに転がる男たちは生きてはいるが、指一本動かせない有様だ。


「他愛ない。この程度か。拍子抜けする」

 革ジャン。そして同じ素材のズボンをまとった黒づくめの男がぼやくようにつぶやく。

「ふふ。それじゃここではもう。次に行きましょうか」

 妖艶な美女がロッドをもてあそびながら言う。

「あ、あそこなんか、いいんだな」

 巨漢の持つ鞭が火花を散らした。

「そうですね。あそこには不良より手ごわい『生徒会』が存在するとも聞いてますから」

 右手にボウガン。左手に詩集を手にした男が相槌を打つ。

「決まりだな。次のターゲットは石ノ森高校だ」

 リーダー格の黒づくめの男がボソッと言うと、全員が首を縦に振る。

「よし。派手にいくぜっ」

 今度は威勢よく黒づくめが言った。


 それを遠巻きに見ていたひとりの青年。

「どうやら……今が帰るタイミングらしいな」

 マフラーをたなびかせて彼はつぶやく。


 六月。

 生出理人が男女に分裂してから半月以上が過ぎたその朝。

 その女の方。アルファこと生出亜留葉がすやすやと眠っていた。

 見る分には可愛くていいか、実際それを着用して寝るとなると邪魔になりそうなフリルをたくさんつけたピンクのネグリジェ姿。

 寝ているだけに髪は降ろしてあり、流れるままの金色の細い糸が彼女を彩っていた。

 その部屋にノックの音が響く。

 返事はない。当然だ。

 部屋の主。亜留葉は部屋を留守にして夢の世界に滞在中。

 それを見越しているらしい「青年」が部屋に入る。

 スーツ姿の美男子。

 なぜか手の爪は黒いマニキュアが施されている。

「ボンジュール。マドモアゼル。お目覚めの時間ですよ」

 フランス語で話したが彼は日本人だ。

「うぅーん」

 亜留葉は寝ぼけながらも体を起こす。

「…………おはよう……遠田えんた

「シャワーの準備はできてます」

「……わかった……」

 亜留葉は焦点の定まらない瞳のまま、浴室へと向かう。


 一通り寝汗を流し、用意されていた洗ったばかりのショーツに足を通し、体格の割に立派なCカップバストをブラジャーに収める。

 インナーのキャミソール。スクールブラウス。青プリーツスカートを順に身につける。

 すべて寝ぼけたままだ。

 鏡台の前に移動して黄色いリボンで胸元を彩ると、そのまま長い金髪を梳かし始める。

 整ったら二つに分け、左右それぞれリボンでくくる。ここから遠田のアシストが入る。

 きちんとツインテールが完成したところで、まるでスイッチが入るように亜留葉の意識が覚醒した。

「………ま、まただ。登校準備を済ませてしまった…」


 生出理人という青年が分裂してできた存在の「双子」

「彼女がほしい」「体が二つほしい」という「願い」が同時にかなった亜留葉は、生出理人の人格の一部を有しながらも、その肉体は「彼女」として作られたもの。

 だからなのか。寝起きはまるでプロテクトがかかったかのように、男としての行動がとれない。

 きっちり女子としての準備か整ってから「目が覚める」のだ。

 日中においてだが自己代名詞も「俺」「僕」は口に出せない。

「私」が精いっぱいの「男言葉」なのだ。


 そのまま食堂へと向かう。

 同様に「片割れ」もやってきた。

「ボンジュール。マドモアゼル」

 遠田の口にした「マドモアゼル」は主ではなく、同僚に対してである。

「あら。遠田。へぇ。お嬢様の髪リボン。それ、いいものね」

 亜留葉にフットマンの遠田が付き従うのと対照的に、平太にはメイドが専属でついていた。

 アメリカンタイプのメイド服から零れ落ちそうな胸。

 肉感的な割には高く可愛らしい声がアンバランス。

 彼女の名は江介えすけ 伊舞いぶ

 肉感的な美女だが

「でも、パパが私にくれたものはもっといいものよ」

重度のファザコンだった。

「それよりもマドモアゼル。朝食の準備はできてますか?」

「これからよ。作り立てを食べてもらうわ」

 いうなり彼女はエプロンからフライ返しを取り出し「こっちはゴクで」どこにしまっていたのかフライパンを取り出して左に持ち「こっちがマゴク」と紹介(?)をした。

 彼女は平太を座らせると、調理場へと向かった。

「さぁ。マドモアゼル。マジェステがお待ちかねですよ」

「わかっている。それからいちいち人を女扱いするな」

「? なぜです。マドモアゼル。あなたはとても美しい女性じゃありませんか?」

 亜留葉はため息をついた。

 試してみたが遠田も亜留葉が元から双子の姉として存在していたかのように扱う。

(私が女で平太の双子の姉。それがこの世界か)

