色欲の王
豚骨ラーメン太郎
最愛の裏切り
「ふぅ……ちょいと飲み足りねぇな……ま、たまには良いか。」
ほろ酔い気分で石畳の道を歩く。
今日は数人の冒険者仲間と飲み会だった。
俺は夜通し飲むつもりだったのだが、他の奴らが明日が早いだの彼女が怒るだの言って、早めの解散となったのだ。
宿泊している宿屋への帰り道、俺は仲間と話した事を思い返す。
仲間の中にはいま付き合っている彼女との結婚を真剣に悩んでいる奴らもいた。
俺にとっても他人事ではない話だった。
俺も今年で24歳だ。
田舎から出てきて冒険者になって早10年。
やや若くして冒険者となった俺は、20代中盤で既にベテランと言えるレベルに達していた。
とはいっても、一流と呼べる実力は有していない。
経験こそ豊富だが、どうやら俺には頂に登れる程の才能はなかったようだ。
それでも生活していく分には困らない程度の稼ぎはあるし、貯金できるだけの余裕もある。
俺もそろそろ結婚を意識した方が良いのかもしれない。
あいつも内心で期待しているのではないだろうか。
「そういや、今日は帰らねぇかもって言っちまってたな……逆に喜んでくれるか…?」
宿屋で待つ彼女の事を思い浮かべる。
「最近は2人で出かける時間もなかったし、明日はどっか連れて行ってやるかぁ。」
俺の彼女、トアは俺と同じ村出身の幼馴染である。
庶民にしては珍しく魔術の適性があり、その中でも特に珍しい回復魔術の使い手である。
本来であれば俺みたいなしょぼくれた冒険者よりももっと優れた冒険者とパーティーを組める存在なのだが、今でも俺と一緒にいてくれる優しい女だ。
『私にとっては冒険者としての名声よりも、アーシュ君と一緒にいる事の方がずっと大切なんだよ。』と言ってくれた時には、らしくもなく涙を流したものだ。
ともあれ、子ども好きのトアの為にも、将来の事を真剣に考えなければいけないな、と考えながら帰路についていた。
ーーーどういう、ことだ?
俺は目の前の光景が現実の事であると、即座に受け入れる事ができなかった。
宿屋に帰った俺は、トアと2人で泊まっている部屋の前まで来た。
そして扉を開けようとした時、部屋の中からギシギシと何かが軋むような音が聞こえたのだ。
突然部屋に入ってトアを驚かせてやろうとひっそり歩いていたから気付けたのだろう。
いつものように歩いていたなら、何も気づかず扉を開けていたかもしれない。
しかし、実際にはその音に気付いてしまい、こうしてゆっくりと扉を開けて隙間から部屋の中を覗き見ている。
『あっ、はっ…はぁ……そこ…いいっ……』
『ト、トアさんの中…気持ち良い……よっ……』
何故、お前がそこにいる。
何故、お前が彼女を抱いている。
何故……彼女はお前を受け入れているんだ。
部屋の中で俺の彼女であるトアを抱きしめ、爽やかな笑みを浮かべて腰を振っているのは、1月前から俺達のパーティーに臨時加入をしている男だ。
イケメンでスタイルが良くていつもニコニコしているいけすかない奴だが、性格は良かった。
トアと仲良くしている様子を見ては嫉妬して、俺が嫉妬している様子を見てはトアが呆れながらもどこか嬉しそうにして。
嫉妬しつつもその性格の良さにどこか彼を嫌えない自分がいて。
こいつならパーティーでいても良いかって。
そう、思っていたのに。
『ノトラさんの金色の髪…さらさらで…綺麗……』
『トアさんの髪も、とっても美しいよ。』
俺の、犬みたいな硬い黒髪が好きだって言ってただろ。
お前の頭を撫でて良いのは俺だけだって言ってただろ。
『ノトラさんの手…はぁ……気持ち良い……』
『トアさんの体も……すべすべで……ずっと抱いていたい……』
ゴツゴツした不器用な手が好きって言ってくれてたじゃねぇか。
