蜜月

「ん……ふぁ………あ?」


爽やかな風を感じて起き上がった俺は、窓から射し込んだ日の光に目を細めた。

ボサボサの髪を撫でながら辺りを眺める。


トアと一緒に泊まっている宿より明らかに質の高い部屋。

豪華な調度品などはないが、間取りは広く壁は厚いし床板も綺麗だ。

ベッドも大きいし、よく手入れされているようで寝心地も良かった。


窓から外を眺めると、道行く人々が見えた。

太陽は既に高く登っている。

どうやら昼過ぎまで眠ってしまったようだ。




「あ、起きられましたか。おはようございます、アーシュ様。」


部屋の扉が開かれる音がしてそちらを見ると、水差しとグラスを乗せた盆を持ったエマが入ってきた。

見ているだけでホッとするような優しい笑みで挨拶をする。

俺も自然と笑顔になりながら挨拶を返した。


「おはよう、エマ。体は大丈夫か?」


「問題ございません。アーシュ様はいかがでしょうか?随分と熟睡なされていたようですが。」


「昨夜はちょっと頑張りすぎたかもな。」


思わず頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。

ようやく権能の使用に慣れてきたからと、昨日は調子に乗りすぎた。

エマにも無理をさせてしまったかもしれない。


「とても素敵でしたよ、アーシュ様。これほど早く上達されるとは思っておりませんでした。」


「いや、まぁ……エマのお陰だな。」


「そう言っていただけると、私としても尽くし甲斐がございますね。」


照れたように頬を染めるエマ。

この数日で彼女も随分と人間らしくなったものだと感慨に耽る。







アスモデウスと契約を結び使徒となってから、既に5日が経過していた。

この5日間、毎日時間を忘れて俺とエマは交わっている。

たまに外へ出て買い物ついでに散歩などはしているが、基本的に部屋にこもって淫欲の日々を送っていた。


エマは俺の要求に全て応えてくれたし、『色欲の王』の効果で俺の性的な能力や技術は大きな飛躍を果たしていた。

権能によって精力は底知らず、使徒となった事によって体力的にも大幅に強化されている。

俺はいつの間にか、絶倫という言葉すら生温いほどの連戦能力を誇る身体となっていたのだ。



更に変化はもう2つあった。

1つは、俺の保有魔力が増加した事だ。

魔術適性は選ばれた者しか持たないが、魔力は全ての生物が保有している。

とはいっても魔術適性を持たないほとんどの人にとっては、使い道が無い為に魔力などあってないようなものとなっている。

しかし冒険者や騎士などのように戦いを生業にしている者は、力を発する際に無意識に魔力が消費されて一時的に身体能力が強化されたりする。


そしてこの魔力の保有量は生まれつきに左右されると言われており、俺の保有魔力はそこまで多くはなかったはずだ。

だが、俺の女となったエマを抱く事により、俺の保有魔力が増加された。

神によって作られた存在だという事が理由かわからないが、エマは多量の魔力を持っていたようだ。

それが俺の保有魔力に影響を与えたのだと思われる。



そしてもう1つの変化は、後天的には発生しないはずの魔術適性が芽生えた事だった。

神の性奴隷であるサキュバスだからか、エマは魅了魔術という特殊な魔術の適性を持つらしい。

対象の自分への好感度を強制的に上げるという恐ろしい魔術だが、なんとこの魔術適性まで俺は手に入れてしまった。


『色欲の王』の恐ろしさ、その強大さの一端に触れて、俺は心が震えるような気がした。

これから色んな女を抱いて自分のモノにしていけば、俺はあらゆる能力に秀でたとんでもない存在になれるだろう。







「アーシュ様、本日はどう過ごされますか?」


たった数日で別人になったかのように感じて呆ける俺に、エマが問いかけてきた。


「そうだな……そろそろ、ここを出ようか。」


「どちらに行かれるのですか?」


「……この体にも権能にも慣れてきた事だし、そろそろケジメをつけねぇとな。」


「………以前お話されていた、幼馴染の元へお戻りになるのですか?」


やや曇ったような笑顔。

こういう人間らしい仕草を見せてくれるようになり、本当に嬉しく思う。


「裏切り者には俺の怒りを思い知らせてやらねぇとな。それに、あいつは必ず俺の女にする。これ以上逃げるわけにはいかねぇ。」


「………かしこまりました。」


浮かない顔も綺麗だなちくしょう。


「大丈夫だって。必ず勝つからよ。」


「私はアーシュ様の勝利を疑ってなどございません。ただ………」


「ただ?」


エマの気持ちは何となくわかってる。

けど、彼女の口から言って欲しかった。

エマは言い辛そうにしつつも、やがて潤んだ瞳で俺を見て言った。




「アーシュ様は……私を捨てたり………しません…よね?」


あぁ、無理だ。

もう我慢できねぇ。

ベッドから立ち上がってふらふらと歩み寄る。


「アーシュ様…?」


首を傾げる彼女を強く抱き寄せ、可愛らしい唇に吸い付く。


「あっ…ん…んぅ……あ、アーシュ…ん……さまっ……」


「ん……ふっ…ちゅ……エマ……」


数分ほどはそうしていただろうか、離した唇と唇を淫らな糸が繋いでいる。


「あ、アーシュ様……何を………」


荒く息をしながら上目遣いに俺を見るエマ。

頬は上気し、とろんと眦が下がった目に潤んだ瞳。

妖艶な空気をこれでもかと醸し出している。


「エマ…お前は俺の女だ。」


「は、はい。」


この数日間、何度も口にした言葉。

彼女の心に刻み付けるように発する。


「俺は、俺の女を決して離しはしない。何があろうとも、俺が幸せにしてみせる。」


「あっ……」


エマが目を見開く。

それは、あの日の誓い。



「エマが離れたくなっても離さない。これからずっと、俺と一緒にいてもらう。一度俺の女になった以上、拒否権はない。わかったな?」


「……はい、アーシュ様。」


蕩けた表情で頷く。

俺はにやりと笑い返した。


「ところで、エマ。」


「何でしょう?」


「ここを出て行くと言ったが……明日にする。」


「?……あっ」


首を傾げた彼女だったが、俺の体の変化に気付いて頬を赤くする。

戦の準備は万端だった。



彼女が反応する暇すら与えず、俺は彼女を再度抱きしめ、ベッドに連れ込んだのであった。

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