 再び深くため息をつく。そのまま食卓へと着く。


「おお。亜留葉。今日もかわいいぞ」

 「おはよう」より先に出たのがこの言葉。

 父親は「親バカ」というより別のものを感じる。

『男の』生出理人なら理解できても、「女の」亜留葉には理解しがたい。

「平太。今日もいけてるわよ」

 母は母で自分の息子にご執心である。

 血は争えない。

 極度の潔癖ゆえか半ばあきれた亜留葉は、仏頂面のまま何も考えないでカップスープを口に運ぶ。が、それが凄まじく熱かった。舌をやけどする。

 思わずスープを置いてしまい、ベロを冷ますように口から出す。

「ひーひーひーひー」

 情けない悲鳴を上げ、あわてて水を飲む。

(元の肉体の時はむしろ熱くないとうまくないと思っていたくらいなのに、なんでこんな猫舌に?)

 これも「彼女はか弱いもの」というイメージが作り上げた「設定」らしい。

「なんだよ。亜留葉。冷ましてあげないとダメかい。しょうがないから僕が冷ましてあげるよ」

 断る暇もなく平太は亜留葉の口にやけどさせたカップをとる。

「ふーふーふーふー」

 まるで子供のために冷ましているかのようだ。

 「自分は男」と思っている亜留葉には「守られる」のは屈辱的だ。

「ふ、ふん。私は熱いものだって平気だぞ。ただ心の準備ができていなかっただけだ」

 苦しいいいわけである。もちろん「半身」である平太には通じない。

「そうかな?」

「そうだよ」

「調べる方法はあるけどね」

「えっ?」

 亜留葉が次の言葉を挟む前に、平太は亜留葉がカップに口をつけていたあたりを「べろんっ」となめる。

「な!?」

 驚く亜留葉をしり目にしばらく堪能していた彼は

「この味は嘘をついている味だぜ」と言い放った。

 変態行為にあっけにとられた彼女は、表情が変わった。

 そこにはもう一個のいくさ人としての顔があった。

「……ほう、そんな風に見抜けるのか?」

 亜留葉の声が一段低い。本気で怒っている。

 平太も空気を読んで怖気づく。

「もしかして……オラオラですかぁーっ!?」

「YES YES YES」

 瞬間、亜留葉の無数の拳がオーバードライブした。

「おらおらおらおらおらおらおらおらおおらおらおらおらおらーっっっ」

「ぶるういんぱるすっ」

 両手の中指。薬指を折り曲げ、後はすべて立てた状態で平太は吹っ飛んでいく。

「ふんっ。破廉恥が」

 亜留葉は何も考えないでカップのスープを口にして、また火傷した。


 登校途中。富豪の子供でありながら、二人は電車を利用して通学していた。

 現在は駅へ向かっているところ。

 信号待ちで止まったところで亜留葉が繰り出す。

「まったくもう。なんだってお前はそんなに変態なんだ?」

「亜留葉こそ。どうしてそんなに男を拒むのさ」

 銀髪の美少年はきょとんした表情でいう。

「私の心は男だぞ。女の体だからといって、男を受け入れられるか」

「でも亜留葉の肉体は最初から女としてできたものだろうね」

「そ、それは……」

 神秘の石を強く握りしめた状態で、うっかり口走った言葉。

『体が二つほしい』「彼女を作る暇もない」

 後者は彼女をほしがっているととられたのか、願いが「まとまって」かなってしまった。

 生出理人は二人の存在に分裂してしまった。

 そして亜留葉は「分身」であり、「彼女」としてできた存在。

「言ってしまえば僕というアダムから生まれたイブが君なのさ」

 笑顔で迫る。ひきつって後ずさる亜留葉。

 ちょうどここで青信号になり、彼女は歩道を渡る。

 ついていくしかない平太。


 再び駅へと歩みを続ける。

 性別以外にも正反対なのが異性に対する態度である。

 本来の男性として女性を求める部分。そのタガが外れたのが平太。

 逆に「性欲」をすべて失った亜留葉は、子供よりも純情だ。

。それに私たちは双子ということだ。だから手を出すと近親相姦じゃないのか?」

「そういうことになっているね。分身ということで『生出理人の一部』が君に。大半が僕だ。だから双子。そして君の心は男のまま」

