13.裏方たちのお仕事
採寸が終わり少しお話すると、殿下は王宮にお戻りになった。
ブラントミュラー卿にドレスの注文書を預けていたようで、クラッセンさんに手渡される。あれから再三、私にはドレスは必要ないとお伝えしたのに採寸中に書いてしまわれたそうだ。
それを受け取ったクラッセンさんは目を輝かせていた。値段は気にせず、どのような素材を使っても良いと書かれていたらしい。
それを読み上げたとたん、クラッセンさんの方から形容しがたい声が聞こえてきた。呻き声とでも表現するのだろうか……しかし苦しそうではない。むしろ嬉しそうに頬を緩ませている。
う、嬉しそうだがなんだか怖い。ドレスのデザインに考えを巡らす彼女の頭の内がそのまま小声で漏れ出ているのだ。ダダ洩れである。
私、どうされてしまうのだろうか?
これから彼女にブティックに会いに行くのが怖くてならない。
実に複雑な気分だ。クラッセンさんと殿下がお話する機会ができたと捉えればよいことなのかもしれないが、いかんせん彼は彼女に私のドレスを作らせるのだ。
この状況、お互いに惹かれ合う事できるのかな?
私とブラントミュラー卿はクラッセンさんをブティックに送り届けた後、私のお店で今後の打ち合わせをすることになった。
あのお城のような邸宅を見せてもらった後に案内するのは忍びないが、他人に聞かれず相談するならここが一番だ。私は看板を店内にしまったままにした。
「お伝えできず申し訳ございませんでした」
お店に入ってすぐに、ブラントミュラー卿は綺麗な直角を描いて頭を下げる。目にも留まらぬ速さだった。風が起こって注文書がぱらりと飛んでいく。
「お、お顔を上げてください! 殿下からのご命令なら仕方ありません。しかし、これからどうやってお2人を引き合わせましょうか……」
「幸いにもブルーム様のドレスを通してお2人は円滑に会話できていたかと」
「確かにそれは喜ぶべきことですが……ひと月後に会っていただくように言っていたのはどうしましょうか」
思わずため息を溢してしまう。このままではクラッセンさんと殿下は店員と顧客の関係。ひと月後にお茶会で会ってみたところでその関係が変わりそうには見えない。
「それでは、ひと月後は夜会で再度お2人を引き合わせてみればいかがでしょうか?」
ブラントミュラー卿の意見によると、ドレスで着飾り印象が変わったクラッセンさんとお会いしてもらったら印象も変わるのではということらしい。
たしかに、お茶会での効果が望めない以上は夜会で前とは違う姿を見てもらった方がお気持ちが変わるかもしれない。
こうなったら、徹底的にクラッセンさんを磨きあげてみせましょう!
殿下、あっと言わせて差し上げますので心してお待ちくださいませ!
新しい方向性が決まると少し心が軽くなった。
それから私たちは、もう1つの問題について話し合う。クラッセンさんのことだ。ブラントミュラー卿も彼女の過剰な謙遜を心配している。
王妃になった場合は、その座を手に入れられなかった貴族たちから足元を掬われるきっかけになりかねない。もしこのまま彼女が王妃になることを望まないとしても、このままにしておくわけにはいかない。
私なんて、というときの彼女の表情が寂しそうだったのだ。できることならあんな表情をさせたくない。
大いなる力にも認められる心の持ち主なんだもの。悲しませたくない。
「私、クラッセンさんについてもう少し調べてみようと思います。彼女があんなにもご自分を否定なさるのには何かあるのかもしれません」
「私もついていきましょう。非番の日があるので一日かけて調べられます」
「ありがとうございます。せっかくの少ない休みなのに大丈夫なのですか?」
「未来のお妃候補のお力になれることが私の幸せですので」
私たちは3日後にクラッセンさんの家族を調べることにした。ブティックの支配人から聞いていたのだが、彼女の家族も王都にいるらしいが別々の場所で生活しているようだ。
というのも、彼女は地方から出てきてブティックで働いている他の針子たちと一緒に住み込みで働いているのだ。
なにか手がかりを掴めたら、彼女がもっとご自分に自信を持つきっかけを見つけられるかもしれない。
物語の登場人物たちのコンディションを整えるのも私たち裏方の仕事。殿下とクラッセンさんが他のことに気を取られることなくお互いを見られるように全力を尽くしていこう。
ブラントミュラー卿はお店を出る前に殿下から預かっていたお手紙を渡してくださった。便箋を四つ折りにしている簡素なものだ。開いてみると、美しい字で一文だけ記されている。
『私が贈るドレスを着たあなたが、物語の主人公として現れてくださるのを待っています。』
心臓が大きく脈を打ち、耳にまでその音が届く。
彼はまだ、
殿下、何度も申し上げますが私は裏方です。
表舞台には決して上がることのない影。光を浴びると消えなければならない存在なのですよ。
……お師匠様のように。
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