男らしいところが良いって、言ってくれてたじゃねぇか。
『んっ…ちゅ……ノトラさん……もっとぉ……』
『トアさん……んっ…好きだ……』
ギシギシ
『ノトラさん……はぁ…はぁ……んっ…』
『トアさん……アーシュ君と別れて…僕と付き合ってよ……』
ギシギシ
『そ、それはぁ……あぁ……』
『僕と…アーシュ君の……どっちが…気持ち良いんだい………?』
ギシギシ
『そ、それは……それはぁ……っ!』
『ほらっ…言ってごらんよ!ほらっ!ほらっ!』
……………
『あっ…んぅ………ノ、ノトラさんの!ノトラさんのが良いのっ!!アーシュ君のじゃ満足できないのぉ!!もっと私を、気持ち良くしてぇ!!』
ーーーどこだっけ、ここ。
気付いた時には逃げ出していた。
ただ必死に、一心不乱に人のいない方へと駆けた。
涙が止まらなかった。
今は、誰にも会いたくなかった。
惨めで情けない俺を、誰にも見られたくなかった。
足が縺れて倒れ込む。
荒く息をしながら仰向けになり、辺りを見る。
全く見覚えのない路地裏。
どうやらスラム街の方へ来ていたようだ。
「おーい、そこで何してんだぁおい?」
「生きてますかぁー?ウヒヒヒヒ!!」
すっかり脱力して呆然としている俺に近寄る影。
無気力にそちらを見る。
汚らしい格好の男達が数人。
全員が痩せ細った体に襤褸を纏っているが、その目はギラギラと危険な光を湛えている。
「何だ…てめぇら……?」
「ひゃっはは!!何だてめぇらだってよぉ?」
「地獄からのお迎えでーす!なんつって!!」
「この状況見てわかんねーのかよバーカ!!」
品のない叫びに品のない笑い。
俺も上品な人間じゃねぇが、こいつらと一緒にはされたくねぇなと思った。
溜息を零しながら立ち上がる。
こちとら10年以上も凶暴な魔物共と戦ってんだぜ。
たとえ酔っていても、たとえ心が傷付いていても、お前らごときに負けるかっての。
「はぁ……何やってんだろな、俺。」
数分後、呻き声を漏らしながら倒れ伏している輩共を見下ろしながらボヤいた。
こんな所でこんな奴らを相手にするくらいなら、あの間男をボコボコにしてやれば良かったんだ。
頭の隅をそんな考えが過ぎる。
だが俺は力なく首を振った。
「それができなかったのが……俺の情けなさなんだろうな。」
あの言葉を聞いた瞬間、俺は悟ってしまったのだ。
自らの敗北を。
男として、俺はあいつに負けたのだと。
その事実が、それを自分が認めてしまったという事が、どうしようもなく悔しくて、情けなかった。
「俺……これから、どうしよう。」
呟きながら壁に背を預ける。
膝の力が抜けて、ズルズルと崩れ落ちて座り込んだ。
次の瞬間、目の前に倒れ伏していた男達の体が、まるでシャボン玉のようにパンッと弾け飛んだ。
「………は?」
唐突過ぎる出来事に唖然とする。
薄汚れた一面があっという間に血で染まった。
「なっ……何が…何が起きた……?」
呆然としたのも束の間、すぐに立ち上がって警戒をはらう。
鋭く辺りを見渡すが、何もない。
形を成さない血溜まりだけだ。
それでも警戒を解かずにじっとしていると、目の前に突然、1人の男が現れた。
紫の瞳が怪しげに光る、艶やかな黒髪をキッチリとオールバックにした男だ。
俺は後ずさろうとして、背後の壁にぶつかった。
目の前の男はにこやかに笑っている。
心からの笑みに見える。
だが俺は、これほどまでに危険を感じる笑みを見た事がなかった。
男は数歩近寄ると、生を感じられない程に血色の悪い唇を開いた。
「そう恐れるでない人間よ。吾輩はアスモデウス。こことは遥か遠く離れた異界に君臨する、偉大なる魔の神である。」
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