「そうだろう」

 得意げになる亜留葉。表情の良く変わる娘である。


「だからさ。一度つながってみない」

 美少年の顔でとんでもないことを言う。

 言葉の出ない亜留葉にさらに続ける平太。

「もしかしたらうまくいくかもしれない。僕は本来の生出理人に。そして君は『姉』ではなく、僕の『彼女』として再生される」

「待て待て待て待て。そんな都合よくいくか。それに自分で自分に手を出すようなものだぞ」

「何かまずいか? 自分で自分の性欲を満たすなんて、健全な高校生ならしてても不思議じゃない」

 ブレーキのつもりが軽くかわされて亜留葉は困った。

 この分じゃそのうち「弟」に押し倒されそうだと危機感を覚える。

「わ、私に手を出したら、さっきみたいにまたぶっとばしてやるぞ。前の体の時は部活の健全な活動のために立ち回りしていたのも覚えているだろう」

 平太の表情が変わった。

「亜留葉。僕相手ならいいけど、ほかの奴らには手を出すな。やられるだけだぞ」

「なんだと!」

 かっとなって平手を繰り出す。しかしそれを軽く受け止める平太。

「なっ!?」

「君は女の子なんだから、こんな細い腕で戦えるわけがないだろう。体だって前とは比べ物にならないほど小さい。だから危ないことはするな」

 どうやら自分の身を案じていたらしい。そう思うと急に頬が熱くなる。

 照れ隠しにもっと強い言い方になる金髪ツインテール。

「ふん。そういうお前はいつも私にぶっ飛ばされているではないか」

「だっておこった亜留葉。可愛くって。つい見とれているうちにまともに攻撃受けて」

「いっぺん死んでこーいっ!」

 次の瞬間、おちょくられた怒りと照れ隠しの亜留葉に再び空へと飛ばされた平太だった。

「ふん」

 怒りの亜留葉は一人で改札を抜けた。


 石ノ森学園。

 到着するなり亜留葉は机に突っ伏した。

「どうしたのぉ。亜留葉ぁ? 疲れ切った顔して」

 茶髪のショートカットで背の高い女子が、紙パックのジュースをストローで飲みながらやってきた。

 椅子ではなく机に腰かける。Dカップの胸が揺れた。

翔子しょうこか……何でもない。朝から変態の相手で疲れただけ」

「え? また痴漢されたの?」

 平太といわないのはもちろん他者の身内を変態呼ばわりできないのもあるが、実際に亜留葉は何度か痴漢されていた。

「ああ。一人は胸を揉んできた。もう一人はスカートの中に手を突っ込んできた」

「まぁ。災難でしたわね」

 今度はおとなしい雰囲気の少女が近寄ってくる。

 まっすぐな長い黒髪を切りそろえて清楚な印象だ。背はさほど高くない。胸も控えめだ。

「それでどうしたんですの?」

「もちろん駅員に突き出してやったぞ。撫子なでしこ

 Vサインする亜留葉。

 彼女が何度も痴漢にあうのに電車通学をやめないのは、こうして撃破できる自信があること。

 そして「自分は男」と思っている彼女にしたら「痴漢を恐れて逃げる」というのは、自分が女子であると認めたようで嫌だったのだ。

 本来は「彼女」として出てきた存在。自分が女子だと認めたら、あっという間に女子として完成し、『生出理人の一部』は消えてしまいそうな気がしていた。


「亜留葉はかわいいからなぁ。痴漢が狙うのも無理はないけど」

 前田翔子がいからかい気味に言う。

「あんたは普通だよな。翔子」

「普通っていうなぁ」

 平凡なのを気にしていた。

 変わったところとしてはやたらに運がいいというところか。

「でも亜留葉さんは目を引きますからね」

 癒しのウィスパーボイスで金沢撫子がつなげる。

 読書家でよく本を読んでいるから「本屋」というあだ名で呼ばれることもある。

 ちなみに以前は三つ編みで黒縁眼鏡だったが、現在はこの姿である。


 二人とも亜留葉の女友達だった。

 そう。

 一緒に昼食をとったり、勉強会をしたり、はてはトイレまで同行する仲。

 亜留葉が出現してからできた関係性である。

 以前から仲が良かったことになっていた。

(これも私が女として出た世界だからということか?)

 亜留葉はそう思っていた。

 何より女の子といるのに「異性相手にするように」ときめかず、逆に「同性相手の気安さ」が勝るのである。


 一方の平太。

 双子ということでクラスは別だ。

 そこには佐田の姿もある。

「おいおい。またやらかしたのか?」

「ふっ。亜留葉にならいくらでもたたかれてやるよ」

「マゾか……だが気をつけろ。そのうちガチでやりあうことになるかもだぞ」

「どういうこと?」

 思わず声を落とす平太。

「例の不良校。落とされたという情報が入ってきている」

「なんだって?」

 たびたびこの石ノ森学園にもちょっかいをかけていた不良校。

 生出理人として迎え撃ったこともある。

「それも話じゃたった四人にやられたともいうぜ」

「まさか……噂の……」

「ああ。奴らかもな。あちこちつぶして回っている破壊魔たちが、とうとうここにも来たらしい」

「まいったな……今の僕じゃそんな奴らに太刀打ちできそうにないな」

「そうだな。せめて風田の奴がいれば」

「……あいつも困ったやつだけどな。なんで『修行に出る』というのが認められて、しかも休学扱いにもならず単位も取れるんだ?」

「一種の留学扱いらしいな」


 午前十時。

 話題に出た四人の破壊魔は、この学園のある町にまで来ていた。

「さて。石ノ森学園の場所を探すとするか」

 気の向くままに行動していた。

 ターゲットを決めただけでノープランだ。


 三時間目。亜留葉たちは体育であった。

 当然着替えるわけだが、今度は男の心が女子の半裸に過剰反応をする。

 下着姿の女子たちを正視できない。だから背を向けてこそこそと着替えるのである。

 これは自身の女子としての裸体をさらしたくない思いもある。だが

「あーるは」

 目ではなく胸を別人の手が覆う。瞬間的に顔が真っ赤になる亜留葉。

 そうでなくても朝は痴漢にいじられた部位だ。

「きゃああああっ」

 胸を手で庇いしゃがみこんでしまった。

「そ、そんな驚かないでよ。あたしあたし。翔子」

「しょ、翔子?」

 翔子にしたら悪ふざけであった。

 別に亜留葉だけでなく、多数の女子が翔子に胸を揉まれていた。

 最近では他の女子も胸をもまれているのにもかかわらず

『ふっ。また翔子の悪ふざけか』で済ますほどである。

 しかし今回は間が悪かった。

「破廉恥! 脅かさないでよ」

 目じりに涙を浮かべた亜留葉がなじる。

 女同士というのに翔子はその愛らしい姿にティンときた。

「……女の涙では武器っていうのはホントだねぇ。男どころか女でも誘惑できるよ。亜留葉なら」

「誰がそんな破廉恥な真似をするか!」

「いやいやホント。スタイルもいいし、ちょっと目に涙浮かべて迫れば大抵の男に言うこときかせられるんじゃない?」

「バカなことを言うな!」

「でも出るとこで出てうらやましいですわ。私なんかぺたんこですから」

「あう……」

 撫子に胸の話をされると黙るしかない二人である。


「ところで亜留葉さん。今日は新作ドレスを持ってきたのですが、放課後にでも着ていただけます?」

 コロッと切り替えて頼みごと。

 撫子は運動こそ苦手ではあるものの成績は優秀。

 人当たりは抜群に良く、誰からも愛されるが亜留葉にとって困る趣味があった。

 撫子は服を作るのが趣味で、そのモデルをちょくちょく頼まれるのである。

「あー……それもまたなの?」

「だって私では胸がなくて似合わないんですもの」

「だったら私より胸のある翔子に頼め」

「それに金髪がとても映えるし、小っちゃくてかわいいし……」

「聞けよ。人の話」

「しかし前から思っていたけど亜留葉って普段は男みたいなのに、さっきみたいなときとかめちゃくちゃ女っぽくなるよな」

 話があちこちに飛ぶのは女子の会話の特徴だ。

「うるさい。それは言うな」

 本来は「彼女」として出た存在。

 だから基本は女子なのである。

 「理人の一部」が彼女の精神を男として押しとどめていた。

 だが何かの拍子に、それこそ反射的な行動の時は「女子としての部分」が出てくる。


 体を動かす前に疲れてしまった亜留葉である。


 正午。昼食中の破壊魔たち。

 それを離れたところから見ている青年がいる。

 派手な柄のシャツ。六月なのに黄色いマフラーである。

 彼は破壊魔たちを監視していた。


 同じころ。やはり食堂で昼食中の亜留葉。翔子。撫子の三人娘。

 女子三人の中でも亜留葉はひときわ少食だ。

「あんたそんなんで足りるの?」

「私だってもっと食べたいのだ。しかし」

 「理人」が女の子に抱いていた「女はがつがつすると興ざめ」という意識がブレーキになって、多くを頼めないのだ。

「足りない分はこちらなどいかがでしょう?」

 撫子は持参した袋を開ける。甘い香りが漂う。

「おお。クッキー。それもらっていいのか?」

「どうぞ」

 ニコニコ笑顔の撫子である。

 これまた「理人」の『女の子は甘い物好き』という思いから無類の甘党になってしまった亜留葉。

 クッキーに目を輝かせる。


「それにしても今日の校内放送の選曲はなんだ? J-popというのか。それにしては知らない声が…いや。どこかで聞いた気も。でも歌声じゃない」

「今日はアニソンというか声優三昧みたいね」

「うちの校内放送。毎日特定のテーマでかけますものね」

 リスナーは学生が大半にもかかわらず演歌やクラシックがかかることもある。

 この日は声優の歌がメインだった。


「ここ。いいかな?」

 平太がトレイを手にやって来た。

「お前な。空いている場所はけっこうあるぞ。それに男同士の友情はいいのか?」

 佐田の姿も見える。

「そんなものより女の子のキャッキャウフフのほうがいい」

 言い切った。

「ねぇ。いいよね。可愛い弟の頼み。聞いてくれるよね」

「でしたら、交換条件でこれをお召しになっていただけるのでしたら」

 撫子は別の包みを開けた。中から出てきたのは白いワンピース。

「そ、それは?」

「亜留葉さんに着ていただこうと思って持ってまいりました。ですが、さすがによく似た弟さん。これ、似合うかなと思って」

 追っ払うための方便ではない。本気で女装させたがっている。

「女性的要素」を亜留葉に回した平太に、そんな趣味はない。

「おっと。佐田が呼んでいるから。それじゃ」

 逃げて行った。


 そして放課後。

 グラウンドでは野球部が練習を開始し、体育館ではバスケットボール部とバレー部。

 プールで水泳部。コートでテニス部と運動系クラブが活動していた。

 もちろん文化系クラブも室内で活動中だ。

 翔子はバレー部。撫子は家庭科部。

 そして佐田と生出姉弟は「学園警察」として部活の正常な活動を監視していた。

 先日のように『取り締まり』もあれば、逆に保護するケースもある。

 巡回が日課である。

 生出理人が二人に分裂したのは『体が二つほしい』と願ったからなのだが、それがそろって学園警察で活動していては意味がないのだが、結果としてこうなっていた。


 そしてついに学園を荒らす「うるせい奴ら」が来た。

「祭りの会場はここか?」

 黒づくめのボスが一瞥して、薄ら笑いを浮かべる。

 断りもなく真正面から乗り込んできた。

 騒然となる学園。

 部外者の前に教師が出る。

「なんだ君たちは? 部外者は」

 最後まで言えずに殴り飛ばされた。

 これが宣戦布告だった。

「やろう。ふざけやがって」

「いい度胸じゃねーか」

「新手のスタンド使いか?」

 バットを手に取り囲む。

 しかし四人は全く動じることはなく余裕だった。

「うぜえな。消えろ」

 今度は開戦のゴングを鳴らした。

 一斉に迫る野球部員たち。それを軽くあしらう。そして言う。

「荒れるぜ。止めてみな」

 それを合図に四人が暴れだした。

 あっという間に野球部員を血祭りに上げた。


 騒然となるグラウンド。騒ぎを聞きつけて学園警察が現場に駆け付けた。

「なんだ? お前たちは?」

 亜留葉がその高い声で怒鳴るように尋ねる。

 その問いにリーダー格の黒い革ジャンの男が答える。

「ふっ。気ままに学校をつぶして歩いている俺たちは人呼んで『破壊魔四人衆』」

「……」

 唖然とする亜留葉たち。余りといえばあまりのネーミングであった。


「お前たちが噂の…」

 佐田の言葉に満足そうな四人。

「『城弾シアター』連載だったPanicPanic第23話『ぬけがけ! 無限塾』に出て、あっさりと返り討ちに合い、一回こっきりの使い捨てだったはずの」

「だまれぇぇぇぇぇぇっ」

 トラウマだったらしい。

 作者もまさかまた出番があるとは思ってなかったが(笑)


「この黒木龍三郎に二度の屈辱はない。さぁ。戦え。俺たち破壊魔四人衆と」

「またの名をラッキークロー……」

「うふふ。だれから可愛がってあげようかしら?」

 変な髪形をした眼鏡の男。むかで 赤真せきまの言葉を、妖艶な美女。海老沢銀子がさえぎった。

「だ、誰でもいいんだな」

 ひときわ目につく巨漢。鰐淵青三が手にした鞭をふるうとスパークした。

 どうやら電気を帯びているらしい。

「だったら私が相手だ」

 男としてのアイデンテティ喪失の危機感が亜留葉を突き動かした。

 このままいくと「男を愛するだけの完全な女」になってしまいそうで怖かった。

 だから戦いに身を投じた。

「ほう勇ましいな。さしづめウォーリアーガールというところか」

 敵将・黒木はあざけりの言葉を投げかける。


「バカ。やめろ。亜留葉」

 平太が止める。ふざけていない声だ。

「止めるな。こんな無法者を追っ払うのも私たちの仕事だぞ」

「お前は女だぞ。荒っぽい真似ができるか?」

 言い争いになってきた。焦れたように眼鏡の男・蚣赤真が出てくる。

「どうしました? 来ないというならこちらからいきますよ」

 いうなり彼は得物を取り出す。

 なんとボウガン。それも先端が矢じりではなく弾頭だ。

「はっ」

 それをためらいもせずに発射した。しかしそれは地面に命中して下から爆風を発生させる。

「きゃあっ」

 めくれ上がるスカートを押さえこみ、可愛らしい悲鳴を発する亜留葉。

 やはりとっさのことで「男でいるための意識」が途絶えて、女子そのものの反応になった。

「見えた。白!」

 はずしたのではなく、最初からスカートの中身を見るつもりの狙いだったらしい。

「でゅふっ。やはりスカートをはくならブルマは脱ぐ。ブルマをはくならスカートを脱ぐ。オーバーパンツなど無粋の極み。乙女はこうでないと」

「へ……変態」

 満足そうに語る蚣を顔を真っ赤にして亜留葉がののしる。

 亜留葉は恐怖した。『女の子として』恐怖した。


(あれは? 生出か? しかも二人いるように感じるが)

 その「青年」はまだ出番をうかがっていた。

 それというのも以前と様子が違っていると感じたためである。


 グラウンド。緊張は続く。

「可愛いお嬢ちゃん。女同士で楽しみましょ」

 海老沢銀子がロッドをもてあそびながら歩み寄る。だがその背後から鞭が飛ぶ。

「青三!」

「は、早い者勝ちなんだな」

 唸りを上げて鞭が亜留葉の顔めがけて飛ぶ。

「逆転……」

 亜留葉の前に一人の青年が飛び込む。そして

「チェストーッ」

気合とともに電流の流れる鞭を素手で払いのけた。

「あんぎゃ」

 自身の放った鞭を逆に食らった鰐淵は無様に巨体を校庭に沈めた。

「お、お前は……」

 亜留葉は目を見張る。学園警察の面々もだ。

「久しぶりだな。生出。それにしても随分と可愛い姿になったものだな」

 派手な柄のシャツ。その上からジャケットを羽織っている、黄色いマフラーの青年が微笑みを向ける。

「お、お前、私が生出理人だとわかるのか」

 亜留葉は驚愕する

 あの分裂した夜。現場に居合わせた者たち以外は一部を除いて、亜留葉が元から女子として存在していたと認識している。

 翔子と撫子がいい例だ。

 もともとはちょっと「異性としては」仲が良いという程度だった。

 それが新しい姿では女子としての親友になっている。


 しかしこの青年は亜留葉を『生出理人の分裂した姿」と認識している。

 その疑念を素直にぶつけると

「どういうわけかな。理解できるのはオレが『超人』だからかもな」

 言い切った。

(なんでだ? 親ですら最初から私が女だったかのようにとらえているのに?)


 割って入った青年に対して「やっと面白くなってきた」といわんばかりの表情になる黒木。

「てめぇ。なめた真似してくれんじゃねぇか。何者だ?」

 問いかける。

「通りすがりの……」

「おい。ふさげている場合か?」

 亜留葉がたしなめたのでまともに名乗りだすマフラーの青年。

 右手を高々と頭上にかざす。

「オレは自由の戦士。風田渡かぜた わたる


 風田渡。

 かつて亜留葉と平太が一つだったころの存在。

 生出理人と何度となく衝突した「宿敵」だった。

 自由を愛し、気ままに行動していたが学園一の秀才。

 特例として「修行の旅」に出ることを許され、学園を留守にしていた。

 それが今、帰ってきた。


 神秘の石を握りしめていた時の生出理人は『生徒会執行部』としての活動だった。

 そして取り締まり中に「分裂」が発生したためか、その現場に居合わせた面々は理人の分裂を理解していた。

 しかし居合わせてないにもかかわらず「外是留総統」は分裂を理解した。

 逆に生みの親は元から双子と認識している。

 外是留は「執行部」の責任者。その意味でのかかわりは深いから干渉を受けず、肉親ではあるものの「執行部」の活動とは無縁な両親は、新しい世界の記憶に。


 そして風田渡。

 彼もその自由さゆえ何度も理人と衝突していた。

 だからなのか、亜留葉が理人の片割れと理解していた。そう考えられた。


 風田は破壊魔四人衆のほうへと向き直る。

「戦いの相手を求めているのならちょうどいい。オレが相手になってやる。修行の成果を見せてやる」

 無造作に詰め寄る。そして

「キバっていくぜーっ」

 高らかに宣すると走り出した。

(そのセリフは「わたる」だからか?)

 佐田が心中で突っ込むが当事者たちは知る由もない。

「バカめ。近寄らせませんよ」

「さ、さっきのお返しなんだな」

 蚣の爆弾ボウガンと鰐淵の電磁鞭が遠くから攻撃する。

 しかしそれが当たらない。

 いや。あたってもものともしない。無視して詰め寄っていく。

 まるで風雨に耐えるさなぎをまとっているかのようだ。

 そして間合いに飛び込んだ。こうなると鞭もボウガンも近すぎて同士討ちの危険性があり使えない。

「接近戦ならあたしの出番よ」

「オレを忘れるんじゃねぇ」

 銀子のロッド。黒木のナイフが襲い掛かるが風田は防戦のみで耐える。

 耐える。さなぎのように耐える。

 そして怒りのエネルギーが頂点に達した!


「キャストオフ」

 ジャケットを脱ぎ捨てた。


「待て。こらーっっっっっ」

 元の位置から思わず突っ込む亜留葉。

「そりゃ蝶のほうじゃなくてカブトムシのほうだろうがぁ」

 メタな突込みだった。


 一転して攻勢に回る風田。凄まじいスピードでまずは全員の武器をたたき落とす。

 だが攻撃をかわしつつ四人の達人を相手にするのはさすがにきつい。

 ましてやたった四人で不良校を制圧するような奴らだ。

 さすがに息が切れた。

「ぜー はー ぜー はー」

「ふふふ。さすがに俺たち四人を相手ではそうなるか。今楽にしてやるよ」

 黒木の腕にエネルギーが集まる。他の三人が彼の後ろに下がる。

 たまったエネルギーを風田に向けて解き放った。その名は!

「ブラックドラゴン!」

 黒い竜の形をしたエネルギー波が風田を襲う。

 しかしそれは二人の男によって防がれた。

「俺たちも加勢するぞ。陸。いいな」

「ああ。俺と空の兄貴がいれば怖いものなしだぜ」

 筋骨隆々。それでいて知性的な二人の男。よく似た顔立ち。

 彼らは宇宙飛行士をめざし頭脳も肉体も鍛え上げていた。

 いつしか鉄人と呼ばれるようになった。

 空と陸。彼らは「宇宙鉄人兄弟」と呼ばれていた。


「俺たちもいるぞ」

「悪魔といわれるほどの強さ」

「この三銃士が学園を守る」

 井上。矢田。八奈見の三人の剣道部員が木刀を頭上で合わせる。

「われら悪魔」「いざ、参る」

 戦線に飛び込む。


 肉弾戦ではなく精神面で立ち向かうものがいた。

 彼は破壊魔四人衆に成りすましてアカウントを取得。

 偽ツイートでイメージダウンからくる精神的ダメージを狙っていた。

 他者に変身して忍び込む…変身忍者「荒らし」というのが通称だ。


 ほかにも腕に覚えの面々がなだれ込む。

 学園に不服を抱くものは破壊魔の側につき、全面戦争だ。


 突如として風田が強さを増した。

「な、なんだ? さっきまでゼーハー言ってたのに」

「息切れするほどの状態に追い込まれてこそ出る力もある。オレの修業とはそれを引き出すためのものだったのだ。さあ来い。破壊魔部隊」

「四天王だ」

「リーダー……四人衆です」

 突っ込みも聞こえていない。

 風田と黒木の戦闘はまさに超人というレベルになった。


 亜留葉は歯噛みしていた。

 かつての自分ならああやって腕ずくで止めたものを。

 だが現在のその腕はあまりにも細く、肉体そのものも華奢。

 まさに『か弱い乙女』だった。


「私はなんでこんな体になってしまったんだ? これではこの騒ぎを止めることもできない」

 心からの嘆きだ。

「いや。亜留葉だからこそできることがある」

「……ほんとか? 平太」

 半身に問いかける。

 問われた彼は笑顔で白いものを亜留葉に差し出す。

「こ、これって? もしかして撫子の…」

 ひきつる亜留葉に平太が「秘策」を授ける。

 嫌がったものの、それが最上の策と悟った彼女は諦めて更衣室へと急ぐ。

 平太は放送室へと向かった。


「やめて」

 ひときわ甲高い声が響き渡る。

 放送を用いているのは確かだ。

 場に不似合いなアニメ声に、戦闘が一時的に止まる。

 音源であるスピーカーのほうを見ると金髪。ツインテール。そして白いドレスの美少女が。

 いうまでもなく亜留葉だ。

 ドレスは撫子の持ってきたもの。

 その胸元にマイクがある。それで拾った亜留葉の声を流している。

 注目される中、彼女は涙を流す。

 女の涙には鎮静効果があるといわれている。そのためなのか戦闘行為をしていた男たちは全員気まずくなる。

 とどめとばかし、亜留葉は情感たっぷりに叫ぶ。


「お願い。


 もちろん亜留葉は何の関係もない。

 彼らは別に亜留葉を巡って争っているわけではないのである。

 しかし、美少女の涙で、なんとなく悪いことをしている気になってきた。


 そしてCDの歌が流れ出す。「愛 覚えていますか」だった。

「プ、プロトカルチャー」

 鰐淵がつぶやく。

 亜留葉はまるで神に祈るように手を組んで跪く。ポーズであった。

 そのあまりに細い腕は男の庇護欲を掻き立てる。

 曲が変わった。

 「永遠の17歳」と呼ばれる人が『前世はおさかな』といっていた頃にリリースしたアルバムの一曲。

 『がんばって負けないで』だった。

 この曲がかかると、どんなに盛り上がっていても「締め」に入る実感がわいてくる。

「やめた。バカバカしくなってきた」

「そうね。やめときましょう」

 破壊魔四人衆は帰ってしまった。

 風田たちも追おうとはしなかった。

 それどころかみんな引き上げてしまった。


 戦闘は「亜留葉の涙」一つで終わったのだ。


 そして当人は……

(やってしまった。使ってしまった。女の武器を……それもこんなひらひらしたドレスを着て)

 戦闘を止めたにもかかわらず、強い後悔をしていた。

「すごいよ。亜留葉。男の子たちを止めちゃうなんて」

「それにとてもおきれいでしたわ」

 翔子と撫子が危機が去ったためか出てきた。

「ああ。あれは男じゃできない止め方だ。見事だな。生出」

 宿敵・風田にすら女扱いされて亜留葉はもうどうしていいかわからなくなる。

「やっぱり女の涙は最強だな。『姉さん』」

 わざわざ女性性を強調する平太。

 どうやら亜留葉の中の「女」を強くするための意図もあったらしい。

「ううう……わあああああああっ」

 すっかり女として認識されてしまった亜留葉は、泣きながら走り去っていった。


 翌日。

 生徒会執行部……学園警察の詰所にて。

「生出(姉)はどうした?」

「登校拒否だったそうです」

 佐田が外是留の質問に答える。

 女性的に騒乱を鎮めた亜留葉は、落ち込んで引きこもっていた。

 だが仕事は待ってくれない。

 外是留は事務的に言い放つ。

「いいから引っ張り出せ。チアリーディング部から応援要請が来ている」

「うちってそんな何でもアリでしたっけ?」

「他にも女子バレー部や演劇部。新体操部に美術部のモデルと仕事ならいくらでもある」


 完全に亜留葉は美少女として認識されていた。

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